足跡~白木の下にて~
――静かすぎる。
音がしない。動く気配もない。声を出せば聞こえるのに、不安になるほどだ。ここはどこなのだろうか。誰も居ないのか。
「ママー、マーマー」
近くに居るんじゃないかと思い、呼び掛けてみた。耳を澄ませて待ったけれど、返事はなかった。次こそはと息を吸って、目を瞑るほど力の限り、大きな声で叫んだ。思いは空しく、闇に溶ける。寂しさが募る。
「いっ……」
突然、頭がズキンと痛みを、思わず声を漏らした。けれどすぐに、収まった。そして、昨日の記憶がよみがえる。
――先生なんて、嫌い。気に入らないと手を出してくるから。
――ママなんて、嫌い。何を言っても、信じてくれないから。
――どうして。もう、わかんない。なにをしたらいいんだろ。
――アンタナンテ、ウマナケレバヨカッタ。ワタシノコ、ジャナイ。
――ドッカニイケ。ニドトカオヲミセルナ。キカナイコ、イラナイ。
――死にたい。でも、怖い。殺してほしい。だって、必要ないから。
――僕には、居場所なんてない。明日から、どうしよう……。
――せめて、時間よ止まっておくれ。命を終わらせておくれ。
負の内的思考にどっぷりはまり、泥沼に沈んでゆく中で、女の人の声を聞いた。低くも優しさを感じ取れて、鈴のような余韻があった。
――それで、いいの?それが、貴方の本当の願いなの?
――そうだよ。僕は居ないほうがいいんだ。悲しむ人なんて……。
――そっかぁ。痛かったね。小さいのに、良く頑張った。
――でも、ダメだった。見てくれないし、聞いてくれない……。
――分かるわ。我慢なんかしないで。泣こう。受け止めるから。
――もう、あの日は帰って来ない。生きる意味なんてない……。
――あら、意味なんて、自分で見付けるものよ。子供とか、関係ないわ。
――やっぱり、同じだ。分かってるなんて、嘘じゃないか……。
――また、そうやって、逃げるの?目の前の現実からも?
――違う。違うんだっ。それでも、だとしても、どうしたら……。
――もっと話を聞いてあげたいけれど、もう時間がないわ。
――え?なんで?受け止めてくれるって言っていたのに……。
――ごめんなさい。最後に聞かせて。貴方はどうしたいの?
――ここから、消えてゆきたい。ここから、遠くへ行きたい。
――そう。心は揺るがないのね。今の恵まれた暮らしを、失うとしても。
――うん。未練なんてないかな。お別れが言えないだけなんだから。
――では。貴方の日常を対価に、願いを叶えよう。幸あらんことを。
僕が憶えているのは、ここまでだ。涙を流し疲れて、眠り落ちて、後に何が起きたのか、分からない。状況が、異世界物語を思わせる。
「それにしても、ここは……」
異世界な訳がないよなと、可能性を否定した。尻が痛くなったから座り直して、辺りを見る。暗闇に、青白い木に、それだけだ。足を滑らせてから時は経っているはずなのに、何も変わっていない。
「今、何時だろう……」
空を見上げるも、太陽や月はなくて、自力で確認できない。時計という便利な道具がないから、困ってしまった。不安になってくる。