足跡~濃霧の先には~
――界希。
僕は木立の中を歩きながら、名前を持てる喜びを感じていた。何度でも呼ばれたいと思うほどに、名前が気に入った。
――あれ?
冷静になって正面の景色を見てみれば、先ほどまではなかった霧が漂っていた。進めば進むほどに濃くなっていき、徐々に木々が隠されてゆく。
――――!?
不意に手を掴まれて少しびっくりしたが、離れないようにだろうという考えに至った。足下さえも見えない中で、優しく引かれながら進む。
――あ。
霧が晴れてきて、少しずつ木々も見えるようになった。何か夢の中を歩いているような気持ちになり、眠たさを感じた。
「着いたぞ」
司の教えてくれる声を聞いたと同時に、手を放された。目の前に広がる景色を見て、足を止めた。
――わあ……。
穏やかな風が草を微かに揺らし、囁くように奏でていた。霧を抜け踏み入れたこの場所は、木立の中心地にある原だ。
――……。
景色は白黒のままだけど、記憶が虹の美しさを見せてくれた。瞬きすれば消えてしまうが、明るさに満ちていた。言葉もなかった。
――……。
視線を上げて奥を見れば、白木とは比べものにならないほどの木が立っていた。真っ暗な天を手で支えているかのように高く、遠目でも分かるほどに幹は太い。抱き抱えようと思ったら、十人では足りないかもしれない。
「立派なものだろう?」
見ると聞くでは感じ方も違うからこそ、見てほしかったと司は言った。何があるかは自分の目でと、教えてくれなかったのはそういうことらしい。
「とっても、きれい……」
月のように青みを帯びた木が囲む原で、聳え立つ木から目を離せなかった。光も色も無い空間の中で、神々しさを放っていた。魅せる姿は筆舌に尽くし難く、表現できる言葉を持っていない。
――これが。
神霊たちが守ってきたものなんだと、僕はただただ見蕩れて居た。疲れも何もかも忘れてしまうほどに、神秘的な存在を感じた。
「界希、草を良く見てごらん」
僕は呼び掛けられたことで我に返り、何を言ったのと聞き直した。嫌な顔をせず笑みを浮かべ、優しい言葉で言ってくれた。疑問を覚えながらもしゃがんで、足元の灰色した草を見てみた。
――――‼
注視しなければ気付かないほど、仄かな緑の光を発していた。一枚の葉っぱに極小の蛍が、無数に止まっているようだった。
――色が、ある。
何十年振りなのだろうと思えるくらい、見れたことが嬉しかった。小さな変化かもしれないけれど、僕に希望をもたらした。今までの苦労が報われた気持ちになり、泣きそうになったんだ。生きていると、感じられるから。




