一人目の来訪者 ~1~
食事を終えたラピス達は、紅茶を嗜みながら談笑していた。
いつもの様に他愛も無い話。
「ラピス。この紅茶は美味しいね。アールグレイかい?」
「あら、ロシュにもこの紅茶の良さが解るのね」
「当たり前さ。だってボクは本当は人間なんだから」
「ウフフ。おかしな事を言う子ね。ロシュは黒毛の綺麗な猫ちゃんでしょ?」
クスクスと笑うラピスの笑顔がとても素敵だったから、ロシュはバカにされたような気分もどこかへ飛んで行ってしまった。
でも、そんな他愛も無い話に、ロシュは心の中で思ったんだ。
『ああ、ラピス。君は本当に忘れてしまったんだね……』
ラピスを見つめるロシュの表情は、少し雲っていた。
「ラピスも、人間の姿をしていてもまだ幼いじゃないか。お子ちゃまの舌で、大人の味わいが解るものかな?」
ロシュは、やり場の無い悲しみをラピスにぶつけてしまう。
「ロシュ。女の子は八歳にもなれば立派なレディだわ。それに、私はこの姿で、もう五百年はここにいるもの」
ラピスとロシュがここに来てから、もう五百三十一年。
それだけの永い年月を、ここで過ごしている。
いや、ここに居ざるを得なかったと言うべきかな。
あの、二人に起きた出来事から。
その忌々しさを圧し殺して、ロシュは努めて明るくしたんだ。
「それはそれは、レディに失礼な事を言ってしまったね。こんなボクでも、どうか許しておくれ」
「ええ、もちろんよ、ロシュ。立派な淑女は小さい事で怒ったりはしないもの」
「それは助かるよ。だから、ボクはラピスが大好きなんだ」
「ウフフ。ありがとう、ロシュ。私もロシュが大好きよ」
この言葉が、本当の姿の自分に向けられたものならば、なんと嬉しい事だっただろう。
ロシュは、そんな複雑な想いを飲み込むように、アールグレイに舌を付けた。
そんな時。
海とは反対側の、家の方。
庭に出るデッキに向かって右側の、少し庭木が茂った辺りからガサガサと音がするのに気が付いた。
「……誰か居るのかい?」
ロシュは、音のする方へ声をかける。
何か居るのは間違いないけど、反応は返ってこない。
どうやらロシュの声は届いてなかった。
でも、それから間もなく一人の男性が、草根を掻き分けて姿を表した。
「……どちら様?」
ラピスの質問に、男性は少女と黒猫の存在に気付く。
すると、男性は少し豪快な声色で言った。
「やあやあ、お嬢さん。……それと、猫ちゃんも居るんだね。俺はグリフォードと言うものだ」
片手を挙げて砕けた挨拶をしてきた男性は、自分をグリフォードと名乗った。
それを聞いたロシュが、椅子から降りる。
そして、二・三歩ほど歩み寄ってから自己紹介を始めた。
「やあ、グリフォードさん。よくここに来られたね。ボクはロシュ。彼女はラピス。良かったら、一緒にアールグレイでもどうだい?」
「えっ?な、なんだ?ね、ネコが、しゃべるのか!?」
「ああ、驚かせてごめんよ。ここは最果ての島。とりあえず、色々と疲れてるだろうから、ゆっくりして行ってよ」
「なに!?……ここが、あの……?」
「そうさ。その様子だと、グリフォードさんはここの事を知っているんだね」
「あ、ああ。昔、俺がまだ幼い頃に、バアちゃんから聞いた事がある。でも、ここに来る方法とかは知らなかったんだが、俺はどうやってここに来たんだ?」
「そうか。そうだよね。ここへ来る方法は、普通は誰も知らないんだ。……でも、ボクたちは知ってる」
「なに!?本当か!?どうやったら来れるんだ!?こんな綺麗な所、バカンスにでもまた来たい!これからも、いつでも来れる様に、ここに来る方法を教えて貰えないか!?」
嬉々として頼み込むグリフォードの姿に、ロシュとラピスは少し悲しい気持ちになった。
それでも、直ぐに気丈に振る舞うのは、ここの生活に慣れたからか、それとも、自分達が人の心を失いつつあるのか。
何はともあれ、このグリフォードと言う人を導かなければならないんだ。
それが、最果ての島の番人である自分達のやるべき事だから。
そして、これからこのグリフォードと言う人との、刺激的な出来事が始まる。