2.
心配は的中した。
それは婚約してしばらく経った後のことだった。
ちょうど貴族の間で、婚約者のために自ら菓子や軽食を作り一緒に食べる、という趣向が流行っていた。
普段は料理などする必要もない婚約者が自分のためにわざわざ、という点が婚約者を持つ同年代の男性諸君に受けていたらしい。
お茶会での自慢話や、夜会で母が仕入れてくる噂によると、厳しく躾けられている高位貴族の令嬢たちも実践しており、婚約者と仲が深まったと好評であった。母たちやその上の世代もやや好意的で、表立って擁護することはないが、黙認されている。
そのような下調べを入念に行った結果、問題ないと判断し、王太子とのお茶会に取り入れてみることにした。
婚約者とのお茶会は毎月行っているが、婚約して半年、王太子や王太子妃としての教育内容が主な話題で、趣味などの個人的な話はほぼ出ない。私はもう少し婚約者と打ち解けたかった。
母には心配されたが、うまくいけば婚約者との距離も近づき、失敗したとしても、もう少し仲良くなりたいのだと、正直に言えば丸く収まると思っていた。
しかしその甘い考えが失敗のもとだった。
当日は、素人でも問題ないというクッキーを焼き(正確には型抜きと飾りつけのみ行い、他は全て料理長が行った)王太子を訪問するも、まず、作った菓子が最高級品に慣れた王太子の口に合わなかった。
王太子が普段食するものは温度や湿度、材料に拘って一流の料理人が作ったものだ。
それを、たとえ型抜きするだけ、出来上がりを飾るだけとはいえ、素人の手が入るのだ。
普段のものより味が落ちるのは当然だろう。
王太子は、菓子を手作りしてきたのでお茶にしようと誘った私に、ひとまず付き合ってはくれた。
毒見は入城する際に終わっているので、お茶会自体は問題なかった。
だが、お菓子を口にするなり「口に合わない。人の時間を奪ったあげくに、こんなものしか用意できないのか」というようなことをのたまった。もちろん、私はそう言われて泣いて帰ったが、そういうところも減点対象だったらしい。将来王太子妃となるものなら、人前で感情を出さないようにと後日ご丁寧に手紙が届いた。
レオン王太子の見た目は、金髪碧眼で、目鼻立ちも整っており、凛々しい顔立ちをしている。普段の振る舞いも完璧な王子様然としているが、素の性格は辛辣だった。
一応王太子の側近からはフォローが入った。
曰く、王太子は、私に婚約者として完璧な振る舞いを求めており、その点を満たすのであれば菓子を焼こうが何をしようがと問題なく、料理も、侯爵令嬢としては変わった趣味だが禁止することはしないそうだ。ただし、王太子に食べさせるからには一流のものを要求する、と。
私が婚約者として距離を詰めようと計画したお茶会は、王太子にとっては、婚約者が望むから義務として付き合っただけのお茶会だった。焼いて来たクッキーも、侯爵令嬢としては変わった趣味だと思われただけで、しかもその味が基準に満たなかったために、それを素直に口にしただけ。
この出来事は、政略結婚するとはいえ、王太子が私に欠片も興味がないことを認識させた。
まぁ、大人になって、あとから思い返すと、私にも悪い点はあった。
婚約者という立場に甘えて、王太子に婚約者として理想の対応を期待したのは我ながら恥ずかしい限りだ。
だがそれは、完璧な婚約者という理想を私に押し付けている点で王太子も同じだろう。
あの日の王太子の言葉と態度は、心の傷として深く残った。
* * *
それ以降、私は王太子の前では極力感情を出すことを避けている。
さらに失敗を犯さないよう、より慎重に行動するようにもなった。
しかし、それでも結構な頻度でご指摘を頂いている。
根本的に私たちは合わないのだろうとは思うが、これ以上はどうしようもなかった。
私も王太子のために自分を変える努力をしようなどとは思わなかったし、相手もそうだろう。
しかも十二歳になり、王子と同じ学校へと通うようになると、お小言はさらに増えた。
思った以上に多くの方に読んで頂いて嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。