30.モブは反撃する
反撃の始まり
炎に包まれたレオンハルトの真横へと、突如となく現れた人物に反応できたのは魔法の膜で守られているレイチェルだけだった。
立ち上がったレイチェルは、自身を守る魔法の膜を叩いて存在を知らせる。
「お兄様! ラクジットさんっ!?」
「レイチェル大丈夫かい?」
レイチェルへ駆け寄り光の膜へと伸ばしたイヴァンの指先は、バチッと静電気のような音をたてて弾かれてしまった。
弾かれた痛みで指を引っ込め、イヴァンは後ろを振り向く。
「発動しちゃったか」
止めるつもりが結局間に合わずか。皇后宮庭園の惨状に私は頬をひきつらせてしまった。
滅茶苦茶に乱れたティーセット、守りの結界に包まれたレイチェル、炎に焼かれて瀕死のレオンハルト。
これだけで此処で何が起きたのか容易に想像出来る。
自業自得とはいえ、焼き尽くされそうになっているレオンハルトを放置は出来ない。
直ぐ様、私は守護魔法を解呪する魔力を練った。
魔力を放ち、レイチェルとレオンハルトの足元へ解呪の魔法陣が広げていく。
パリィーン
硝子が割れる音が響くとレイチェルを包む膜が破れ、レオンハルトを焼く炎も掻き消える。
「お兄様ぁ」
四方を囲む膜が消え、崩れるようにイヴァンへ抱きついたレイチェルの瞳からは、堪えていた涙がポロポロと零れ出す。
レイチェルが大きな怪我を負って無いのを確認して、私は地面に倒れて動かない彼を一瞥する。
服は全て焼け頭髪も焼けて失い、焼け爛れて赤黒くなった肌では彼がレオンハルトとは分からない。
微かに生命反応を感じるから、かろうじて命は繋がっているようだ。
茶会テーブルの方を見ると、顔色を真っ青にしたアイリと目が合う。
レオンハルトがこうなったのは、アレクシスの仕掛けたことが原因だと思うと、少しだけ責任を感じて私は最高位の回復魔法を唱えた。
回復魔法の黄緑色の光が、焼け爛れたレオンハルトの皮膚と焼けた髪を再生させていく。
瀕死の火傷があっという間に回復していく様に、呆然と立ち尽くしていたアーベルトへ私は体を隠すものを持って来るよう指示する。
「レオンハルト殿下しっかりしてください」
侍女が持ってきたシーツを被せて、私はレオンハルトの肩を遠慮無く叩く。
火傷により破壊された細胞の再生は済んだものの、体の脱力感と関節の強張りは治癒出来ない。
「う、うぅ......」
声帯の違和感からまともに声を出せず、レオンハルトは掠れた呻き声を上げた。
「殿下っ!」
起き上がることすら難しいレオンハルトを身を屈めたルーベンスが支える。
「この守護魔法は、お前がかけていたのか?」
怯えたアーベルトに問われ、私は首を振る。
「いいえ? 私ではありません。その証拠に、火傷は治癒出来てもそれは消えないでしょ」
私が指差した先、レオンハルトの手首から肘までにかけて太い紐状の物が巻き付いた痕がくっきり付いていた。
この痕が残っている間、レオンハルトはレイチェルに手を出せない。ついでに、術者のアレクシスにも逆らえない。逆らったら腕の痕から腐り出すだろう。
「くっ、何者じゃ!? お前達、何をしている? 無礼な侵入者を捕らえよ!」
突然、金切り声を上げた皇后へ視線が集中した。
寄り添っていたレイチェルの頭を一撫でしてから、イヴァンが立ち上がる。
侍従を怒鳴り付ける皇后へ見せ付ける様に、イヴァンは皇帝の印を押された書状を広げた。
「無礼ではありません。皇帝陛下から皇后宮へお邪魔する許可は頂きました」
「サリマン侯爵のっ! たとえ皇帝陛下が許しても、皇后宮へ足を踏み入れるなど妾は許可せぬ」
ガチャンッ、皇后が振るった手に当たったティーカップが地面へ落ちる。
「貴女のご子息の命を救ったのに、ですか?」
瀕死の重体だったレオンハルトを最高位の回復魔法をかけて治療したのに、と私は呆れた声を出してしまう。
よろけながら駆け寄って来たアイリが私の目前で立ち止まり、キッ! と睨み付けた。
「アンタの仕業ね? アンタがレイチェルに魔法をかけてレオンを襲わせたんでしょう!?」
「いいえ。レイチェルさんに守護魔法をかけたのは、過保護で独占欲が強い私の片割れですよ」
レイチェルの危険を察知して発動したのは、守護魔法というよりマーキングに近い。
まだ婚約解消していないレイチェルへ、自分のモノだという印を付けたアレクシスは、魔法が発動したのには気付いているだろう。
一応事前に通知したとはいえ、私を一時昏睡させた怒りで帝国へ殴り込みに来たアレクシスの怒りは、更に燃え上がっているはずだ。
「それよりも、貴女方は私の片割れを怒らせてしまったようですね。自業自得とはいえ、覚悟していてください」
今回、怒りに身を任せ竜王の力を使うつもりは無いとアレクシスは約束してくれたが、レイチェルへ危害を加えようとしたことでそれも分からなくなった。
誰が怒りでキレたアレクシスを止めると思っているんだ。
王宮の方から凄まじい怒りの波動を感じ、つい溜め息を吐いてしまう。
「娘、お前はオディールからの留学生であろう? オディールごときが帝国を脅かせるわけなかろう!」
しかし、扇を握り締めて甲高く叫ぶ皇后は何も分かってはいない。
恐怖で体を震わしているアーベルトは、とっくに王宮内から発せられている異質な魔力に気付いているのに。
「皇后陛下、私はオディール国からの留学生ではありませんよ。正確には私の出身地はオディール国ではなく、イシュバーン王国です」
話しながら、私は今にも噛み付かんばかりに睨むアイリから距離をとる。
「イシュバーンへ帝国からの使節団が訪れた際、カトレア学園の話を聞いて興味を持ちまして。直ぐに、皇帝陛下から学園への編入する許可をいただきました。出身がイシュバーンだと知られたら色々面倒だったため、オディール国出身としました」
意識が朦朧としているレオンハルトと彼を支えるルーベンスの前を通り、驚きで目を丸くするレイチェルへ微笑みかける。
「そうそう、不敬にも名乗りを忘れていましたね。私の名は」
皇后の前まで歩みを進めると、私は優雅に見せる動きで制服のスカートの裾を持ち頭を下げた。
「イシュバーン王国王女、ラクジット=アン=イシュバーンと申します」
名乗った瞬間、溢れんばかりに皇后の目が大きく見開かれる。
「なんじゃと!?」
「そういえば父上が言っていたな、どっかの国の王女が来るって。同級生だから、仲良くしろって」
静まり返る中、場違いなのんびりしたルーベンスの声が聞こえた。
「嘘よ! イシュバーンに王女はいなかったはずよ! それに、黒髪じゃない! アンタ何嘘を」
パチンッ
叫ぶアイリの話し途中で、髪に巻き付けていた魔力封じの装飾具を外す。
パサリと背中へ落ちた髪は頭頂部から銀髪へ戻り、次いで耳のカフスを外して瞳の色と魔力も解放する。
本来の魔力と銀髪へ蒼色の瞳の色合いへ戻った私を見詰め、アイリは口を開けたまま「嘘よ」と小さく呟いた。
「嘘かどうかの判断は、どうぞご自由に」
「ア、アンタが王女なら、アレクシスは? アレクシスはどうしたのよ!?」
詰め寄っていこうとするアイリの肩をアーベルトが押さえる。
「近づいちゃ駄目だアイリッ、あの異常な魔力は人のものじゃない!」
魔力が高い故に感じ取れた、人の姿の裏に隠れた本性。アーベルトの背中を冷たい汗が流れ落ちた。
「イシュバーン? 王女だと?」
手加減をせずに私が圧力を与えているせいで、今にも倒れそうになっている皇后は、わなわなと唇を震わせる。
この権力に狂った女のせいで前皇后は暗殺され、カイルハルトは追われた。
制裁を加えたい所だが、それはまだいい。
皇后へ背を向け、私はアーベルトに肩を抱かれたアイリの元へ戻る。
「アイリ嬢」
声をかけるとアイリはビクッと肩を揺らす。
「アレクシスは私の双子の兄よ? 学園祭の時、レイチェルさんをエスコートしていたでしょう。ゲーム知識があるのに、髪色を変えただけで分からなかった? 因みに、今のアレクシスはイシュバーン国王だよ」
「何、それ......」
呆然とアイリはアーベルトの腕へしがみつく。
「え、アレク様が?」
「レイチェルさん黙っていてごめんね。兄は、貴女とレオンハルト殿下の婚約が解消したら、自分から話すつもりだったみたい。騙すつもりは無く、私に合わして黙っていただけだから。因みに、夜会の時レイチェルさんを守るための守護魔法をかけるくらい、アレクシスは本気だからね」
不安げだったレイチェルの頬が赤く染まる。
怒り狂ったアレクシスを止められるのは、私じゃなくて彼女かもしれない。
庭園へ近付く足音に気付いて、私はイヴァンへ視線で知らせる。
思ったより早く話が終わったのは、概ね合意に至ったということか。
「お待ちくださいっ! 今は、まだっ!」
侍女達の制止の声と共に、生垣の影から皇帝直属の騎士服を纏った三人の騎士が姿を現した。
「失礼いたします皇后陛下、レオンハルト殿下」
帯刀した騎士は皇后へ一礼し、皇后を囲む様に立つ。
「な、なんじゃ」
「皇帝陛下からの伝令でございます。急ぎ謁見の間へ来るようにと」
「なんじゃと!? くっ、」
否とは言わせない騎士達の迫力に、思わず皇后は後ろへ下がる。
力付くで連れて行くのもいいが、時間がかかるのはこの後の展開を考えると面倒だ。
「私が皆様をお連れいたしましょう」
早々にこの茶番劇を終わらせよう。
転移するための魔力を放ち、足元へ転移陣を展開させた。
まだまだ追撃します。




