異世界無双RAT
この春大学生になった俺は昔から周りにせっかちだと言われている。
それは大きな間違いだ。俺はただノロマな奴が嫌いなだけだ。何でもサッサと効率良く進めないと気が済まない。
周りの奴らは「速い、凄い」と褒めるが俺に言わせればお前らが遅いだけだ。俺にとっての普通ができない奴らに、次第にイラついていった。
だから今、帰宅途中の電車の中でも俺はイラついている。
「なんでチート持ってるのにサッサと使わないかなぁ」
俺は手に持った本に向かって舌打ちした。
友達から借りた、今流行りの「異世界転生」小説。死んで異世界に転生した主人公が女神に貰った力で無双する人気ジャンルだ。
そんな主人公を見ても俺にとっては生ぬるかった。
目的地に行くなら転移魔法を使えばいい。
情報が欲しかったら心を読めばいい。
魔王を倒すなら時間を止めて殺せばいい。
スローライフ?冗談じゃない。
「俺だったらもっとカンタンに出来るっつーの」
ガコッガガガガガガガガガガ……
キキキーーーーーーッ
――――――――――――――――――――
気がついて起き上がると俺は見知らぬ場所に倒れていた。目の前に紫色の髪をした薄着のロリッ子が立っている。
「目が覚めたのね。あなたは…」
「俺は事故で死んだんだな?それでお前が女神だな?」
俺が勢いよく詰め寄ると女神はキョトンとした顔をした。
「ええそうよ。理解が早くて助かるわ」
「転生するならスキルをくれっ」
「焦らないで。じゃあこの中から…」
「レベルはMAX、ステはカンスト、チートスキルは全取得。それで頼む」
「ハイハイ。それで設定したわ」
「じゃあ異世界にとばしてくれ」
「…………」
「なんだ?早くしてくれよ」
「もっとよく考えなくても良いの?」
「そんなの大きなお世話だ」
すると俺の身体が光り出した。足元に魔法陣が浮かび上がる。
これであのイラつく日常ともサヨナラだ。ついでに誰よりも効率良く異世界で無双してやる。
希望を胸に俺は異世界に転生した。
――――――――――――――――――――
気がついたら今度は森の中だった。そして今度も目の前に美少女が居た。
さっきと違うのはロリッ子じゃないのと、今まさにゴブリンに襲われているところだ。
ゴブリンの棍棒が美少女に振り下ろされる瞬間、俺は間に入って攻撃を庇った。
ダメージは当然ゼロ。痛くも痒くもない。逆にゴブリンの方が後ろの木をなぎ倒し、見えなくなるまで吹っ飛ばされた。
「グギギギャアア!!」
ダメージ反射のスキルなら攻撃する手間もない。
「危ないところを、ありがとうございました」
村娘の美少女はペコリとお辞儀した。彼女は近くの村に住んでいて、病気の母親のために薬草を取りに来て襲われたのだ。
心を読めば直ぐにわかる。
「ケガが無くて良かった。さぁ村に帰ろう」
「でもまだ薬草が」
「いいからいいから」
俺は彼女を抱きかかえると村へと転移した。
村に着くと彼女に案内してもらった。村長さんが言うのには助けてくれた御礼とかで今夜は宴を催してくれるらしい。
そしてベッドに横になっている彼女の母親を治癒魔法で治してあげた。薬草なんかいつ効き目が出るか分からない。
その晩の食事は期待したほどでは無かったが、隣に美少女を座らせての人生初めてのお酒はとても美味しく満足行くまで楽しめた。
やっぱ異世界はこうじゃないとな。
――――――――――――――――――――
それからの旅も全てが順調。まるで打ち切りの決まった週刊漫画が急いで話を纏める勢いだった。まぁ俺にとってはそれが普通に心地よい。
宴会明けの朝には俺は都に転移していた。流石に城の中に直接行くと不審過ぎるので城門までは徒歩だ。
街中ではこの国の人々が魔王の脅威に晒されている噂を耳にした。そして王様は魔王を倒せる勇者のパーティを探しているらしい。
俺は適当に好みの女に声をかけ、道中洗脳してパーティを増やした。
「今から1分で魔王の首を持ってくる。だから気に入った屋敷と国王並みの権限を俺にくれ」
すんなりと通してくれた謁見の間。
周囲には衛兵や他の冒険者がいる中で俺は大見得を切った。国王は一瞬ポカンとしていたが、直ぐに顔を真っ赤にして怒り出した。
無礼者がっ!ひっ捕らえろ!
とでも叫んでいたのだろうがもう遅い。何故なら俺はもう魔王城の中に転移していた。
「なんだ貴様は、何処から来た」
薄暗い城の中、俺の目の前に頭に角を2本生やして黒いローブを着た魔王がそこにいた。
なるほど、分かりやすい見た目だ。
「時間停止、スキル無効、耐性無効」
ボソボソと呟きながら間合いを詰める。後は動きを止めた魔王の首をねじ切って謁見の間へまた転移。
いけねぇ、30秒もかからなかった。
――――――――――――――――――――
そんなわけで、今はこうして都を一望出来る屋敷に洗脳した女どもと一緒に暮らしている。ついでに最初の村の娘も連れてきて嫁の1人に加えてやった。
魔王を倒してしばらくは連日飲めや歌えの大騒ぎ。俺としては永遠に讃えて貰っても構わないが、国の機能がストップしたままでは困るので2カ月程で終わらせた。
その後は俺を次の国王に、なんて話も出たがそれもパス。政治なんてめんどくさい。
今の俺は永久名誉貴族として爵位を承り、たまに国王の相談に乗ってあげている。
地位も名誉も金も女も全て手に入れてから何日めかの朝の出来事だった。
その日も俺は、昨晩のお楽しみが過ぎて昼前に目が覚めた。3人寝ても広すぎるベッドの端に少女がチョコンと座っている。
昨日は確かアイツと寝たんだったたか。しかし何番めの嫁だっただろうか?
だが俺はその長い紫色の髪に見覚えがあった。
「あらあら、慌てて転生したのに随分遅いお目覚めね」
「お前女神か?」
クスクスと笑って少女は答えた。
「お久しぶり。それと私にはスキルは効かないわよ」
即座に心を読んで洗脳しようとしたがバレてた。予想はついていたが気に入らない。
「そんな事よりこんな所で油を売ってて良いの?」
「どういう事だ?魔王はいないし、侵攻してきた隣国は速攻で潰したぞ」
「じゃあまだ知らないんだぁ」
ニンマリする女神を見て俺は頭に血が上るのを感じた。何故ならこの世界には俺にしたり顔を向ける奴は居ない。俺の思い通りにならない女はいないからだ。
「転生特典の事よ」
「何だよそれは!?」
驚く俺の反応に満足したかの様に脚を組むと、脳内に直接情報を送り込んできた。
「ステータス限界突破に消費MP ゼロ。この
人物テクスチャ変更ってのは何だ?」
「その世界の住人の外見を自由にイジれるのよ」
そりゃあ良い。俺好みの女を自由に作れるって事だ。もう街で探して洗脳する手間が省ける。
「早速特典全部くれよ」
「相変わらずね。そのためには何度か転生しないと。ちなみに人物テクスチャ変更は魔王5体討伐が条件ね」
「何度か…転生?」
俺は背中に汗をかくのを感じた。
「この世界にはもう魔王はいないのか?」
「いないわね」
くそう、即答かよ。女神は俺の心を見透かす様に目を細めた。
「やっぱり魔王は殺せても自分で死ぬのは怖いのかしら?」
正直言って怖い。もといた世界では気づいたら死んでた訳で、自殺をする今回は訳が違う。
そもそもここはもう俺の世界だ。挑発的な態度の女神は別にしても、転生のリスクを追う必要はない。
悲しいかな、そんな俺の打算も女神はお見通しだった。俺の琴線に触れる言葉を熟知しているとしか思えない、渾身の力で俺の背中を押してきた。
「残念ね。転生を繰り返して効率良く強くなった人は何人もいるのに。
でもこの世界で身の丈に合った暮らしをするのも悪くないと思うわ」
その言葉が引き金になった。俺は自分の心臓を止めた。
――――――――――――――――――――
1度自ら命を絶ってみるとそこから先は簡単だった。特典を取得し、住民の信頼を得て、魔王を倒す。要はこれの繰り返しだ。
信頼を得るよりも洗脳した方が早い。魔王も即死魔法の方が早く倒せる。
冒険はやがて作業へと落ち着き、使用出来るスキルが増えるのに反比例して、使用するモノの種類も数も減っていった。
転移、洗脳、即死。転移、洗脳、即死。大方の世界はこのルーティーンでカタがついた。
他人はどう感じるか知らないが、如何に少ない手で世界征服出来るか試すのは俺にとっては逆に楽しくもあった。
代わりに酒の量と女を貪る時間が増えた。
「おめでとう。人物テクスチャを変更出来る様になったわ」
「これで好きな女をいつでも抱けるな!」
「もう30回転生したのね。これからは脳内で直接意思の疎通ができるはずよ」
(口を動かす必要も無くて、誤解もなくせるな)
「魔神15体討伐ね。排泄機能のオンオフを追加しておいたわ」
(さらに時間の短縮が可能、と)
「雑念排除と高速思考が可能になったわ。無駄な雑念を払って一瞬で脳を最大限に稼働出来るわよ」
(・・・・・・・・・・・・)
「おめでとう。これが最後の転生よ、よく頑張ったわね。
と言ってもボーナスステージよ。気の済むまで欲望を解放するといいわ」
女神の言う通りだった。この世界にはもう魔王の反応はない。大気を覆うのは甘く濃厚な肉の香り。そして大量の雌のフェロモンを感じる。
言葉はいらない。俺は柔肉を堪能し、腰を振るだけだ。
――――――――――――――――――――
とある世界の肉屋の倉庫。吊るされた牛肉は無残に齧られ腐りかけている。何処からか入り込んだネズミは瞬く間に増え、床を埋め尽くしていた。
その群れの中に他の個体の倍はあるのがいる。異様に太ったソイツは誰よりも多くの肉を平らげ、雌の背に乗っては誰よりも多く孕ませていた。
そのネズミを掴むと女神は満足して微笑んで見せた。その一瞬の笑みは今までとは違う慈愛に満ちたものだった。
転生を繰り返して己を突き詰めた者への本当のご褒美だったのかもしれない。だが残念ながら当の本人にはそれを認識する理性は残されていなかった。
「だから忠告してあげたのに」
女神はクスクスと笑う。
「もっとよく考えなくていいのって」