32.茶番劇の終幕
ざまぁはこれにて終幕です。
脱力し床へ膝を突いたアイリは、先程までの勢いが嘘のように抵抗する気力を失い項垂れる。
「では、次の案件へ移る」
静まり返った玉座の間に皇帝の声が響き渡る。
「レオンハルト、お前は皇后宮でサリマン侯爵令嬢との婚約破棄を宣言したそうだな。貴族の均衡を考えて結んだ婚約だったが致し方あるまい。二人の婚約解消を認めよう。サリマン侯爵も良いな」
「はい」
玉座の横、カイルハルトが立つ場所とは反対側のカーテンが揺れ、サリマン侯爵が進み出る。
父親に続いてカーテンの奥から姿を現した人物を目にして、レイチェルは息を飲んだ。
「これで婚約は解消された。後は、貴殿の望み通りにするがいい」
「ええ、ありがとうございます皇帝陛下。これで私も堂々と約束も果たせます」
カーテンの奥から出てきた青年は、嬉しそうに皇帝へ礼を伝えた。
煌めく銀髪をハーフアップにした、蒼色の瞳のとても整った顔立ちの青年、アレクシスは、夜会の時とは異なり王者の風格を漂わせ壇上から優雅に下りてくる。
騎士によって拘束されている皇后やレオンハルトへ目もくれず、真っ直ぐに向かうのは愛しい令嬢の下。
「レイチェル侯爵令嬢」
見る者を甘く蕩けさせてしまう微笑みを浮かべ、アレクシスはレイチェルへ手を伸ばす。
差し出された手をとるレイチェルの全身は、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「貴女が無事で良かった。もしもレオンハルト皇子が貴女を傷付けていたら、怒りのあまり竜化して帝都を壊滅させていましたよ。だが、これで貴女は自由だ」
甘い筈なのに一部物騒な言葉が聞こえた気がして、近くで聞いていた私は口元をひきつらせた。
怒りで帝都を破壊せんと竜化したアレクシスを誰が止めるんだ。
ふと、イヴァンと目が合う。
うっとりと二人っきりの世界に入ってしまった妹を見て、イヴァンも苦笑いする。
レイチェルの片手を握ったまま、アレクシスは片膝を床へ突いた。
「レイチェル嬢、今すぐにとは言いません。学園を卒業したら、私の妃になってくださいますか?」
甘い砂糖菓子のようなプロポーズを受け、レイチェルの瞳に涙の膜が張っていく。
涙が零れ落ちる前に、レイチェルは歓喜に満ちた笑みを返した。
「はいっ、喜んで」
プロポーズに応えた嬉しさと僅かばかりの恥ずかしさから、はにかむレイチェルの手の甲へアレクシスは口付けを落とす。
守護魔法より強力な竜の力による契約の、所有の口付け。
「そんな......嘘よ......」
ステンドグラスからの煌めく光の中、互いを唯一無二の存在とする契約の口付けを手の甲へ落とす光景は、ゲームのアレクシスルートのハッピーエンドでのスチルと同じ。
現実の光景として、自分じゃない悪役令嬢が竜王の愛を受けるのを目の当たりにして、アイリは呆然と呟いた。
「レオンハルト皇子、感謝する。貴方が手放してくれたおかげで彼女へ求婚出来た」
双子だからか、同じ竜王の血を持つ者だからか。
爽やかな笑顔で、レオンハルトへ口先だけの礼を述べるアレクシスの本音が、笑顔の裏にあるどす黒い怒りの感情が伝わってきて、私は心の中で合掌をする。
愛しそうに肩を抱くレイチェルへの、蕩けるような視線とは真逆な汚物を見るような視線を向けられたレオンハルトは、覚束ない足取りで二人へ近寄ろうとしたが、力が入らない足元が縺れてしまい膝から崩れ落ちた。
「あ、うぅなぁ」
痛みで顔を歪めるシーツを体に巻き付けただけのレオンハルトは、たった一時間前までは自信に満ち溢れた皇太子だったのに。裸にシーツ、坊主頭が少し延びた長さの髪になってしまった頭から、彼が皇子だとは思えない。
それでも感謝して欲しいものだ。
自業自得とはいえ、焼き爛れてしまった皮膚細胞や毛根まで再生させてあげたのだから。
チラリ、私を見たアレクシスの目は冷たく、「ここまで治さなくても良かった」と言いたげだった。
「ああ、そうだ。四肢の感覚とその喉は時間が経てば治る。あとの機能は、貴公がカイルハルト皇太子へ、本心からの忠誠を見せられるようになれば治るだろう」
「本当に、悪趣味だな」
希望を持たせるようなアレクシスの言葉に、私は思わず呟いてしまった。
解呪をして知ったのだが、アレクシスが双子の片割れを害そうとし愛しいレイチェルを蔑ろにしたレオンハルトへ与えたのは、炎に全身を焼かれる痛みと、強力な呪い。
かけた本人しか解呪出来ないある意味恐ろしい呪いは、男性機能が不能になるという、若い男性だったら色々大変なものだろう。
彼の性格を考えると、カイルハルトへの心からの忠誠など芽生えることは無いだろう。アレクシスもえげつない報復を考えたものだ。
ツンデレのデレを排除したアレクシスが、アイリやアーベルトへどんな罰を与えるつもりなのかと思うと、私は寒気がしてきた。
***
断罪イベントという名の茶番劇は、イベントを計画した者達が捕らえられ終幕となった。
皇后は前皇后暗殺、カイルハルト皇子暗殺未遂、第三皇子暗殺等、数々の罪により尋問後に毒杯を仰がされた。
処刑された皇后の実子、レオンハルトは体を焼き尽くされた恐怖と苦痛で心身が衰弱し、以前の自信満々俺様な姿は見る影も無くなった。今は病気療養のため、離宮で静養という名目の軟禁状態となっている。
彼の回復によっては、一生離宮での軟禁か領主不在の地へ送られ一代限りの領主として過ごすことになるだろう。
異世界からの迷い人アイリ=サトウについては、学園生活での素行不良、図書館での禁じられていた魔法を使用しイシュバーン王女を害したことが重く見られ、学園長により退学処分を言い渡された。
即刻、イシュバーン国王と王女の力で異界の扉を開き元の世界へ返されるはずだったが、彼女はレオンハルト、アーベルトと幾度となく肉体関係を持っていたために、この世界との強い繋がりを得てしまいそれは不可能となった。
アイリは皇族の子を宿している可能性もあり、罪を犯した皇族が住まわされる王宮の末端に建つ塔へ妊娠の有無が分かるまでの間、軟禁され外部との接触は絶たれている。
月のものが始まり、妊娠の兆候がなければ監視付きで辺境の教会へ行かされるか、アイリの態度次第ではレオンハルトと共に領地へと送られることになるだろう。
アーベルト=ヒューズはアイリに唆されたとはいえ、学園での魔法の使用、イシュバーン国王王女を害なしたこと、レイチェル=サリマン侯爵令嬢に手荒な真似をしたとして、学園退学処分となり領地へ戻ることになった。
退学処分され帝都を追放された以上、残念ながら彼が帝都へ足を踏み入れることも、領地で表立って活躍する未来も無いだろう。
彼の父親は責任をとる形で魔術師団長を辞任し、アーベルトの性根を叩き直すと言いながら共に領地へ戻って行った。
アイリの取り巻きではあったが、レオンハルトやアーベルトほど彼女に毒されてはいなかったルーベンス=オリエンパスは、内通者として事前に皇后の企みを知らせたことを考慮され、彼への罰は兄シーベルトと父親から心身の矯正教育を受けることのみで許された。
彼等の処罰については、帝国上層部の一部、カトレア学園では学園長周辺しか知らされず、詳しいことを知らない一部の生徒以外は突然消息不明となったレオンハルト、アイリ、アーベルトの三人に対して特に心配することも無く、ほとんどの生徒が自業自得だと思ったようである。
「あっ、レイチェル様ったらまた触っていらっしゃるわ」
カトレア学園中庭で友人達と談笑中、無意識に首元のネックレスを弄っていたレイチェルは、慌ててネックレスの中央のターコイズブルー色の石から指を離す。
「婚約者のイシュバーン国王陛下からの贈り物なんですよね~。これだけ高価な魔石を贈るなんて、レイチェル様のことを本当に大事にされているんですね~」
胸元で手を合わせてうっとりするアマリスの言葉に、頬を染めてレイチェルは首にかかっているネックレスを見る。
『ずっと傍に居られない代わりに、これを身に付けていて欲しい。貴女を害すモノ全てから守れるように魔力を込めてある』
そう言って額へ口付け、アレクシスが自ら首にかけてくれたネックレス。
以前、レオンハルトの婚約者だった頃は、誕生日に形式通りのプレゼントと代筆だと分かるような手紙を贈られてはいたが、婚約者本人から直接贈り物を手渡されたのは初めてだった。
ネックレスに触れる度に、アレクシスの瞳の色と似た魔石を見る度に、彼に逢いたくて恋しくて体と心が蕩けてしまいそうだ。
全身が熱を持ったように熱くて、レイチェルは両頬を手で覆う。
お喋りに夢中な友人達は、レイチェルが赤面して身悶える姿には気付いておらず、ホッと胸を撫で下ろした。
「それにしても、カイル様がカイルハルト殿下だったなんて本当に驚きましたわ~。カイルハルト殿下の方が、レオンハルト殿下より皇太子に相応しいですよね」
「そのカイルハルト殿下に、他国の王女様との縁談が持ち上がっているという噂があるのはご存知? 私、お母様から教えていただきましたの。もしかしたら、見初めていだだけるかもと期待していたのに残念ですわぁ」
公爵、侯爵家縁の子女でカイルハルトと近い年齢の令嬢はレイチェルしかいない。伯爵家令嬢の友人にはもしかしたら、という思いがあったのか、残念そうに溜め息を吐いた。
お喋りを続ける友人達の話へ耳を傾けながら、アマリスは困惑の表情を浮かべてレイチェルを見る。
「......ラクジットさんはどうされるのでしょうか?」
未だに自身の身分を公表しておらず、アイリとレオンハルトの顛末と自分の今後について悩んでいるらしいラクジットの気持ちを考えると、レイチェルは何も答えられなかった。
ざまぁになったかな。




