足跡~聖樹の元へと~
「あ……」
僕は立ち上がりながら司の衣装を見て、気付いた。仏像のように右肩を出し、纏っている布も仄かな光を発していた。青みがかった緑色は、涼しい風を思わせた。
「後でゆっくりと眺めれば良い」
聖なる樹の元へ行くぞと言われて、僕は素直に返事をした。司の後ろに付いて行き、子供の膝を隠すほど伸びた草を分けながら歩いた。
――……。
近付くほどに圧倒される、天へと伸びた太い幹を見て思った。何年もの時を生きてきたのだろうと、聞かずには居られなかった。
「いつからあるの?」
「さて、な」
世界から切り離されたこの空間に時はないことを、僕は忘れていた。大昔から在るとしか言えないと、謝らせてしまった。
「ごめんなさい」
「気にしなくて良い」
僕は今まで聞いた中で、気になっていたことがあった。好奇心から思い切って、真っ直ぐに尋ねてみた。
「どうして。世界から切り離されたの?」
「そうだな。人々が願ったからさ」
「どうして。仲良しだったんでしょ?」
「得体が知れないこの力が恐ろしいからさ」
「司と会った時に感じなかったよ?」
「界希が普通ではないということだ」
「そうなの?何で平気だろう……?」
怖がることがないのは変らしいけれど、僕にはそう思えなかった。確かに司の声には厳しさがあるけれど、一種の優しさを感じられるからだ。
――その人たちは解ろうとしなかった?
伸びた草を分けながら歩き、前を行く司の背を見て思った。味方になれば心強いが、敵に回れば厄災となる。神霊に限らず動物でも、見方次第なのに。
「着いたぞ」
僕も司に続いて草を抜け出ると、目の前に聖なる樹が立っていた。離れた所で見るよりも、重圧を感じて息が苦しくなった。
「本当に……凄い……」
「界希の居た世界にだってないだろう」
司は少し自慢しているように話し出した。闇に侵されないように光を保ち、色を失わないように感情を表すことで、美しいこの場所を守ってきたと言うんだ。推し量るには大きすぎて言葉もなく、想像できずに聞いて居るしかなかった。
――悔しいけど。
本でも見たことのない聖なる樹は、台地の奥深くに太い根を張っているようだった。何人乗っても折れないほどの力強さを感じ取り、何だか頼もしく思えた。
「まもなくだ」
何のことを教えてくれたのかと、僕は首を傾げた。少し待つと穏やかだった風が強く吹き、樹の周りを走って草をなびかせた。
「わあ……‼」
仄かな緑の光は極小の蛍が、一斉に舞うような美しさを魅せた。




