足跡~根幹に近付く~
「えっ……」
聖なる樹の根の上へと、司が軽く飛ぶのを見て困惑した。裸足を根に着けては、僕の方へ体を向けて言うんだ。
「遠慮なぞしないで上がって来い」
「登っても良いの?」
「落ちないように気を付けろよ」
「う、うん……」
僕は信じることにして、手を根のでこぼこに掛け、爪先を根の溝に差し込んだ。滑らせないように注意して、司の待つ根の上へ攀じ登る。
「うん……しょっ……!」
腕の力で体を押し上げて、馬乗りみたいに座るんだ。少し休ませてもらったら立ち上がり、後ろに付いて行った。平均台よりも幅に余裕があるとは言え、丸みがある上にぬめっているから油断できない。
――何だか。
根のうねりを見てると、蛇がうねっているように思えた。上がったり、越えたり、下ったり、潜ったりと。慎重に歩いては遅れまいと後を追った。
――ようやくか……。
思っていたよりもずっと大変だった。根の上を辿歩いて、高さを感じるようになった。根元が見えてくると距離が測れて、頑張ろうと気になれた。
「よっしゃあ‼」
息を吐きながら声交じりに、着けたことを喜んだ。聖なる樹の幹は手を広げても抱けないほどで、大枝は跳躍したとしても届かない位置にあった。登ろうと思っても高さがあるから、自分だけでは無理だと感じていた。
――……。
僕は正面の幹を見詰めて、引き寄せられるがまま手を伸ばした。けれども、思い留まって近付くことをしなかったのは、聞くべきだと感じたからだ。
「……さわってもいい?」
「……私が決めることではない」
聖なる樹がそれを許したならばと返事を聞いて、意味を測りかねた。まるで、植物にも意思があると言っているみたいだ。
「そうだ」
司は心を読んだのか、肯定の言葉を返してきた。本当に触れて良いのかなと、躊躇せずには居られない。
「何を恐れている」
理解できないと言いながらも、不安になる必要は皆無だと言ってくれた。僕を安心させるように、一つの事実を教えてくれたんだ。
「今、界希が根の上に居られることさ」
認められていなかったら。真意と呼ばれる精神的な力によって弾かれていると、司は笑みを浮かべながら言うんだ。最悪を考える前に振り払った。
「迎え入れようとしているのにビクビクされていたら、警戒してしまうだろ」
堂々と手の平を当てれば良いと、司の言葉に背中を押されたんだ。意を決して幹と向き合い、思い切って触れてみた。怖がってちゃ、始まらない。
「――生きているんだね」
表皮は硬いけれど、人の肌のように温かかった。僕はもっと感じたくて、ママに抱き付くように手を広げて、幹に頬をくっつけた。耳ではなく心で、生命の音を聴くんだ。懐かしさと恋しさから、涙が込み上げてきた。




