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二話 「選択の代償」


 「私ってノアの仲間だよね?」

 「うん」

  本心と違わずそう思うから、ちゃんと声を出して肯定した。

 先にニアの方から仲間だって言ってくれたはずのに、今になってなんでそんなことを訊くんだろう。わからないままに答えたら、ニアの顔がもっと辛そうに歪んだ。

 「———じゃあ! なんで……」

 ニアの口から出かけた問いに、私は何も答えられなかった。そもそも何を聞こうとしていたのか想像もできなくて、宙ぶらりんに吊られたままの覚悟だけが心に居座った。また思う、私から訊くべきだったのだろうか。

 答えを探している間にニアの方から視線を逸らして、部屋の扉を振り返った。

 「……ごめんね、やっぱりなんでもないや…………明日中に修理を依頼されてたものがあったから、部屋に戻るよ……」

 何が悪かったのか、わからない。誰が本当に悪かったのかさえも。でもきっと、それはニアじゃない気がして私は私に問いかける。

 ニアになんて謝ればいいの?

 「お、おい、ニア」

 カナタが呼び止めたけれど、「ごめん」なんて誰に言ったのかさえ不確かな言葉だけを残して、ニアは部屋を去って行った。

 心が不快に、熱く騒つく。

 いけないことをしてしまったみたいに焦りが心の隙間を埋めて、押し出された余裕が熱く急かしてきた。

 「……ノア、お前がいつも考えているみたいに、俺らにもつい考え込んでしまうことだってある。悪く思わないでやってくれ」

 ため息を一つついてから、カナタは私を振り返った。

 そんなこと、カナタに言われなくても分かっている。それよりも教えて欲しいことが他にある。今はニアの話をしてたのに、どうしてカナタは『俺ら』って括って話したの?

 もしかしてカナタはニアの気持ちがわかっているんじゃないの。考え過ぎなのかもしれない。けどきっとそうだ。

 ──知りたい。知っているなら教えて欲しい。

 「……カナタ、私、何がいけなかったの?」

 「いいや、そもそも誰が正しいとか悪いとか、そんな話じゃないはずだ。だから一概には言えないだろうし、誰かのその言葉が絶対的に正しいなんてこともない。ただそれを踏まえた上で、俺の意見を訊きたいなら答えは簡単だな、聴くか?」

 なんだか並んでいる言葉がどれも曖昧な感じがする。結局何を言ってるのかわからなかったけれど、とりあえず頷いておいた。

 「お前は悪くねぇよ」

 どういう根拠があってそう言い切ったんだろう。訊いてもさっきと似たような言葉しか帰って来ないだろうし、多分ただの優しさでしかないのだと思った。

 「……なんですかそれ」

 呟いたハルカは誰が見てもわかるくらい不機嫌な表情をしていて、カナタと私を交互に睨んでいた。

 体が不自然なくらいに冷え、寒気を感じているのに汗が出てくる。

 「それじゃあ、ニアさんが悪いとでも言うつもりですか?」

 「誰もそうは言ってないだろ」

 「じゃあなんなんですか!」

 意思とは関係なしに全身が小さく波打った。

 酷く怒った目つきがこちらを向いて視線が合う。一度合ってしまったその瞳からはどうしても目を逸らすことができなくて、途端に頭が白く染まって何も考えられなくなった。

 空気が上手く喉を通っていないのか、息苦しいくて鼓動の一つ一つがやけに大きい。マコトに手を強く握られて、自分の手が震えていたことにようやく気がついた。

 他人の怒りを買うことがこんなにも怖いことなんだって、私はこの時初めて知った。

 「ノア、俺はカナタさんみたいに優しい言葉は選べないし、お前にははっきり言わないと伝わらないから言わせてもらうが、俺らはお前を仲間だって思ってたよ! お前がさっきニアさんを仲間だって言ったみたいに、今だってそう思ってる。けどじゃあなんで! なんでお前はあの時一人で戦ったんだよ!? 俺らに背中を預けてくれなかったんだよ……」

 考えもしなかった。いいや、きっといくら考えても私の賢くない頭じゃ、その考えには至らなかったと思う。

 私はただみんなに傷ついて欲しくなかった。みんなに何も与えられないから、居なくても変わらないと思っていた。みんなを信頼してなかったわけじゃない。わけじゃないのに……

 「それでも仲間って、言えるのかよ…………」

 最後の言葉がひどく胸に突き刺さった。さっきニアが言いたかったことも同じことだ。ニアだけじゃないきっと、カナタもアカリもマコトも——

 あの日私がみんなを守りたい、失いたくないって思ったのはただの我儘だったのだろうか。みんなの気持ちも考えないで自分勝手に決めつけて、こんなに思ってくれた皆んなを見えていなかった。

 私はもう、みんなを仲間とは呼べない。

 それを知ってからのことは、あまり覚えていない。

 「ノアは私達を守ってくれたんでしょ! なんで怒られないといけないわけ?」

 「そんなこと分かってますよ!」

 マコトとハルカが言い争って、カナタが仲介役として二人をなだめていた。アカリは傍で震えていて、私は何も言えなかった。言うべき言葉が見つからなかった。

 自分の我儘のせいで私の大好きな皆んなと、大切な皆んなが傷つけ合っているのに、どうしたらいいのかさえもわからなかった。

 私は私が、酷く嫌いになった。

 「もうよせマコト。ハルカもその辺にしておけ」

 どのくらい二人が言い合っていたのか、アカリが震えていたのか、カナタが言葉を選んでいたのか。きっとそれは短くなんかない。

 ハルカが部屋を出ていく傍で、マコトに「ノアはこれっぽっちも悪くないから」って頭を撫でられた。それでも部屋を出て行く間際に見せたハルカの表情が頭に残って、気分が晴れることはなかった。

 もしも本当に私が悪くないのなら、どうしてこんなことになっているのだろうか。なんて、誰に訊いたら正しく解決されるのかもわからない疑問がとり残されて、カナタの言葉もマコトの言葉も信じられなくなった。

 「……昼飯にするか」

 カナタの言葉に声を出して答えた人は一人もいなくて、本当に四人も中にいるのかわからなくなるくらい、部屋は静かだった。

 食事はいる人全員で取ること。六人で住む箱、『アーク』を作った時に決めたルールの一つだった。でも、食卓にはハルカとニアの姿が無かった。私が寝ていた間のことは聞かないと知りようがないことだけど、それ以外でルールが破られたことはなかったから、今日が初めての日だ。記念したくはないことだけど。

 料理や家事は私が担当しているからさっきも作るつもりで部屋から降りてきたんけど、病み上がりだからってカナタが作ってくれた。芋のスープとパン。この世界ではごく一般的なメニューらしい。お米がないからか、ちょっと物足りなかった。

 「一応、今日の予定を全員に伝えておくぞ」

 皆んなの昼食が済んでから、カナタは懐に仕舞っていた手帳を取り出した。

 私は流し台に立ってみんなの使い終わったお皿を洗っていた。

 「今日は夕方から魔物の討伐依頼が来てる。ここ最近増えてる残党狩りだ。詳細は昨日のうちに伝えてある通りで、マコトとハルカに担当してもらう」

 困っている人がいて、それを助けるのが冒険者の仕事だってわかってはいるんだけど、今日ばかりは二人が心配だった。元から仲がいいわけではないし、さっきも——

 私もついて行こう……って行ってなんの役に立つのだろう。

 「ニアには明日期限の修理の依頼が一件、仕事はそれくらいだな。次に仕事ではないんだがノア、お前は俺と街に行くぞ、国王に謁見だ。お前が目覚めたことを伝えなきゃいけない」

 正直に言うと行きたくない。そんな気分じゃないし、そんなに暇じゃない。断っちゃ、いけないことなのかな。

 泡のついた器に少し水を溜めて、くるくると円を描く。泡が水に引きずり込まれて、水は無色透明なまま汚れていく。まるでこの家を渦巻く空気みたい。吸ってしまうだけで心を侵す憂鬱。渦の中に映る私はもう———

 でもそれはみんな同じで私だけ、なんて許されない。

 首が、ほんの少しだけしか動かなかった。

 「……私も行きたい」

 アカリのそれはお願いとかじゃなくて切望しているみたいだった。いつもと比べて弱々しいのだって見れば簡単にわかる。カナタは少し悩んだりしたけれど、最後は渋々承諾した。

 誰か一人はアークに残っていないと依頼しに来た人の対応ができないから本当は良くないのだけど、今のアカリを放っておくことはできない、そうカナタが判断したのだろう。最悪ニアは部屋にいるから、それでいいと思ったのかも。

 「私は行きたくないー」

 「我慢しろ、全員同じだ」

 「ていうかさぁあ、せっかくノアが目覚めたんだよ? 冒険なんてしてる暇ないって」

 マコトが顔の前で手をぱたぱたさせる。そう言って貰えるのは嬉しいけど、冒険者のセリフじゃないなって思った。

 「言いたいことはわかるが、一度請け負った依頼だ、今から断ることもできないだろ。明後日は埋めないようにするから、今入ってる仕事くらいはこなしてくれ」

 「へぇー、気が利くじゃん」

 「こんな時くらいはな。で早速なんだがノア、アカリ。すぐに出発するから、支度したら外に出ていてくれ」

 私とアカリの返事も聞かずに立ち上がったカナタは、居間の奥、自分の部屋へと歩き出した。

 ちょうど四枚目のお皿が洗い終わって水を切ったのに、私はその背中を眺めるだけで動けなかった。マコトみたいに「行きたくない」って我儘をぶつけたられたら。そう思ってしまうほど、どうしても気乗りがしなかった。

 しなかったのに、それから三十分もする頃には、私のその気持ちは他の感情に塗り換えられていた。

 「……」

 カナタとアカリの後ろに続きながら、私は言葉を失っていた。単純に純粋に、驚いていた。

 「どうしたの? ノア」

 振り返ったアカリに首を振って、私達はまた歩き出す。

 家の中にいた時はあれから一年も経っているなんて実感が何もなかったけれど、商店街の風景を見て思い知らされた。

 私の記憶ではここにお店なんて無かったとか、ここはポーション専門店だったのに今はアクセサリー屋に変わっているとか。心なしか人が少し多くなっていたり、活気がほんのちょっとだけ盛んになっていたり。

 これも魔王が討伐されて平和が戻って来たってことなのかもしれない。カナタの言葉を疑っていたわけじゃないけど、本当に一年が経過したんだ。

 「あら! ノアちゃん!! ずっと寝てるって聞いたけど、目が覚めたんだねぇ!? 良かったわぁ」

 一年でお店の場所や種類が変わっても、そこにいる人たちはそんなに大きく変わっていなかった。「これ持って来な、お祝いね!!」って肉屋のおばさんが大きめの肉塊をおすそ分けしてくれたりして、ちょっと心がホッとした。

 「ありがとうございます」

 一礼してから受け取る。

 これで晩御飯が少し豪華にできる。今日は何を作ろうか。何を作ったらみんなが喜んでくれるかな。なんて浮かれていたのに、メニューを思い浮かべる前にニアとハルカの顔が思い浮かんで、影を潜めていた憂いが再び目の前に現れた。

 私の中心にはもう、みんなが居座っている。

 悪い気がしているわけじゃない。むしろ嬉しいと感じる自分がいるのに。それでも開いてしまった溝を見下ろすことしかできなかった。

 「アカリ、悪いがここで待っていてくれ。流石に手荷物をぶら下げたまま、国王に謁見するわけにはいかない」

 王城に着いて門をくぐるその前に、カナタは私が持っていた皮袋を指差した。すんなり首を縦に振ったアカリに肉塊が入っている袋を預けて、私とカナタで門をくぐる。

 見張りの兵士に連れられ階段を上ったり、長くクネクネとした廊下を進み三分程で王の間まで辿り着いた。久しぶりに訪れた王城は特に変わっているところはなく、相変わらず豪華でキラキラで気品溢れる内装だった。

 「久方ぶりですね、ノア……ずっと。待っていましたよ」

 王の間の入り口から続くレッドカーペットに導かれたその先で、玉座に咲き誇る一輪の花と相対した。

 私はきっと、この世界に来てから一番驚いていたと思う。一年間寝ていたことよりも、街の風景が知らぬ間に変わっていたことよりも。

 「リシャーナ……?」

 「はい、この場でお会いするのは初めてでしたね」

 笑くぼを作って笑った顔に、いたずら心が垣間見れた。それでようやく状況が飲み込めて、私は丸くなっていた目をいつも通りの大きさに戻すことができた。

 「もうわかってしまいましたか? 一年寝ていても人の顔色を伺うのは変わらずお上手ですね、でしたら、突然数十名の兵士が王の間へと押し寄せて、私にクーデターを起こすドッキリは、もうできないようですね、残念です」

 最後に会ってから一年以上が過ぎて頭にティアラが乗るようになっても、やっぱり性格はあまり変わらないみたいだった。言葉遣いと口調はとても落ち着いていて清楚なのに、発想がとってもわんぱくなまま。

 子供みたいに少し残念そうな表情を作ってから、今度は真面目な顔に変わった。

 「つい先日のことです。寝ている貴方に治癒の異能をかけるため、アークを訪れた時でした。他の皆様には黙っていましたが、その際私は、もうすぐ貴方が目を覚ます未来を見たのです」

 それからのことは未来を予知できなくてもなんとなくわかる。目覚めた私がカナタに連れられここへやってくることも、何も知らない私がとてもびっくりして目を丸くしてしまうことも。

 どうしてカナタは先に教えてくれなかったんだろう。先にリシャーナが王位を継承したって言ってくれればあんなに驚かなかったのに。リシャーナはきっと、内心で笑っていたに違いない。

 少しだけ悔しい気持ちにさせられたけど、ドッキリを防げたから良かったと思うことにして気持ちを切り替える。

 「……治癒の異能?」

 国王様、父親はどうしたのか。本当はそう聞きたかったけれど、歳も歳だったから、もしかしたらもう——

 リシャーナがティアラをつけて玉座に座っているということは、少なくとも王位は継承されたということだから、あまり深入りはしない方がいいのかもしれない。

 「寝ている間は食事も何もできないだろ? 何もしなければ衰退して命を落とすから、定期的にリシャーナが異能で癒してくれていたんだ。起きてからすぐ動けたのもそのおかげだ」

 カナタに言われるまでそれを疑問にすら感じなかった。

 「ありがと」

 とても世話をかけたと思ったら、自然と言葉がこぼれ落ちた。

 「いいえ、お礼を言わなければならないのはこちらの方です。ノア、この国——この世界は貴方によって救われたのです。心からの感謝を、ここに」

 わざわざ立ち上がって頭を下げられると、前の世界での癖でこちらもそうしてしまう。

 ちょっとぎこちない私とは違って、一礼する仕草だけでもとても綺麗。前からそういうところは素敵だったから、国王様も安心して引き継ぎ出来たのだろう。なんて思った。

 「さて、ノア。柄にもなく堅苦しい空気にしてしまいましたが、それもここまでです! 取り急ぎ貴方の復帰を祝うパーティーを開こうと思うのですが、今日で不都合はございませんか?」

 とても嬉しそうにこちらを見ていて、純粋に喜んでくれているのがすごく伝わってくる。一年もの間面倒をみてくれていたのだから今更疑ったりはしないけれど、頷くことは出来なかった。

 やっぱり、そういうのはみんなと一緒がいい。そう思ってしまうのは贅沢なのだろうか。

 「今日はまだ片付いていない依頼があるんだ、明後日ならノアも含め全員が参加できる。その日じゃ駄目か?」

 私の内心を読んだのか、それとも単に都合上の問題か、カナタがそう言ってくれて本当に助かった。

 リシャーナは一瞬むすっとはしたものの、こんな嬉しいことを言ってくれた。

 「そうですか、でしたらそうしましょう。やはり()()揃っていただかないと、()()()()ですから」

 言われた瞬間はとても嬉しかった。けれど、同時に気がついてしまう。明後日までには二人との溝を埋めないといけない。どうしたら許してもらえるのかも、まだわかっていないのに。

 「とりあえず、パーティーの開催は明後日にするとしてもう一つ、私から貴方に伝えないといけないことがあります」

 青色の綺麗な瞳がまっすぐ見つめてきて、大事な話をしようとしているんだなってわかった。

 「もう一年も前のことですが、ノアは覚えていますか? 魔王討伐に行く前日に、父と交わした約束のこと」

 ちょっとした興味本位で交わした約束だったけれど、今でもちゃんと覚えているからしっかりと頷いた。それに私にとってみれば、まだ二週間も経っていないことだったから忘れようもない。

 「それもそう、ですよね。説明が端折れそうで良かったです。なにせこれより先は、ちょっとばかり長い話になりますので」

 リシャーナの顔つきが少しばかり不穏な空気を帯びた。真面目とか真剣とかじゃなくて、不安というかそんな類の雰囲気。険しい表情だった。

 「まずは結論から話しましょう、ノアが元いた世界のことを」

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