一人目の来訪者 ~3~
虹色の鳥が五羽、羽音をたててラピス達の頭上を飛んでいく。
数枚の羽が陽光を浴びて、七色の色彩を放ちながら降り注いでいた。
太陽は燦々と光を降らせ、心地よい海風が島の端から端までを撫でる。
フワリと優しく包まれる様な空気の中で、グリフォードは夢見心地で紅茶を堪能していた。
「青い空。白い雲。前を見れば一面の海。……後ろには林があって、何処を見ても自然豊かだ。こんな島、リゾートとして売り出さないのが勿体無いなぁ……」
「リゾートとか、売るとか、グリフォードさんは商売人の様だね」
「ああ。俺は年商二千億を売り上げる不動産会社を経営しているんだ。大手には足元にも及ばないが、地元では有力な実績を納めてきたんだぜ?」
「……不動産?」
ラピスは不動産の事を間違いなく知っているはずなのに、忘れてしまったんだ。
ラピスが失ってしまった記憶がどれだけあるのか、今となっては計り知れない。
ロシュは、それが露になる度に胸の奥が痛む。
「不動産って言うのは、土地とか家とかの事だよ、ラピス」
「ふ~ん……」
ロシュが痛む胸を押さえながらも、平然を装いながら、せめて新しい記憶として覚えてほしいと願って説明する。
だけど、ロシュのそんな思いは届かず、ラピスはあまり興味が無いみたい。
そんな少女達のやり取りを見ていたグリフォード。
不動産会社を経営していたという彼は、突然、何か良いことを思い付いた様に切り出した。
「そうだ!この島!俺が買い取って、豪華なリゾートホテルでも建てたら、売り上げは格段に上がるんじゃないか!?この島の土地の保有権は誰が持ってるんだ!?お前たちも、ボランティアじゃなくって、ちゃんと収入を得られる様にしてやるよ!どうだ!?良い話じゃないか!?」
グリフォードは、豪快な笑い声を織り混ぜて、両手を広げて空を仰ぐ。
「……そうだね。そうなったら良いのかもしれないけど……」
ロシュは、そう答えながら、“その時”が来た事を悟った。
グリフォードが、この島に来る前の記憶を思い出し始めた事を。
そして、ロシュはラピスに告げた。
「……ラピス、そろそろ始めようか?」
黒猫は、他のより座面が高く作られた椅子から、おもむろにラピスに向き直った。
すると、ラピスは頷いてテーブルの真ん中の、パラソルの軸の周りを片付ける。
軸を四つで囲んだテーブルフラワーや、シュガー、ミルク、レモンを入れた小皿をテーブルの片隅に寄せた。
「……は?なんだ?何を始めるって……?」
「グリフォードさん―――」
訝しい顔でラピスの行動を見ていたグリフォードの前に、ロシュがテーブルに飛び乗って呼び掛ける。
「―――どうやら現実の自分を思い出したみたいだね?」
言いながらトコトコ歩くロシュは、言い終わった時にはグリフォードの目の前まで来てテーブルの上に座った。
「ああ、ネコちゃん。なんだ、急に畏まって……?」
「これから、ボクがグリフォードさんの心を癒やす為のお手伝いをするのさ」
少しだけ後ろに仰け反るグリフォードに、ロシュは笑顔で答えた。
でも、グリフォードは突然の事で警戒心が解けないみたい。
「……え?な、何を……?」
「大丈夫。グリフォードさんは、目を瞑っていれば良いよ」
そう言われても、これから何が起こるか解らないのに、目を瞑るなんてなかなかできないよね。
「……ま、まさか、目を瞑っている隙に、急に顔を引っ掻いたりしないだろうな?」
「あれ?ボクがそんな事をやりそうに見えるかい?」
「ロシュは、子供みたいだからイタズラとかされそうかも……」
「ボクは子供じゃないよ。それはラピスが一番よく知っているじゃないか」
「そう言えば、ロシュっていくつだったかしら……?」
ロシュは、ラピスの言葉に尚も胸が締め付けられた。
ラピスも、そんなロシュの様子を見逃さない。
また、自分の余計な一言でロシュを悲しませている事が、ラピスの胸を締め付けた。
二人とも、お互いを思いやるが故の悲しい気持ちを抱く。
けど、一瞬の沈黙の後には、その悲しみを心の奥に押し込んで、努めて明るく振る舞ったんだ。