二人目の来訪者 ~1~
いつも通りの晴れた空。
遠くの水平線には、大きな虹が架かっている。
雨が降った訳でもないのに、虹が架かる。
そんな光景も、最果ての島の、不思議の一つ。
一度訪れた人を虜にする。
この世界には無い、でもこの世の何処かに存在している不思議な島。
少し靄が架かった遠くの波間。
よく見れば、大きな魚が跳ねてキラキラと輝いていた。
「アハハッ!つめた~い!」
「今日みたいに少し暖かい日は、水の冷たさが丁度良いね」
砂浜の、水辺を歩く少女と黒猫。
寄せては返す波の間に間に、少女の笑い声。
「あっ!ほら、あそこに金色のお魚さんが泳いでるわ!」
「あれは黄色だよ。この島の周りの生き物は、みんな輝いてるから金色に見えてしまうのも無理無いんだけど」
「ロシュは、なんか冷めてるのね。もっと楽しそうにすれば良いのに」
「五百年も居れば、さすがに飽きるよ。むしろ、何もかもがキラキラしてて、目がチカチカする方が気になる」
「でも、金色のお魚なんて、滅多に見ないでしょ?」
「……そうかもね……」
実際には何度も見てる。
でも、ロシュはラピスの話に合わせて、相槌を打った。
子供の様にはしゃぐラピス。
ロシュは、そんなラピスの純粋さがとても愛しかった。
そうしてラピスを眺めていると。
ラピスの向こうに見える砂浜の端。
切り立った崖の下の磯辺に、光が湾曲して乱反射する。
「ラピス。お客さんみたいだよ」
「えっ?」
ロシュはラピスに伝えると、少女は黒猫の視線の先へ振り返った。
すると、湾曲した光がやがて丸くなり、中心に黒い点が浮かび上がる。
そして、黒点は広がるように光の円の中を埋めつくし、瞬く間に光は縁取りだけ残して黒い穴がポッカリと口を開いていた。
そこからゆっくりと人が出て来る。
でも、意識の無いその人は、糸を切られたマリオネットの様に磯の岩場にぺしゃっと倒れた。
「家で休ませてあげようか」
「そうね。私が運ぶわ」
「いや、ボクが運ぶよ。ラピスは先に戻ってお部屋を用意してあげて」
「……わかった」
ラピスに魔法はなるべく使わせたくない。
そんな思いから、ロシュが客を運ぶ事にする。
ロシュだって猫だから、普通なら人を運ぶなんて出来やしない。
でも、ロシュには不思議な力があるから、人を運ぶのなんて簡単だった。
「じゃあ、また後で」
「ええ。先に戻ってるね」
ラピスも、ロシュが魔法を使える事は知っていた。
だから、何も問題など思わない。
当たり前の様にロシュに頼んで、踵を返して家へ向かった。
ロシュは、次元の穴から出てきた人を、魔法で持ち上げる。
そのまま自分の近くまで引き寄せると。
「……女性、だね……」
と呟いて、トコトコと家へ歩き出した。
「それにしても、今度はどんなやり残した事があるのだろう……」
見たところ、美しい顔立ちに育ちの良さそうな綺麗な手足とスタイル。
生きる上で何かと得をして生きていそうな女性に、何か引っ掛かるものを感じながら、ロシュは歩くのだった。
「う~、ん……?」
静かな部屋の中。
窓に遮られた微かな波音と共に、部屋の中には女性の声。
先ほどロシュが運んだ女性は、最果ての島のお家のベットで目が覚めた。
海辺の磯に現れた美しい女性。
ラピスが手入れしたゲストルームで、淡いピンクの天井を眺めている。
まだ、自分の置かれた状況が把握出来てないのかな。
それほど長い時間じゃないけど、少し長めにぼーっとしてた。
「……気が付いた様だね」
ベットの横にあった椅子の上。
一匹の黒猫が女性に声をかけた。
「……ハッ!?」
女性が声に反応して我に返り、遅蒔きながら覚えの無い部屋の内装にハッとなる。
「こ、ここは……?」
「ボクたちの家さ」
「……えっ!?ね、ネコがしゃべっ……!?」
見知らぬ部屋に喋る猫。
訳がわからない状況にロシュの声が追い討ちをかけて、女性の思考は混乱した。
そして、椅子の上に座る一匹の黒猫に、暫く警戒するのだった。