01.新しい生活は前途洋々?
開け放たれた窓からの風が心地よくて、私は窓から見える湖を見る。
湖の水面に陽光が反射して煌めき、水の精霊が楽しそうに踊っているのが見えた。
何十年経とうが此処は変わらない。幼い頃過ごした時のまま。
今にも、少年のカイルハルトが扉を開けて入って来そうで、私の瞳が熱を持つ。
鍛練は大変だったけれど、今思い返せばこの屋敷で過ごした二年間は毎日楽しかった。
共に鍛練に励むカイルハルトが居て、優しいメリッサが居て、そしてヴァルンレッドが居た。
ガチャリッ、思い出に浸って眺めていた扉が開く。
部屋へ入ってきたのは、屋敷の主である新緑色の髪と瞳を持つ青年、エルネスト。
屋敷同様、エルフの彼は何も変わらない。
「ラクジット」
人の枠で生きていた彼等は居なくなってしまった。寂しさは募るけど、それはエルネストもずっと感じていたことだろう。
振り向いた私の向かいの椅子へ座ると、すかさず猫の獣人メイドがティーカップをテーブルへ置き紅茶を注いだ。
「お前が望むなら、此処に居てもかまわないが」
壁際へ下がった猫の獣人メイドの耳がピクピクと動く。
コボルト執事やメイド達が扉の裏で聞き耳を立てている気配がして、私はクスリと笑った。
「ありがたいけど、暫くはのんびり世界中を旅するつもり。今までは立場が邪魔して行けなかった場所を巡る予定なの」
今の私は皇太后ではなくただの冒険者。
馬車を手配すると言う息子達の申し出を断り、トルメニア帝国からエルネストの屋敷まで乗り合い馬車や徒歩でやって来たのだ。
第一の人生はカイルハルトが天に召されて終幕を迎え、これからは第二の人生を自由気ままに歩むつもりでいる。
申し出は有り難いし、幼い頃から私を知っている屋敷の使用人達は喜んで受け入れてくれるだろう。だけど、カイルハルトが番の契約を拒否してまで後押ししてくれた夢も叶えたい。
口元へ手を当ててエルネストは黙ってしまった。
「......探すのか、アイツを?」
アイツ、とは誰かなど問わなくても分かる。私は自嘲の笑みを浮かべた。
「いつか逢えたらいいなとは思うけど、私はもう夢見る年頃じゃないし特に期待はしてない。彼が幸せにしているなら、自分の人生を歩んで欲しいもの」
前世と合わせて百年以上の記憶があり、長く生きているうちに綺麗な想いだけ抱き続けてはいられないと、ちゃんと理解している。
「フッ、世界中を巡るなら、ついでに秘境のレアアイテムを探して持ってこい」
片眉を上げたエルネストの手の中へ紅色の一冊の本が現れる。
気の利いたことを言ってくれるかと思ったのに、相変わらず甘やかしてくれない彼の師匠っぷりに苦笑いしてしまった。
「旅の目的があった方が面白いだろ。お前の息子から武具の発注も入っているしな」
へっ?と、私が目を瞬かせればエルネストは上着の内ポケットから、四つ折りに畳んだ紙を取り出した。
渡された紙を広げると、それは次男の筆跡で書かれた魔法の武器の製作依頼書。個人印まで押してあるし、これは間違い無く次男の書いたものだ。
目を通していくうちに、私の眉間には皺が寄っていく。
個人が所有するには多すぎる武器の依頼数で、支払いは軍や帝国でも無く次男本人だったから。
「......あの子、世界征服でもする気かしら?」
兄弟仲はそこまで悪くないと思っていたが、あれは見せかけで本当は兄を憎んでいたのか。
「武具の収集は完全に趣味だと言っていたな」
つい、私はこめかみを押さえてしまった。
幼い頃の次男が、騎士団の鍛練に混じり剣をにぎってニヤニヤしていたのを思い出した。
これ以上は聞きたく無いと、そっと依頼書を折り畳みエルネストへ返す。
魔道具作成用素材が書かれている紅色の本をパラパラ......と捲り、あるページで手を止めた。
「あれ?」
何処かで見た覚えのあるような地形が画かれていた。
どこか懐かしさを感じ、指で画かれている地形をなぞる。
「此処は......」
「極東の国か。他国と極力交流を持たず、独自の文化を持つ国だな。この国は良質な鉄鉱石や水晶が採れる」
暗に「採ってこい」と言っているエルネストへ、適当に相槌を打ちながら本に画かれている縦に細長い島国を食い入るように見詰めていた。
目的地を極東の島国ワコクと決めて、乗り合い馬車を乗り継ぎ十日かけて大陸の南部の港町へ向かった。途中、魔獣や盗賊の襲撃を返り討ちにしながら港町へ着いた。
七日に一度出港している連絡船へ乗り、三日間の船旅を経てようやく目的地であるワコクへ辿り着き、見えてきた港町の町並みに懐かしさを感じて首を傾げる。
「時代劇の町並みに似てる?」
呟いてから気が付いた。
ずっと感じていた懐かしさは前世の記憶からで、ワコクの地形は日本の地形と似ていたのだった。
近付くにつれ、桟橋には船の到着を待つ作業員達の姿が増えていく。
作業員達を遠目から眺めた私は妙な違和感を覚えた。
ワコクの人達の服装は、立場が上の者は水干に似たものを着ており、作業員は着流しのようなものを着ている。
「これで顔立ちがアジア人だったら、昔の日本かと思うのに」
日本人とは少々違う顔立ち、ワコクの人々はどちらかと言えば西洋人寄りの顔立ちだったのだ。
下船した私は、改めて降り立った港町シンリューを見渡す。
木材を多用した瓦葺きの屋根の建物が建ち並び、踏み固められた土の道。道行く人達は男性は狩衣、女性は帯が腰ひもくらいの幅の短い小袖を着ていた。
霞がかった記憶を呼び起こしながら私は辺りを見渡す。
過去の日本だったら、時代は鎌倉~安土桃山あたりだろうか?
船着き場から町の中心部を目指して歩いている私は、表情には出さないが内心溜め息を吐いてしまった。
他国を積極的に受け入れていない国だからか、擦れ違う人達から奇異の視線を向けられている。
黒髪黒目や黒に近い焦げ茶色の髪と焦げ茶色の目の人がほとんどの国で、銀髪蒼目は目立つのは仕方無い。とは言うものの、観光客や仕事でワコクを訪れる外国人もいるはずなのに、向けられている視線に畏怖の感情が混じっているのは何故か。
「ガイジンだぁっ」
「銀色っ! すげぇ~」
子ども達は無邪気で興味津々な顔をして、少し距離をとりつつ私の後ろを追い掛けてくる。
「ねぇ、君たち......」
「わあ~!」
「喋ったー!」
子ども達へ話しかけようと振り返ると、彼等は頬を紅潮させて逃げ出した。
振り返ったことに驚いた周りの大人も、逃げるように視線を逸らして逃げるように去っていく。
何故だろうと首を捻って、サラリと銀髪が頬を掠める。
(あ、忘れていた)
船旅中、面倒くさくて髪色を変えなかったのだが、銀髪のままなのを忘れて船を下りて歩き回っていたのだ。
白髪とは違う銀髪では、確かに目立つわけだ。
肩に掛けたリュックを背負い直して、背中がミシリと痛む。
船の硬い床に敷布を敷いた上で二日間寝ていたせいで身体中が、特に背中が痛い。今日はちゃんとした寝床で寝たかったから、宿は確保したかったのに人々のこの様子では宿泊拒否されてしまうか。
町の外で野宿するしかないかと、私は溜め息を吐いた。
魔法でふかふか毛皮の魔獣を召喚すれば、布団がわりになっていいかもしれない。
大通りを歩き町の中心部を過ぎた頃、好奇と畏怖の視線とは違う鋭さを持った視線に気付いた。
周囲に溶け込み上手く気配と足音を消している視線の主は、隠密行動に長けたかなりの手練れの者。それも一人二人ではなく複数。
未知の国の町中の往来で揉め事を起こすのは不味い。が、ずっと付きまとわれるのも気分が悪い。
(片付けるか)
数秒思案し、私は大通りから一本外れた脇道へ早足で入った。
足音を消して風のように後を追って来たのは髷を結った五人の役人風の男。
男達は脇道へ入った瞬間、追っていた目標を見失いキョロキョロと辺りを見渡す。
目眩ましの魔法を使って姿を隠した私は、焦って辺りを探す男達の背後へ転移すると精神干渉魔法を使い、一気に四人の男を昏倒させた。
「何の用ですか?」
突然仲間が昏倒して動揺する男の背後へ近付き、首筋へ魔剣を突き付けた。
殺気を込めてやれば、男の全身から滝のように冷や汗が吹き出る。更に殺気を強めると、男は小刻みに震え始めた。
「も、申し訳ありませんでした!!」
「え?」
震える男は大声で叫ぶと、膝から崩れ落ちるように地面に這いつくばる。
額を擦り付けて土下座を始めた男に、私は意味が分からず目を白黒させてしまった。
自由気まま旅の始まり。




