足跡~美味の匂いに~
――――。
真っ暗な海の底から引き上げられるように、意識がはっきりとしてゆく。水面へゆっくり迫るほどに、鼻孔を擽られた。
――……。
僕は訝しさを覚えながら、美味しそうに思える匂いが気になって、目を緩々(ゆるゆる)と開けた。仰向けの状態で最初に見たのは、天井ではなく枝葉だった。暗闇に負けず、神々しさを放っているんだ。
「あ、起きたわよー!」
元気で明るい声が聞こえた。視界の外から女児姿の水流が、顔をニュッと覗かせた。
「…………」
何の思いも抱かないで、僕はぼうっとした。上体をゆっくり起こして、今居る場所はどこかと見たんだ。聖なる樹の幹の近くで、根に乗ったまま。
「おはよう、なのかな?」
起きたけれどもすっきりしない。天は真っ暗だから朝を感じない。時間が止まっている空間の中で、時間を数える方法さえ知らないんだ。
「疑問形にしなくても良いわよ」
睡眠を取って目を覚ましたら、最初にする挨拶があるみたいけど。必ずこうするべきなのは、可笑しいと。気持ちを表現する言葉は、好きに選んでこそと。水流は考えを強く述べたんだ。
「ごめんなさいね」
前触れもなく謝られて、状況が分からず戸惑った。少し離れて居る風起に視線を送り、助けを求めるんだ。
「鬼ごっこを強制された挙げ句に……」
倒れてしまったから、遣りすぎたと思っているらしい。幸いにも命は危うくなく、泥沼に嵌まったように寝ていたことを知らされた。
「界希ひ、無茶なことをするな」
「うん……」
「水流は、程々(ほどほど)に遊ぶことを覚えろ」
「分かったわよ!」
水流は反発するように言っては、ムスッと頬を脹らませた。沈黙が訪れる中で、クウッという音が僕の腹から聞こえたんだ。
「おなかへった……」
視線を下げては腹に手を当てて、力無くつぶやいた。視線を上げて風起たちを見れば、笑いを堪えていたんだ。顔がプルプルと震えている。
「可愛いわね~!」
「仕方ないさ。木の実しか食べていないからな」
「匂いがするんだもん。料理しているの?」
「どうだろうね。そうかもしれないわ」
「まあ、扠置いといて……」
下行くぞと命令してきては、置き去りにして行くんだ。水流は根の上を楽しげに走り、風起はゆっくりと歩いていた。溜め息をついては仕方なく立ち、後をおって伸びた草のある所へ向かう。待ってよと叫んでは、慎重に下りるんだ。
「けむ?」
誰かが焚き火でもしているのか、白い煙が細く昇っていた。不満を抱えながら歩いて、最後には飛び下り、地に足を着けた。少し痺れたんだ。




