5.
翌日、先ぶれがあり、公王の訪問があった。
薔薇の花を持って、両親に婚約を申し込みたいと意思表示に来たらしい。
ダンスの時に宣言されてはいたが、こんなに早く来るとは思っていなかった。
両親も驚いている。
婚約破棄後すぐ、両親のところへはぽつぽつと婚約の申し出はあったようだが、色々問題がある家ばかりでため息をついていたらしい。それが、公王自ら足を運んで熱烈に申し込まれるなんて。
しかも、この国では今後過ごしにくいだろうからと家族含めての身分保障付きで移住の提案まで持ってきたようだ。亡くなってしまっているが、隣国の王女であった私の祖母の関係で隣国の身分を用意することができ、公国としてはそれで問題はないそうだ。
公王と私ははとこ同士にあたり、血のつながりはあるが、それを言うなら元婚約者の王太子もそうだ。はとこ、ということは特に問題にならなかった。
条件だけ見ると、すぐにでも婚約を結びたくなる案件だが、しかし、王子との婚約で苦労したことを家族も気に病んでいるので、私の意見を尊重してくれるらしい。
とりあえず、自分で直接判断しろと、花が咲き乱れ景観も良い東屋がセッティングされた。
* * *
「突然の求婚、さぞやお困りでしょうね」
何を話せば良いのか言葉を探していると柔らかく言われた。
目の前の美青年は本当に私を口説きに来たのだろうか。意識するだけで、約四年に渡り、外交の場にでるために培ってきた外向きの仮面が剝がれ落ちそうな、心もとない気分になる。
婚約者は居たが、このような雰囲気になることは皆無で、どのように降る舞えばいいのか自信がない。しかも。正直に言うと呆れられるかもしれないが、正統派の王子様だった元婚約者より、威圧感がなく優美な振る舞いをされる公王の方が私の好みなのだ。
だが、この目の前の美しい人はその辣腕も有名だ。口当たり良く砂糖衣をまぶしてはいても、おそらくそればかりで婚約を結ぶ人ではないはずだ。
建前を言うか、本音を言うか、悩んでいたが、建前で会話して相手が私を気に入っても、その後が疲れるだけだと結論を下し、方針を決めた。
「困ってはおりません。正直に申しますと、何故公王様が婚約破棄された私などに興味を持たれているのか、疑問に思っております」
実際、公王ほどの身分だ。結婚相手に選びたい人を選んで文句が出るとも思えない。
「そのような疑問も当然のことと思います。本日は私の気持ちを貴女にお伝えするために参ったのです。
少し長くなりますが、お話を聞いて頂いても?」
頷く。
「今から三年と少し前、初めて貴女のことを知りました。年に何度か、こちらの国へもお伺いしていますので、その際に貴女のことをお見かけしたのです。
人に聞いて知ったのですが、外交技術を学ぶためと言って、華やかな表舞台ではなく、まずは裏方の仕事を学ぶという貴女の姿勢に驚きました。恥ずかしながら、はじめは私も貴女の行動の意味がわかりませんでした。父母の人脈、そして侯爵令嬢という身分を使えば、わざわざ裏方の仕事を学ぶ必要などないと思っていたのです。
しかし、昨年、正式に挨拶をさせて頂いたときにその意味がわかりました。貴女は花開いたばかりの芍薬のように、美しい立ち居振る舞いと気配りで私の心を掴んでいかれた。
また、更に驚くべきことに、この国に訪れる国外からの賓客をどうもてなすのか、最近では殆ど貴女が判断されているのですね。その時の訪問で、帰る間際に人に聞いて知りました。
私も、ここ数年のこの国の変化を感じていました。訪れるたびに居心地が良くなっていく。それらは全て貴女の力です。今まで様々なことを学んでこられたのでしょうね。ここまでの道のりはさぞや大変だったかと思います。
こちらの国で何故貴女が評価されていないのかよくわかりませんが、貴女は、勤勉で、優秀だ。そして、美しい。正直に言うと、昨年、まだあなたが婚約されていた頃から、私は貴女に惹かれています。
晴れてその身が自由になったのです。誰に遠慮することなく貴女を口説くことができるようになりました。貴女のこれからをもっと近くで見ていたい。あなたのような人が私の隣にいてくれたら、と望まずにはいられない。まだ、お互いのことを詳しく知らない状態で、こんなことを言って引かれてしまわないか心配ですが、これが私の偽らざる本音です」
顔に血が上り、頬が火照っているのがわかる。
家族以外で、自分の努力をそこまで見てくれている人がいるなんて思いもしなかったし、こんなに熱烈な告白をされるとは思っていなかった。
「そのように思っていただけて、大変光栄です」
どうにかそれだけ言うと、公王は眩しいものを見るかのように目を細めて私を見ていたが、心なし表情を硬くすると続けた。
「良いことばかりを申しましたが、我が国の複雑な立場は貴女もご存知の通りです。なので、苦労させません、とは言うことができません。それでも、貴女となら乗り越えていけると私は思っています。もし、私との未来を少しでも考えてくださるなら、どうか私の手をとってくださいませんか? 後悔はさせません」
そこまで言われてしまえば、あとは頷くしかなかった。当初目の前の人物の真意を疑っていたことは頭の片隅に残ってはいたが、例えそうだとしても悪いようにはならない予感があった。
我ながら簡単に決めてよいのかと冷静に考える部分はあるが、流されてもいいかもしれないと思う程度には、公王が私のことを見てくれていたのはわかったし、その声音が真摯で、相手のことを信じられたのだ。
いつかは結婚しなければならないなら、彼が良い。
心からそう思えた。
* * *
その後、めでたく公式に私と公王の婚約は結ばれ、それと同時に一家そろって公国へと移住した。家族の身分はもとの侯爵となる。まず隣国が名ばかりの侯爵位を用意し、公国が追認する。そのあと、籍を公国に完全に移す。書面数枚の手続きだった。公国は十年程前にできたばかりの国で、公国内の貴族は隣国から公王のもとへ集ったものたちが殆どだ。領土を持たないものも半数近く居るという。彼らに配慮し、父は治める領地はなく、王宮へ務めることで禄を貰う。両親に子供が私しかおらず、私も公王へと嫁ぐため、そのような采配が可能だった。
そのタイミングを前後して、ローゼンバーグの第一王子はめでたくゴルトベルク伯爵令嬢と婚姻を結び、国王となられた。婚約解消された身ながら、国同士の付き合いのために披露宴には出席した。公国とローゼンバーグは間に幾つか国を挟んでいるので、直接国境を接することはないが、公王の出身国でありローゼンバーグが国境を接しているヘルツァバルグ帝国を介して、今後も何かと交流はあるだろう。公王は私をその場に連れて行くのを嫌がったが、将来を考えて、私が出席を望んだ。
公王と共に一言お祝いを伸べ、あとは遠巻きに眺めていた。思うことは多いが、披露宴に出て彼の晴れ姿を見たことで、心に区切りがついたように思う。
ただ、その後のローゼンバーグ王国の歩みは順調ではないようだった。後日流れてきた話を聞くと、今代のローゼンバーグ王の性質は、私が婚約者だった頃と変わらず、国策にも厳しさが表れているという。移動の自由が利く商人などは、王国から少しずつ距離を取り始めたそうだ。気にはなるが、既に関係の切れた他国のことになる。心配はできても、有効な手段を持ちえなかった。
その後、公王の申し出で半年程お互いを知る時間を作り、私の婚約破棄から二年後に結婚式を挙げた。
「早くあなたと結婚したいが、政略ではないのだからあなたの気持ちを結婚までに振り向かせたい」と言われ、時間が作られたが、私の心は既にその言葉だけでもう、半ば落ちたようなものだった。
ただし予想に反して現実は順調にはいかず、半年の間に私が疑心暗鬼に陥りマリッジブルーになったり、焦った公王の愛情表現が留まるところを知らなくなったりといくつか問題は発生したが、結果的にはそれが私たちの結びつきを強くした。
今ではそれらを乗り越え穏やかに愛し合っている。
公国についても、建国後まだ十年と少しという若い国のために心配はあったが、思った以上に安定している。
貴族たちの公王への求心力が崇拝と呼べるほど強く、国が一つにまとまっているのと、今までローゼンバーグ王国を経由し、少し遠回りして南方諸国から隣国ヘルツァバルグ帝国に流れていた商人たちが、ローゼンバーグ王国の変調のために、我がヴァイゲル公国を経由してくれているのが大きい。素直に喜ぶことはできないが、物流や人の流れは増えていく一方だ。
ローゼンバーグ王国で交流のあった外交官たちも何かと訪れてくれて、国としては大変助かっている。
公王曰く、私が嫁いできたからこそ、今まで相手にされていなかった外交官たちも頻繁に訪れてくれるようになったそうだが、彼らに対して特別な何かをしている覚えはないため、公王の言葉は言い過ぎだと思っている。ただ、私の仕事を褒めてくれる、その気遣いは嬉しかった。
公王と共に国内を整えている間に、あっという間に数年が経った。
子供も生まれ、しばらく公式の場からは遠ざかっていたが、そのせいか気が付くといつの間にか「黒真珠の君」などという恥ずかしい呼び名が定着していた。
久しぶりに顔を出した外交の席で、私を誉める言葉として外交官が口にしたのだ。その場はつつがなく終わらせたが、その席の後、公王を問い詰めると、各方面へ広まってかなりの時間が経つらしい。私が嫌がると思って耳に入れないようにしていたそうだ。
気の使い方が間違っている。撤回を要求したが、市井にまで広まっており収集がつかないらしい。
諦めるしかなかった。
そのような感じで、今は賑やかで楽しい毎日を過ごしている。
婚約破棄された直後はどうなることかと思ったが、私は今、文句なしに幸せだ。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
読んで下さるだけでも嬉しいのに、ブクマ、評価、感想を下さる方がいて、大変嬉しかったです。励みになりました。
ありがとうございます。
予想以上に大勢の方に見て頂いたことで、五話目は最初に比べてかなり書き足しました。
この後、王太子視点を用意していますので、見直しをしてまた明日投稿します。別視点は王太子しか用意していなかったのですが、公王視点もあったほうが良さそうなので、一応公王視点まではある予定です。これから書きます。