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ラスボスの生け贄へ転生した私が足掻く話  作者: えっちゃん
最終章 めでたしめでたし。その後の話
98/99

終話.旅立ちは貴方と一緒に

終話となります。

 港町シンリューの落ち着いた甘味処で、みたらし団子を頬張っていた私は最後の一個を咀嚼し終わり、煎茶を一口飲む。

 机上に置いた懐中時計を確認すると、出港まであと三十分前。


「そろそろ時間ね」


 懐紙で口を拭い、会計の紙を手に立ち上がった。

 あと三十分あまりでワコクを発つ。

 感じている寂しさは、前世の故郷に似た国だからじゃないと分かっていた。


「もしも、トモヤが彼の魂を持っていても私は縛れないもの」


 意識を取り戻さないままでいたトモヤと別れの言葉を交わさなかったこと、彼から感じたヴァルンレッドの気配の意味するものを確かめなかったことが心残りなのだ。

 乗船する定期船を次の便にして、トモヤの意識が戻るのを待っていればよかったのも分かっている。

 分かっていても、私は確かめるのが怖かった。

 ヴァルンレッドの生まれ変わりでも、今の彼はトモヤでヴァルじゃない。

 前世の記憶がない彼の中にヴァルを探してしまいそうで、私が抱いているヴァルの存在を押し付けてしまいそうで、その結果トモヤの存在を壊してしまいそうで怖かった。



 自問自答を繰り返して一人悶々となりながら、乗船手続きのため船着き場の案内所へ向かった。

 船着き場の手前にある案内所へ入ろうとして、出入口に張られた張り紙を見た私は「へっ?」と間抜けな声を出す。


「欠航ってどういうことですか?」


 数人の乗船予定だった客に詰め寄られていた係員は、困りきった表情で乗船券売り場の壁に貼り出された紙を指差し、説明を開始した。


「誠に申し訳ありません。先程、鳥形の魔獣が現れて定期船の船尾に穴を開けられてしまったんです。代わりの船は手配しますが、代わりの船が此方へ来るまで二日と半日はかかる見込みです。申し訳ありませんが、三日後の同時刻にお越しください。宿屋の斡旋は予約係が手続きいたします」


 深々と頭を下げた係員を責めるわけにもいかず、乗船予定だった者達は宿屋の斡旋を頼もうと手続きカウンターへ殺到していった。


(魔獣?そんな気配は無かったけど)


 思わず首を捻ってしまう。

 平和なこの町に魔獣が現れたら、気配ですぐに察知出来ただろうに、全く分からなかった。


 欠航したからといっても領主の屋敷へ戻るわけにもいかず、私は案内所を出て斡旋してもらった宿屋へ向かうことにした。

 思いがけず延びた滞在期間に観光でもしようかと、案内所にあった観光案内のパンフレットを広げる。



「ラクジット!」


 背中からかけられた声に、私はビクリッと肩を大きく揺らす。

 すっかり気が抜けていたとはいえ、声をかけられるまで気配に気付かなかったとはどういうことか。


「ト、トモヤ?」


 何となく気まずくて恐る恐る振り向いた先には、ボサボサの髪で寝間着姿のまま肩で息をするトモヤが立っていた。


 体はどう?大丈夫?とかける言葉はいっぱいあるのに、混乱した私の思考では名前を呼ぶのが精一杯。

 目前に立つ少年は姿形は同じでも、意識を失う前の彼とは全く違っているのだ。

 纏う雰囲気も、表情もトモヤでは無い。


「やっと逢えた。俺の姫......」


 紫紺色の瞳はトモヤと同じなのに、目尻を下げて微笑むこの表情は......まさか。


「トモヤ? 貴方は......誰?」


 期待と不安と混乱が入り交じった複雑な感情を抱いて、ばくばくと私の心臓は早鐘を打つ。


「俺は、トモヤ=ムラカミ。そして、ラクジット様、貴女を守る騎士。もしや、私を忘れてしまったのですか?」


「ヴァル......なの?」


 顔立ちはトモヤのままの少年は、私の記憶の中にある大好きなヴァルの表情で言う。

 トモヤの中にヴァルンレッドがいることを確信すると、涙腺が崩壊してしまったかのように一気に涙が溢れてくる。

 みっともないくらい涙を流す私の頬へとトモヤは腕を伸ばす。

 壊れ物に触れるように優しい手つきで、そっと流れ落ちる涙を拭った。




 ***




 魔獣被害によって遅れた定期船が出港する日の早朝、熟睡中だった私は旅装束に漆黒の魔剣を挿したトモヤに揺り起こされ、危うく悲鳴を上げかけた。


 まだ辺りは薄暗い時刻に家を抜け出して少年が宿屋に忍び込むとか、気配を消して一応性別は女性の寝込みを襲うなとか、トモヤの行動に突っ込むところはいっぱいあったけれど、彼の顔を見た私は叱る気持ちが吹っ飛んだ。

 ワコクの貴族階級の少年らしく、トモヤの髪は肩につくおかっぱの髪型だったのに、今の彼は髪を短く切っていてヴァルンレッドの幼少期を見ているみたいでドキッとした。


「姉上が五月蝿いから相手をするのが面倒になったのと、ラクジットが俺を置いていくんじゃないかと不安になって早く出てきた」


 ニヤリと、口角を上げるトモヤの表情はとても少年には見えず、幼い私がやらかす悪戯へのお仕置きをしようとするヴァルンレッドの顔と重なる。

 記憶にあるヴァルンレッドと同じく、「逃げられませんよ」と言うように意地悪な笑みを浮かべるトモヤに対して、ぞくりと背中が粟立つ感覚を覚えた。


「早く出てきたら、サクヤ姫は心配するんじゃないの?」


 定期船が欠航となってからの三日間を思い起こし、私はげんなりとして問う。


 サクヤ姫は、ルシリン領主マサユキの娘で清楚で聡明な女性である。

 ただし従弟のトモヤを本当の弟のように可愛がっているためか、彼が私と一緒に旅に出ると告げた時の彼女の取り乱し様はそれはもう激しかった。

 泣いて喚いて引き留めてもトモヤの意志が変わらないと分かると、次は私が誘惑でもしたのかと詰め寄ってくるし、宥めるのには本当に苦労したのだ。

 いくら魂がヴァルンレッドだとしても、体は少年のトモヤを誘惑とか有り得ない。むしろ、私の方が今後色々と危ない気がするのにサクヤ姫は信用してくれず、その点だけは今でも解せない。


「本当に、いいの?」


 未だに寝惚けている私からの問いかけに、トモヤは迷うことなく頷く。

 即答された私が溜め息を吐くやり取りはこれで何度目か。

 何度答えを聞いても不安になってしまう。


「それは、トモヤの意思?」


 現ルシリンの領主のマサユキは妻カリーシャを本心から愛していたらしく、彼女の正体と死による衝撃に心が耐えきれず心身が衰弱してしまい床へ臥せっている。

 マサユキの子はサクヤ姫しか居らず、このままいけばトモヤが次期領主となるかもしれない。それなのに、国を離れようなどとサクヤ姫でなくとも大反対するだろう。

 幼くとも聡い彼なら、サクヤ姫や家臣が混乱することなど分かっているはずなのに。


「俺の中にヴァルンレッドの記憶と力が甦っていても、行動も感情も全て俺が決めているんだ。ラクジットと一緒に世界中を見てみたいから、ついて行く。それに、たとえ俺がラクジットにとって一番の存在じゃなくても、共にいたいから」


 寂しそうに笑ったトモヤは、ベッドに腰かける私の真正面へ移動する。


「だめ?」


 幼さを残すとはいえ、美少年が切なげに眉を寄せて懇願してくるのに、否とは言えない。

 それなりに年齢を重ねた今の自分には、彼が見た目通りの少年ではなく自分の魅力を十分理解してそれを否応なしに使っているのは、時折見え隠れしているヴァルンレッドの表情からも分かっていた。

 本当にあざといし、これから先を考えると恐ろしい。


 それでも彼を振り切って、たとえば私を匿える力のあるアレクシスかトルメニア帝国内の息子達の下へ転移して逃げようとしないのは。


「駄目じゃないよ。一緒に行こう」


 嬉しそうに幸せそうに微笑む彼の顔を見たいから。

 

 幼い私に対して、とんでもなく強烈な愛情と執着心をぶつけてくれた黒騎士ヴァルンレッド。

 恐いけれど安心出来た彼の腕の中へ、再び囚われたいという願望があるからかもしれない。

 この感情は、カイルハルトに抱いた愛とは違う歪なものだとは理解している。だが、今はその感情は何なのか考えないようにしようと思う。



「ヴァルンレッド、約束を守ってくれてありがとう」


 座っていたベッドから立ち上がった私は、まだ幼い彼の体をぎゅうっと抱き締めた。


「はぁ、悔しい。この体が子どもでなければ、貴女を押し倒してしまうのに」


 胸元から聞こえた溜め息と、少年らしからぬ物騒な発言に驚いた私が抱き締めているトモヤから離れる前に、背伸びをした彼の顔が迫る。


「ちょっ、んっ!?」


 頭突きをする勢いで唇を甘噛みされて、私は二度ベッドへ倒れそうになった。

 倒れるのは片足を踏ん張って堪えたが、不安定な体勢の私の耳元へトモヤは唇を寄せる。


「直ぐに貴女の背も越えて、俺が抱き締める方になるから。その時は覚悟してくださいね......私の可愛い姫」


 耳へ流し込まれた台詞の最後らへんの低音の声は、明らかに声変わりをした大人の声。

 それはトモヤではなくヴァルンレッドのもので。


 もしかしたら選択肢を間違えたのかもしれないと、私は全身を真っ赤に染めながら少しばかり後悔してしまった。




 こうして、私とトモヤの世界中を巡る長い長い旅が始まったのだった。




 ―めでたし、めでたし?―


ラスボスの生け贄へ転生した私が足掻く話、本編はこれにて完結となります。

もしかしたら、二人の旅の様子を番外編の形で更新するかもしれません。

ラクジットの世界中を巡る旅は、体は少年、中身は真っ黒のトモヤもといヴァルンレッドからの重すぎる愛情に押し潰されながらの、色々な意味で波乱にとんだ旅となるはずです。


ここまでお付き合いくださいました皆様、ありがとうございました。



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