王太子視点
王太子視点です。
私はこのローゼンバーグ王国の第一王子である。
王太子に決まったのは、十一歳を迎え、婚約者が決まった頃だった。
国王である我が父には他に子供はおらず、王太子に決まったと言っても、決定がなされていなかっただけで王太子たらんとする自覚は既にあった。
王太子決定の公布は周知の事実を王家が追認しただけのものだった。
婚約者は政治的バランスと周辺諸国の国外状況を勘案したうえで決められた。
相手に期待はしていなかったが、何度か会ううちに婚約者の素地が見えてくると、幻滅せざるを得なかった。
仲を深めるためにお茶会をするのは理解できるが、そのために何故侯爵令嬢と言われるものが菓子など焼いてくるのだろう。
一つ下だと聞いているので、その幼さの故かと思ったが、本音では正気を疑った。
しかし婚約者の心の安定のためにも、趣味の一つくらいは許さねばならない、と戒めながらお茶会に応じたところ、その味は素人の物だった。思わず本音が零れ泣かせてしまったが、この際と思い、将来の王太子妃としての心得を手紙にしたためた。
箱入りで育ってきた少女には衝撃を与えたようだが、側近のフォローもあり、それ以降気持ちを入れ替えたようだ。
相応しい振る舞いをするようになったが、その後目立った長所が出てくることもなく、私の傍に立つには力不足だと常々不満に思っていた。
* * *
学校に婚約者も通うようになると、やはり目につく部分が多く口を出さずにいられなかった。
婚約者も己の責務を自覚し、都度直してはいるようだが、粗が目立つ。
そのうちに、彼女の両親の侯爵夫妻に師事し、外交の仕事を学び始めたという。
期待をして、報告をくれた者に詳しく話を聞いたが、社交の分野ではなく、事務官が行なう仕事を手伝っていると聞いて興味をなくした。そのようなこと、次期王太子妃の侯爵令嬢が覚えてどうするというのだ。理解できない思考回路に、怒りを通り越し呆れ果てた。
両親にもその旨を伝え、内密に婚約者の再考をお願いするも、両親からは理不尽に叱られる始末だ。
侯爵夫妻の人脈が我が国にとって大事なことはわかるが、婚約者自身については目立って抜きんでる点はない。
そう伝えるが、理解は得られず、それどころか「彼女の血筋の重要性は我が国にとってかけがえのないものなのだ。彼女の価値を己の価値観で測るな。王として立つつもりならば、もう少し自分からも歩み寄るようにしろ」と言われる始末。
この国で王に相応しいのは私しかいない。私の方こそが重要ではないのか。納得できないでいると、最後には「せめて婚約者の様子を冷静に見てみろ、彼女は優秀だ。それが出来ないのならば、優しくするだけでも良いから」と諭され話は終わる。
尊敬できる両親だが、時たま古臭い慣習を重視しすぎているのではないかと感じることもある。婚約者のことは十分気にかけてきたし、気を使っている。今まで見てきているが、彼女が優秀だとは思えない。今回のお説教も、婚約者に気を使ってのものだろうと思っていた。
婚約者は徐々に仕事を覚えているのか、翌年以降公務のために学校へ出てこない日が増えてくるようになった。
特に個人的な話もすることなく、何をしているのか具体的には知らなかったが、学校での成績は可もなく不可もなくの最低ラインを維持しており、興味が湧くことはなかった。
そんな時、二歳年下で飛び級し、婚約者と同じクラスに入った少女の存在を知った。
彼女は学業も優秀だが、実務能力も申し分ない。生徒自治会の役員には男子生徒しかなれないため、手伝いと称して傍に置く。最初は遠慮していたが書類仕事をさせてみると、私が気が付かなかった点などをこっそりと指摘してくれる。その視点は中々意義深いもので、それなのにでしゃばったところはない。よく気が利き、彼女のようなものであれば私を支えるのに申し分ないのに、と思わずにはいられない。
本来は自治会の手伝いは婚約者に対して望むべきことで、あまり良くないことだと知ってはいたが、婚約者は学内にはいないことのほうが多い。この采配を咎めるものもなく、それどころか、彼女と接する際にはつい、己の婚約者と比べてしまい、彼女が婚約者であればとため息を吐く毎日だった。
* * *
学校を卒業する直前、公国の君主から直々に面会を望まれた。
大国である隣国の現王の弟で、実父である隣国の先代の王からその能力を認められ、先代の御代のうちに公王として領土を分割された。彼は、確か十歳年上だったはずなので、現在二十六歳だったと思う。まだ若いが優秀だと評判だ。公国の領土は川が横切り湿地が多い、控えめに言ってもいい土地ではないのに、治水と革新的な国の施策で商人を呼び込み国を富ませている。その手腕は見事なもので、一度話を聞いてみたいと常々思っていた。
そんな彼から面会を望まれるとは。嬉しい反面、疑問に思い両親に聞いたが理由ははぐらかされた。
年が近い次期王と顔を繋ぐため、と言われば悪い気はしないが、真意が見えない。
面会では、政治方針や国をよくするために必要だと考えていること、王位にある間にいつかは実現したい夢などの話をした。
長い間話し込んでしまい、休憩のため急遽持たれたお茶の時間に婚約者についても聞かれたが、特に話すこともなく、当たり障りのないことを話してお茶を濁した。公王にはその立場の複雑さからなかなか婚約者を持つことができないと聞いて、その点は同情した。
その面会後、学校を卒業し一月も経たない時に両親に婚約者との仲を聞かれた。うまく行っていないことを知っているだろうに。変わりはないことを返答すると、苦いものを飲み込んだ顔をして言われた。
「我が国が断れない筋からお前の婚約者の侯爵令嬢に縁談が届いている。引き離せない程仲が良いなら辞退するということだが、そうでないならばそちらを優先せねばならない」
彼女にそれほどの価値があると思えず、問題はないと承知すると、ため息を吐かれた。
「時間はあるのだからと様子を見ることにしたのが問題だったか。彼女の価値はお前が考えているより重いのだ」
円満に解消が整い、六年に渡った婚約は解消された。元婚約者に婚約を申し込んだのは、先日面会をしたあの公王で、彼が隣国の兄王に頼ってまで彼女を望んだそうだ。最初は信じることができなかったが、後に、彼女と共に彼女の家族も全員公国へと移住すると聞いて、両親のため息はこのためか、と納得がいった。
侯爵夫妻の移住は、我が国にはそれなりの痛手だったが、根拠もなく今後自分が王になれば挽回できると考えていた。
それより、次の婚約者に希望が通り優秀な伯爵令嬢を据えることができ満足だった。
しかも、本来はもっと先だった譲位も結婚と同時に行われるという。
侯爵家の一家が公王に引き抜かれたことで、国王が責任を取り譲位を、ということになったのだ。
その点は私にも責任があり申し訳なく思うが、私の能力があれば、いずれは挽回できるはず。
すべては順風満帆に行くと思っていた。
だが、箱を開けてみれば、我が国を訪れる人は減り、商人などの小回りの利くものから数が減っていく。どうしたことかと考えるも結論は出ない。
取り入れた新しい政策も、現状を鑑みて徐々に父の代のものに戻していったが、人は戻ってこなかった。
* * *
そのような状態で一年が過ぎる頃、側近を問い詰めようやく聞き出したところによると、原因は公国にあると言う。
今まで、我が国が南方諸国と隣国の橋渡しの役割を果たしていたのは知っていたが、その役割が急速に公国に移っているらしい。
だが、話の内容を判断すると本当に罪深いのは私であった。
諸外国の外交官や商人などが私の国に集うのは当然のことだと思っていたが、その前提こそが違っていた。
彼らはこの国を経由する南方諸国の物資が目当てで、利が得られるのならばこの国に来る必要などなかったのだ。
もともと南方諸国と隣国の間には湿地帯があり、荷を抱えて運ぶには少々不便な土地だった。
今までは、少々遠回りしたとしても、我が国を経由した方が隣国へと荷を届ける日数が短くその労力は小さい。
それで商人は我が国に集っていたし、隣国も我が国の重要性を考え王女の輿入れを許したそうだ。
なぜ王弟の方にと思い、後で父に聞いたところ、隣国の王女の好みだったのだと聞いた。隣国の血筋こそが重要だったため、我が国としては王族であれば王弟で問題なく、また私の代でその血筋も取り込むつもりだったそうで、当時はそれでよかったのだ。
婚約者が侯爵令嬢だった頃もそうだ。
私が将来国王として立つために学んでいたのは、我が国を通過する南方諸国の荷にどのような税をかけるかということや、訪れる各国の外交官たちの利益を調整するための知識だった。
私も王位を継ぐために父の仕事を見学させて貰っていたが、父もまたそのようなことをしていた。
だが、状況は徐々に変わってきていた。
公王に問題の湿地帯を含む土地が分割された。
彼の方針で、今までの為政者が投げてきた問題の湿地帯に手が入った。
しかもそれはうまくいき、徐々に水の問題は解消されてきている。
私の婚約者が侯爵令嬢のままであれば、隣国は我が国を気にかけざるを得なかったので、公国の発展はある程度のところで伸び止まっただろう。
だが、状況の変化と彼女の価値に気が付かなかった私が婚約を解消したことで、公国の台頭を許してしまったのだ。
元婚約者の価値は、人脈を持つラドフォード侯爵夫妻の娘だったからではない。
何よりも貴重な隣国の血筋にあった。
今ならば婚約解消を願い出た際の父の言葉の意味がわかる。
彼女はまさしく、我が国にとってかけがえのない存在だった。
尚悪いことに。
私は彼女の価値を見誤っていた。
彼女の価値が血筋だけに留まるならば、我が国の衰退はここまで早くはなかっただろう。
元婚約者は碌な交流を持たなかった学校時代にその能力を伸ばし、今ではラドフォード侯爵夫妻以上の外交の要となっている。
彼女の細やかな気遣いと公王の感性で公布される新しい施策は見事に近隣諸国の王や外交官たち、商人たちの心を捕らえ、我が国に急速な斜陽をもたらしていた。
人々は遠慮し、私に話さないだけだったが、彼女は公王のもとで「黒真珠の君」と呼ばれ輝いていた。
黒真珠の理由を聞くと、側近はさらに言いにくそうに教えてくれた。彼女の持つ黒髪と、真珠のように困難を克服し、それを見事に美しさに変え輝く姿とを比喩して「黒真珠」と称えられているそうだ。
困難というのが、我が国に居た際のことであれば、私の悪評はどこまで広まっているのであろう。
もし、彼女と婚約したままであればその名誉は私の傍にあったのかと悔やんでいると、見かねたのか普段は必要なこと以外口にしない側近が口を開いた。
「この際ですから、不敬だと首を切られる覚悟で申しますが、我が国王陛下におかれましては、一つの価値観にしか重きを置かず、身近に御身を肯定する者が多く居すぎるように思います。人の美点は様々な所にあり、それは一見すると分からないかもしれません。しかし一つの価値でもってすべてを判断すれば、その良さがわからないものもあります。現公王妃様は、その際たる者だったのでしょう。
かの公王様が何と言われているかご存知でしょうか。隣国を帝国と呼ばれるまでに拡大した、かのゲレオン王の再来です。公王はその実務能力だけではなく、人を見る能力にも長け、どんな者でもその人物の長所に合わせた采配を振るうと民草の間ですら評判になっています。ですから、もし、あの時の状態で公王妃様が我が国におられても、今のような結果に繋がったかはわかりません。
国王陛下は取るに足りない身分の私のことを拾い上げてくださり、ここまで育ててくださいました。恐れながら、陛下にその能力がないとは私は思いません。ただ、人を懐に受け入れる判断が今までは一つのものに寄っていただけにすぎないと愚考致しております」
首を切られる覚悟というくらいなので、言い終わると側近は首を垂らし、私の斬首も受け入れているようだった。
だが言われたことは非常に腹は立つが、ここでこやつの首を切れば私は愚王そのものではないか。
それに、真実に気が付いた今では、このような状態でまだ私について来てくれようとしてくれる側近の存在は得難いものだった。
なぜこやつを取り立てようと思ったのか、もう覚えていないのが悔やまれる。
「先代陛下はこれらのことをご存じだったのか」
「はい。学校で不仲なご様子を見るに見かねて諫言を申し上げようとしていたところ、国王陛下が自らお気づきになるまで余計なことを言うなと申しつかっておりました」
「なぜ、それを今言おうと思ったのだ」
「私にとって陛下は恩人です。私が言わなくとも、いずれは御身自身でお気づきになったことと考えますが、万が一それまでに時間がかかってしまえば、陛下の、ひいては我が国の疲弊は酷くなるばかりでしょう。ならばこそ、私の命はここで捧げるべきだと思いました」
「別にそなたの命を取ろうなどとは考えてはいない。今後ももし私が気づかぬことがあれば、このように教えるように。先代の言いつけを破った咎も求めぬ。此度のことはよくやった。これからも、私によく仕えよ」
恥ずかしさで顔から火が出そうだが、そのようなそぶりは見せずに背を向ける。
言われたことに考えることは多いが、確かにその通りだと頷くことが多かった。
その後、少しずつ今まで無能と断じていた人を見るようにすると、思いのほか使える部分があることに気が付く。
もう少し早く気が付けていればと、思わずにはいられなかった。
もう一つ変わったことがある。
以前は公王が我が国を訪れていたところを、今では私が公国へと足を運ぶようになった。
数年前とは逆の立場に、訪れるたびに苦い思いを噛みしめるが、すべては私の責任だ。
公国を訪れるたびに発展していく様子には、つらいものがあったが受け入れなければならなかった。
普段の外交は公王妃が担当していると聞くが、公王は公王妃に私が面会することを許さない。
毎回来るたびに、彼女の部下だという外交官たちの誰かか、運が良ければ公王に会うことになる。
最初に訪れた際に、彼女が我が国のことを気に掛けるから仕方なく訪れることを許すのだと言われているので、その扱いを責めることもできなかった。
何度か訪れるうちに、一度だけ遠くから見かけた元婚約者の様子は、真に黒真珠の名にふさわしいものであった。その姿を見て、彼女を輝かせることができなかった後悔が胸をよぎるが、こんな私でもついてきてくれる人々がいるのだ。
彼らのためにも、我が国を継ぐもののためにも、私が今、汚名を雪がねばならなかった。
また、私が見込んだ私の妃だが、彼女は学生時代は優秀であったが、その頃に比べ現在は状況も変わり、求められる役割が大きく違っている。
苦労していることが多いのは察せられるが、結果はついて来ていない。
以前の私ならば即切り捨てていただろう。
だが、それは私がさせている苦労であると、今ならばわかる。
苦労させているのを見るにつけ、申し訳なくなることが多い。
離縁を申し出て来られないだけ、充分だった。
在位中はそのように過ごし、晩年、国が傾かない程度に人の流れを戻すことができ、ようやく王位を次の世代に譲ることができた。
読んでくださりありがとうございます。
公王視点は明日投稿できないかもしれませんが、現在書いている途中ですのでお待ちください。