足跡~声音を聴けば~
――ママは今頃、どうしているのかな。
――みんなにも、会いたい。話したい。
僕は聖なる樹と触れ合いながら、思い出していた。痛いことや苦しいこともあったけど、楽しく笑えることもあったなぁと、目に涙を溜めていく。
「泣きたい時は泣けば良い」
独りで抱えている方がもっと辛いぞって、司は厳しさのある声で諭すんだ。我慢なぞせず、受け止めてやるからと、頭に手を置くんだ。
「優しいのか、良く分からないなぁ……」
「変動だからな」
淡々とした答えを聞いて、緊張の糸が切れたように、一粒の涙が頬を伝った。泣き顔を見られないように顔を埋めるも、最後の涙だったようで流れない。長らく飲めなかったから、涸れてしまったようだ。
「どんな思いも、木や草が聞いてくれる」
植物や動物だけではなく、森羅万象の存在が声なき声で語り掛けると、僕は教えられたんだ。落ち着いたら振り返って、耳を澄ませる。
「聞こえないよ?」
「目を閉じてごらん」
何も考えないで、心を無に近付けて、今も吹いている穏やかな風に身を委ねてと、言われるがままにやってみるんだ。徐々に雑念がなくなって、自然と一体化し、揺れる草になったような楽しさを覚えた。そして、聴こえてきた。
――泣かないで。傍に居るから。
――辛いことも。受け止めてあげるから。
――忘れられてないよ。大事に思ってる。
――大丈夫。前を向いて行きなさい。
――願い続けていればきっと、叶うから。
――今やるべきことをやりなさいね。
――見てるから。いつも。がんばれ。
僕はこんなにも多くの声に、心から励まされている。司に教わらなかったら、生きることを諦めていたら、知らないままだった。
「……ありがとう」
「界希はもう、独りじゃない」
覚えておきなと言われて、頷きを返した。心に留めておこうと思い、強く、深く、刻んだ。体験した記憶と共に。
「改めて、ようこそ」
一つ気を付けるべきことを伝えられた。木立の中心地にあるこの原から外に出ても良いけれど、妖異に逢うなと。死にたくないのなら。
「ええ……そんなのが……」
今まで一度も逢うことがなかったのは、司が見て居たために手を出せなかっただけ。出来れば、自分の身は自分で守れるようになれと、厳しい声で言うんだ。
「視えるようになっているはずだ」
様々な影響を受け、試練を乗り越えて来たことで、間違いなく力を得ているらしい。実感がないのは気付いていないだけで、変化が少しは認められるそうだ。
「もし……」
妖異に逢ってしまった時は、全力で逃げろ。助けを呼べ、と。頼もしさを感じつつ、鬼のように恐ろしいのかどうか、見てみたい気にもなった。不安要素は万一の場合に、体力が尽きてしまうこと。走れなくなったら、命の終わり。




