31.ヒロインは夢から覚める
転移陣の光が収まり、目蓋を開けたレイチェルは辺りを見渡した。
細部まで磨きあげられた円柱が連なる大広間、壁には色とりどりのステンドグラス、床には赤色のカーペットが敷かれたこの場所に見覚えはあるが頭がついていかない。
更に、帯刀した皇帝直属の騎士が遠巻きにとはいえ、自分達の動きを警戒している状況に体を強ばらせた。
「此処は......」
「謁見の間だ。この人数を転移させるとは、さすがお姫様だ」
感嘆した声でイヴァンが答える。
呆然とアーベルトの腕にしがみついていたアイリは、周囲の視線に気付いて慌てて絡めていた腕を離した。
「何なのよ!? どうなっているのよっ!」
「静粛に! 皇帝陛下の御前である」
金切り声を上げたアイリへ、騎士団長とおぼしき強面の騎士が叱責し、まだ呆然としていた者達は弾かれたように顔を上げ、壇上の玉座に座る皇帝に気付き息を飲んだ。
「っ、ち、う、え」
未だに立ち上がれず、シーツにくるまったレオンハルトは掠れた声で呻く。
「これ以上は、許されていません」
玉座へ駆け寄ろうとした皇后は、立ち塞がった騎士二人に止められる。
「お前達邪魔するなっ! 陛下! これは一体どういうことでございますか!?」
無理矢理壇上へ行こうとするが、立ち塞がる騎士の交差させた槍により進むことは叶わない。
甲高い声で喚き続ける皇后を、壇上の皇帝は侮蔑の視線で見下ろした。
「どういうこと、だと? それは此方が訊きたい」
底冷えするような視線で、皇帝は憔悴しきったレオンハルトを一瞥する。
「レオンハルトのその姿、イシュバーン国王殿の魔法を食らったのか」
騎士達に止められている皇后の脇をすり抜けて、玉座の下へと向かった私は皇帝へ深々と頭を下げた。
「皇帝陛下、申し訳ありません。間に合いませんでした」
「よい。ラクジット王女には何の責も無い。寧ろ、そなたとサリマン侯爵令嬢を害しようとした、其処の愚か者達の責を問わねばならぬ」
皇帝の言葉を受け、唇を震わせた皇后が立ち上がろうとするのを、騎士達が制止する。
「なっ!? 何を仰いますか! レオンハルトは殺されかけたのですよっ! 皇太子がっ、息子が殺されかけたのですから、王女であろうと制裁を与えねばっ!」
「黙れ。竜の姫君を害し、竜王殿のお気に入りに手を出したのだ。アレは当然の報いだ」
ビクリッと、怯えきっているレオンハルトの体が大きく揺れる。
苦々しいといった表情で皇帝は息を吐いた。
「今まで、皇后とレオンハルトを泳がせ過ぎたな。余が何も知らぬと思っていたのか? 六年前、前皇后シュリルが暗殺されカイルハルトが行方不明となった時、直ぐに貴様の仕業だとは分かってた。だが、カイルハルトが見付からなければ責は問えん。さらに貴様が生まれたばかりの皇子を殺したため、レオンハルトを皇太子に据えるしかなくなった。しかし、貴様を泳がせるのも、これで終いだ」
片手を上げた皇帝の合図で、皇后の行く手を阻んでいた騎士達は槍を下げる。
バランスを崩して倒れかけた皇后の両腕を騎士達が掴み、両手首を後ろ手に拘束する。
「皇后、貴様には取り調べの後、相応しい罰を与える。レオンハルトは離宮で療養し治療を終えた後に、改めて処分を言い渡す」
体を支えていたルーベンスが離れ、身動き出来ずにいるレオンハルトを、騎士が抱えるように立たせた。
「いたっ! 離してよ!」
激しく抵抗をして、無理矢理後ろ手を拘束されるアイリとは対照的に、項垂れたアーベルトは、自ら手を差し出し素直に従った。
「へ、陛下っ! 妾を罰するとっ!? レオンハルトがいなくなったら、帝位は、次期皇帝はどうなるのです!?」
必死ですがり付こうとする皇后を、皇后は冷酷な笑みを浮かべて見下ろした。
「罰せられる貴様が案じる必要はなかろう? 何故、急遽貴様らを罰することになった分からぬか」
皇后の顔から血の気が引いていく。
玉座の脇にあるカーテンが揺れ、一人の青年が姿を現した。
「ま、さ、か......あぁ!?」
皇太子の正装を纏った青年は、薄い金髪にアイスブルーの切れ長の瞳、整った顔立ちの青年は若かりし頃の皇帝瓜二つ。
「カイルハルト、皇子」
喉の奥から絞り出した皇后の声は、酷く掠れて震えていた。
「皇后、レオンハルト。俺から奪った地位を返して貰う」
静かに言い放ったカイルハルトの瞳に宿る殺意を感じ、皇后はひっと、小さく悲鳴を上げた。
「レオンハルトの地位を第二皇子へと戻し、カイルハルトを皇太子へ据える。これは、既に議会を通し決定したことだ」
「どういうことよっ!?」
両手首を縛られ、騎士二人がかりで体を抑えられていたアイリは、勢いよく顔を上げた。
「何で! 何で私とレオンがこんなことになるのよ!? 私はレオンルートで幸せになって第二部へ行くのよ! 邪魔しないでよ!」
拘束する騎士から逃れようと、全力でもがいても屈強な男性の力には敵わず、両手を縛るのは魔封じの鎖のため魔法を使うことも出来ない。
最後の抵抗として、アイリは私の方を憎悪に満ちた眼で睨み付けた。
「アンタが! アンタがいるから! アンタがいなければ全て上手くいったのに! アンタなんてゲームのバグじゃない! 消えなさいよー!!」
シャキキンッ!
「ひっ」
反射的に仰け反るアイリの首筋へ、鋭い刃の切っ先が突き付けられる。
「姫に対する数々の不敬、これ以上は許せん」
「消えるのは貴女ですわ」
僅かでも動けば、皮膚を切り裂く至近距離で剣を突き付けて、ジョシュアとユリアは本気の殺気をアイリへ向けた。
学園での様子を知っている二人は、私が一時意識不明に陥ったと知るや否や、レオンハルトとアイリを暗殺しに行こうとしてメリッサを大いに困らせたらしい。
忠義で動いてくれるのは嬉しいけれど、今この場で他国の者が剣を抜くのはルール違反だ。
「二人共、気持ちは嬉しいけれど剣を仕舞って。皇帝陛下の御前よ」
「姫様」
「畏まりました」
爆発しそうな殺気を堪えたジョシュアは、眉間に皺を寄せたまま、ユリアは悔しげに唇を噛みながら、アイリの首筋から剣を引いた。
剣を引いた二人がアイリの側から離れたのを見届けて、私は皇帝の方を振り返った。
「陛下、皇太子殿下、申し訳ありません。少々、彼女と話すことをお許しください」
「良いだろう」
皇帝の許可を得て、二度彼女の方へ向く。
玉座の横へ立つカイルハルトが、心配そうに見ているのを背中に感じる。
会話をしやすいようにとの配慮からか、騎士達のアイリを拘束する力が緩んだ。
殺気に当てられ脱力したアイリは、息を荒くして私を見上げた。
「ねぇアイリ、これでも此処がゲームの世界だって思っているの? 本当に、ゲーム通りの言動や甘言で自分の虜に出来ると思っていたの? この世界はゲームなんかじゃない。あなたがキャラと呼ぶ人達には感情があり、そんな彼等はプログラムで組み込まれた行動をして好感度が上がる訳ではないの。それに、己の行いは全て己へ返ってくる。ヒロイン補正とやらがあっても、何も努力しなければハッピーエンドにはならないんだよ。私からしたら、ゲームヒロインと違いすぎるアイリこそ、バグだ」
アイリの目が驚愕に見開かれる。
自分と同じように、私にもゲーム知識があり転生者だと分かったのだろう。それとも、ようやく此処が現実だと理解したからか。
「モブだろうと私は死にたくないから足掻いたの。貴女が言うゲームのラスボスに喰われて死ぬなんて御免だったから」
瞳に苛立ちと絶望の色を宿したアイリの脚から力が抜け、ガックリと両膝を床へ突き崩れ落ちた。
次話でざまぁ終了です。




