始まる物語
この世には、『マナ』が存在する。
生ある者すべてが、『マナ』によって生かされている。
その『マナ』の恩恵を護り、そしてそれを地上に送る精霊『マナ一族』を、女神はお創りになられた。
千年、二千年と……。
そしてまた、新たな伝説が創られようとしていた――……。
「え~っ! うそぉ?!」
倭区域の、本棚に囲まれた小さな建物――『マナ研究所』に、肩ほどの赤髪の少女の声が大きく響いた。
ぱっちりとした緑色の目を見開き、驚きをあらわにしている。
「うそじゃないよ、みほ。君は三代目の、マナ一族『ウォークマスター』だ! この伝来ハカセの目に狂いはないっ!」
えっへんと白衣の少年――伝来ハカセ(何故か博士を自称している)は、自信ありげにふんぞり返る。
「あたしがぁ……?」
マジ……?と、赤髪の少女、みほは疑惑の表情を浮かべた。
「マナ一族なんて、聖書とかの話でしょ? なんで一緒にするかなあ」
この世界の自然や生命のすべてを司る『マナ』。
そして、それらを守る為に千年に一度創られると云われている精霊『マナ一族』。
確かに人間の子供から覚醒するとは聞くが、ミニスカートをはいた至って普通の13歳であるみほには信じがたい話だった。
みほのマイナスな言葉を聞いた伝来ハカセは、感情剥き出しで反論してきた。
「本当に本当に『ウォークマスター』なんだから! どこまでも体力と腕力のある『ウォークマスター』なんだから! わかったよっ! 証拠みしてやるよっ!」
「はぁ? ショーコぉ?」
ついにみほは、苦笑いを浮かべた。
伝来ハカセは、かけている眼鏡をクイッと上げ、ドアの開いている奥の方に向かい叫んだ。
「エディーッ!! カモーン!!」
すると、ゴールデンブロンドをポニーテールに結わえた、白のスラックスや革靴、クロスのイヤリングがよく似合う碧眼の美少年がやって来た。
その顔立ちはとても整っており、思わず目を見張る。が、
「なんやぁハカセ~。人を犬か何かみたいに呼びくさりおって、ほんま失礼やなー」
なんとエディは、一見美形の白人なのに非常に訛っているではないか!
これには、みほも心の中で叫ばずにはいられなかった。
「ホラ、これが証拠さ! 三代目マナ一族『方角師』のエディオニールだよ!」
そんなみほをよそに、通称エディね、と伝来ハカセはウインクしてみせる。
これって物扱いかいな!と言うエディの傍らで。
(え……。何がどーなってんの?!)
サッパリわけわかりませんという顔のみほに気付いたのか、伝来ハカセは説明を始めた。
「聖書にも書いてあるけど、『方角師』はすべての方角を見極める事ができる能力者ね。エディがそれなわけ。あとさ、この世界って人種で区切りあるじゃん?言語だって別れてるね。まずはこの倭区域、そして他には美花区域、ユーエスエイ区域、コリア区域、アムール区域、インディ区域。エディには、ボクから頼んでこの区域に来てもらったんだ。アムール区域からね。マナ一族を少しでも集結させる為に。どう? わけわかった?」
「まあ……わけはわかったけど、これからどうすればいいの?あたし。ウォークマスターなんでしょ?」
「うむ、『マナ』を研究する者として助言しよう」
伝来ハカセは、もったいぶって言った。
「残り三人のマナ一族、魔術が得意な『巫女』、あらゆるモノに答えを出せる『学者』、格闘に特化した『格闘家』の三人をエディと二人で探して来て! まずは、美花区域のシオミ村てとこに行ってみなよ。そこに誰かいると思う」
「調べてくれたん?ハカセ」
エディが期待を抱いて尋ねる。
「カン」
それに対し、短く即答する伝来ハカセ。エディの期待は打ち砕かれた。あまりの頼りなさに、二人とも自称博士に何か一言言いたくなった。
「ま……二人とも野垂れ死にしないでねっ。モンスターも出ることだし、区域の外には」
伝来ハカセは、無責任にニッコリした。
残り三人の仲間を探すべく、旅に用意をする為にみほとエディはまずみほの家に行った。
テーブルにテレビ、本棚など生活感に溢れた家は、ストーブをみほが付けてくれたおかげでとても温かい。
「そこ座っててね」
みほが指した座布団に、エディはおとなしく座った。
「わい、ザブトン初めてやわぁ。おおきに」
「いーえいーえ。そんなボロで喜んでもらえて嬉しいわ。にしても、なんだか急に大変な事になっちゃったわね。これから何がどうなるかわかんないけど、よろしく! 世渡みほよ。13歳」
リュックサックに服やら歯ブラシやら生活用品をしまいながら、みほは朗らかに自己紹介した。
「そっか! よろしくなぁ、みほ。わいは、エディオニール・フランソワ・ド・ラフォレ・ダンジェラードや。エディでええよ。17歳やで」
名乗りながら、エディは気付いてしまった。この家は静かすぎる。
「……なぁ、みほ。ご家族の方は、今、お留守なん?」
「ああ、家族? 父さんと母さんがいたんだけどね、少し前に死んじゃった」
みほは極めて普通の声音で答えたが、エディは申し訳なさそうに、かつ悲しそうに俯いた。
「ああっ、そんな顔しないで! むしろ、マナ一族だってわかる前にポックリ逝って、不幸中の幸いだったのよ? だって、バレた後めんどくさい事になったらイヤじゃん?」
「そっか……。わいは、ちょっぴり面倒くさいことになっとったかな」
エディは小さな声で答える。
「ほな、みほは気をつかわず旅立てるわけやね。準備、手伝うで」
「うん、ありがとう!」
みほは笑顔でお礼を言った。
他人を心から気遣える優しさを持った、これからのち何十年も共に過ごす事になる仲間に静かに救われながら。
ところ変わって美花区域のシオミ村。
とある中華風の民家の中で、一人の少年が聖書を読んでいた。
少年は、肩の所で切り揃えた青い髪で、水色の中華服を着ている。
本棚や机、ストーブなどのある部屋のベッドの上でゴロゴロしながら、少年は聖書を閉じた。
(女神が選び、天使に導かれしマナ一族…。すっごいお話ですけど、僕には関係ないですよね)
少年は、静かに聖書を本棚にしまった。
「明宇、出掛けるわよ! あなたもいらっしゃい!」
女性が、ノックしながら部屋の外から声をかけた。
「はーい、お母さん」
少年――明宇は、すぐに部屋から出てきた。
「おっ、出かけるのか? 俺も行こうかな」
「あいやぁ。お父さんも行くのですか?」
「楽しい所ならついてくぞ」
父親は、ニッと笑いながら答える。
「そうね…、買い物だから、楽しい所と言えるかしら? 皆で行きましょ」
母親はニッコリと笑む。
三人は、市場へと向かう為に村の中へと出た。
自然と中華風の建物が美しいここは、明宇の自慢の故郷だ。
学校は楽しいか?仕事は順調?今日のご飯は何にしよう。
そんな他愛ない親子の会話をしながら歩く明宇の隣を、黒いフードを目が隠れるほど被った男が横切った。
彼は何かぶつぶつと言っていた。
一体何だろう?
明宇がそう思った直後だった。
明宇の体がカアッと光り、まるで衝撃波のような魔力が周囲を飲み始めたのは!
これは一体?!
自分はどうしたというんだろう!!
村人達は魔力に掻き消され、家々は破壊されゆく。
先程まで隣で笑っていた父も、母も。
「いやだ……いやだーっ!!」
耐えきれなくなり明宇が叫ぶと、事態はおさまり辺りはシンと静まり返った。
周囲は血の海と化し、生き残った村人達が自分を畏怖の目で見ている。
嗚呼、どうしてこんな事に。
「マナ一族……」
「マナ一族だ……」
「やけに最近、武術に秀でていると思ったらこういう事か……」
「『格闘家』だわ……」
恐れた村人達の、胸を苦しくさせる声が聞こえる。
「ッ……、捕まえて下さい!!」
明宇は、血を吐くように叫んだ。
「捕まえて下さい!! 捕まえて下さい!! 僕は人を殺しました!! 捕まえて下さい!!」
溢れる涙も拭わず、明宇は叫び続けた。彼を取り囲む、村人達と建物の残骸の中心で。
「捕まえて下さい!! 捕まえて下さい!!」
しかし、誰も彼を引き立てようとはしない。彼を人間ではないと見なしたからだ。
彼は――明宇は、後に仲間達と巡り会うまでこの生活が続くだろう。学校にも行けず、誰からも恐れられ憎まれ無視される、まるで生き地獄のような生活が。
区域から一歩外に出ると、そこは果てしなく続くかのような野道。
空気も美味しく、みほの心を踊らせるには充分だ。
「おーしっ!! 目指すは美花区域っ! 張り切って行くわよーっ!!」
心の軽さからか、みほは自然と小走りに近くなる。
その後ろでは、エディがゼエハアと息を切らせていた。
そう。ウォークマスターは足が速いのだ。
みほは知らぬまに足早になっていたのだろう。
「なによ、だらしないわね~。もうバテちゃうの?」
「そないな事ゆーたって、ウォークマスターと方角師ではスピードに差が……もっとゆっくり行かへん?」
エディは、苦笑しながら額の汗を拭う。
その時だ。みほの顔色が変わったのは。
「!! エディ! 後ろ……!」
「え?」
エディはおそるおそる後ろを振り返る。
するとそこには、巨人のような化け物が唸り声を出し二人を睨み下ろしていた。
「モ、モンスターや!」
ぬおっ?!とエディが後退りした。
「マジ……? こーなったら……!」
なんとみほは、リュックサックから包丁を取り出した。武器にするつもりだろうか。
「マジ……? は、こっちのセリフや! そないなモンで戦えるかいな! おもしろい子やなっ!」
「おもしろいあんたにおもしろいなんて言われたくないわ! だって、マナのチカラの使い方とか知らないもん! 体力しか能がないの今んとこ! エディ、あんたはっ?」
「わいは今んとこ、よけるだけしか能があらへん!」
「この役立たず……てか、来る、来る~! キャアア~!!」
「そんな……って、のああああ!」
二人は覚醒したばかりで応戦する余裕もなく、重い一撃一撃をよける事で精一杯だ。
「どあぁあー!! 殺られるでこりゃーっ!! アーメンソーメンヒヤソーメ――ン!」
「ちょっとやめてよ関西外人!」
「関西外人ってなんや……って……」
ハッと気がつけば、今まさに二人に同時に攻撃が振りかかろうとしていたその瞬間だった。
――殺される!
刹那、二人が死を覚悟したその時に、モンスターの方が先に絶命していた。ズズゥンと巨体が音を立て、地に倒れた。
「……あれ……?」
「死んどるがな……。なんで倒れとんねん?」
「あんた、ただ逃げてるフリして本当は……とか、ないわよね?」
「まさか! 魔術かて、使い方わからへんし……。みほこそ!」
「あたしだってそうよ!」
「え……っ!」
じゃあ……誰が?!
一瞬のうちに、何が起こったというのだろう?!
「とにかく、シオミ村に行こうや……」
「うん……」
そこで新たな出会いと共にそれ以上の謎が解けるコトは、まだみほとエディは知るよしもなかった――。