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29.悪役令嬢の戦い

レイチェル視点です。

 華美過ぎず地味過ぎない上品なレースが使われた水色のドレスを選び、皇后への手土産は茶会らしく帝都の有名菓子店の特注ケーキを用意した。


 皇后宮手前までイヴァンにエスコートされ、レイチェルは久しぶりの登城に緊張で心臓が苦しくなる。

 向かうのが皇后宮ではなく、通いなれた後宮の側妃と皇女の元なら良かったのに。



 不安から下を向きかけた時、先を歩くイヴァンの歩みが止まる。

 どうやら此処から先は許可された者しか入れないらしい。


「僕がついていけるのは此処までだ。いいかい、何かはあったら悲鳴を上げなさい。必ず助けに向かうから」


「ええ、お兄様ありがとう」


 最近は、人を欺くための笑顔しか見ていなかったイヴァンが久しぶりに見せた心配そうな表情。

 兄が心底心配してくれていると感じて、レイチェルは肩の力を抜いた笑みを返すことができた。



 イヴァンに見送られ、皇后宮へ足を踏み入れたレイチェルは次女の案内で庭園を訪れた。


 薔薇の花が咲き乱れ甘い香りが漂う中、ガーデンテーブルと椅子が設置されており其処に座るレオンハルトとアイリを確認して、レイチェルは顔には出さないが内心、思いっきり顔を顰めた。

 表情に出さなかったのは長年培った教育の賜物だ。

 一番上座に座るのが、深紅に金糸で模様が刺繍された派手なドレスを着て、耳や首元を飾る大振りの宝石。結い上げた金髪に宝石を砕いた粉をかけて全身を輝かせた、派手な外見をした女性こそ現皇后。


「よく来てくれたレイチェル嬢。よい、楽におし」 


 席へ座る前に、頭を下げて淑女の礼をするレイチェルへ皇后は声をかける。


「皇后陛下、本日はお招きありがとうございます」


 皇后の許しを得てレイチェルは椅子へ座った。

 座ると直ぐに侍従がティーカップへ薔薇の香りがする紅茶を注ぐ。

 ティーカップもティースプーンも陶器製で、毒が混入している可能性もあると一瞬考えるが、顔には出さずに一口だけ口へ含む。

 紅茶をコクリと飲み込むレイチェルへ、参加者の視線が集まる。

 臆すこともしないレイチェルに対し、皇后は口元の笑みを深くした。


「さて、レイチェル嬢。妾はアイリの後見をしておる故に、そなたとも話をしたくて此度の茶会へ招待したのだ。学園での様子はレオンハルトとアイリから聞いておる。そなたは顔見合わせる度に、口煩く二人に小言を言っておるそうだな。しかも、アイリへ嫌がらせまでしていると......それは誠か?」


 目を細めた皇后は、言葉の節々にレイチェルへの敵意を混ぜて問う。


「皇后陛下、発言をお許しください」


「許す」


 頷いた皇后へ軽く頭を下げる。

 皇后の隣に座るレオンハルトとアイリから、敵意剥き出しの視線を送られるが、それらは無視してレイチェルは口を開いた。


「口煩い小言とのことですが、どれのことでしょうか? 殿下が生徒会長の仕事を放棄し、市井へ出て遊び歩くことを諌めたことでしょうか? 1年生への横柄な態度を諌めたことですか? それとも、未提出の課題を提出するように伝えてほしいと、先生方から依頼され殿下に伝えたことでしょうか?」


 チラッとレオンハルトを見やれば、明らかに彼は狼狽する。


「また、アイリ様には婚約者のいる方へあまり近付きすぎるのは良くないと、言ったことですか? 制服のスカート丈が短いのは、いらぬ誤解を招いて危険だから直すようにと、注意したことでしょうか? 私の中では、極々常識的なことを言っていただけですわ。嫌がらせにつきましては、私はアイリ様とレオンハルト殿下には自ら積極的に近づいておりません。

 とくに学園祭前は、生徒会三役が抜けてしまい手が回らず開催が危ぶまれるほど忙しく、そちらにかかりきりでしたの。とても嫌がらせなどやっている暇はありませんでした。嫌がらせを行ったのは私以外の方ではありませんか? 生徒会役員や2年A組の方々は、学園祭前はレオンハルト殿下、アイリ様、アーベルト様、ルーベンス様が不在でも夜遅くまで作業に追われましたし、アイリ様に婚約者を奪われたという女子もいますね」


 昼食時に下品な笑い声を上げて食堂で騒ぐ生徒を注意点して欲しい。レオンハルト達のせいで中庭の一角が使えなくなってしまった。等、生徒会へ寄せられた投書を出せば切りがない。

 いくら自由な校風とはいえ、よくもまあここまで好き勝手出来るものだと、思い出しながら話していくうちにレイチェルは苦笑いを浮かべていた。


「生徒会には他にも相談の投書は届いております。それらのことから、他の生徒から嫌味を言われても仕方ありませんわ」


 淡々と言うレイチェルとは逆に、顔を真っ赤にしたアイリは、テーブルの下から隣に座るレオンハルトの服を引っ張る。

 苦々しい顔で話を聞いていたレオンハルトは、ハッと我に返り勢い良く立ち上がった。


「黙れっ! 貴様が裏で手を回したんだろう。俺の寵愛を受けるアイリに嫉妬して、他の奴等に嫌がらせをさせたんだろう!」


「いいえ、私はそんな下らないことをする暇はありません、と言いましたよね。それは、生徒会役員の方々と先生方が証明してくださいます。更に言いますと、私達の婚約は皇帝陛下と父が決めたもので、殿下に対して恋慕は全く、ございませんわ」


 涼しい顔で全てを受け流すレイチェルと、激昂し今にも掴みかかっていきそうなレオンハルト。どちらが優位かは、もはや明らかだった。

 味方は誰もいない皇后宮に一人で乗り込み、堂々とした態度で受け答えをしている令嬢を、遠巻きから様子を伺っていた侍従と侍女達は心の中で応援する。



「くそっ!」


 数十秒とも数分ともとれる長い睨み合いは、レオンハルトが顔を背けたことで終了した。

 険しいままの目付きでアイリを見下ろしたレオンハルトは、次に皇后へと視線を移す。


「母上! この生意気な女が婚約者などと虫酸が走る。早々にレイチェルとの婚約は破棄したい!」


「ですから、私達の婚約は皇帝陛下が決められたもの。感情だけで解消出来ませんが、私も殿下との婚姻は絶対に嫌ですので、父から皇帝陛下へ話をしてもらいますわ」


 話の通じなさに、レイチェルは吐いてしまいそうになる溜め息を堪えた。

 どうして彼は、これ程まで短絡的な考えしか出来なくなってしまったのか。以前は、自己中心的な部分もあったがこんなにも酷くはなかったのに。



「くっ、ふふふっ」


 二人のやり取りを眺めていた皇后は、突然肩を振るわせて笑い出した。


「ほほほほっ、眉一つ動かさないとは大した娘だこと。確かに、可愛いげも無く婚約者の言う通りに動かない娘など、レオンハルトには相応しくないわ」


 侍従から受け取った扇で口元を隠しひとしきり笑い、真顔に戻った皇后はパチンッと扇を閉じた。


「妾からも、二人の婚約を破棄するよう陛下に進言しましょう」


 待ち望んだ言葉を皇后から貰い、ようやく緊張を解いたレイチェルはふわりと微笑んだ。


「分かりました。皇太子殿下、今までありがとうございました。どうぞアイリ様と末永くお幸せになってくださいませ」


 小躍りしたくなる気持ちを抑え、レイチェルは婚約破棄を粛々と受け止めた風を装い、何故か唇を噛み締めているレオンハルトへ向かって頭を下げた。


「これで、私への御用件はお済みになりましたでしょうか」


「いいやまだだ! アーベルト、ルーベンス」


 レオンハルトの命に従い、薔薇の影からレイチェルを囲むようにアーベルトとルーベンスが現れる。

 不穏な空気を感じとり、立ち上がり掛けたレイチェルの腕をアーベルトが引寄せた。


「これは、なんの真似ですの?」


 腕に食い込む痛みでもがくが、アーベルトは腕を離そうとはせず、抵抗するレイチェルを無理矢理立たせる。

 羽交い締めにしたレイチェルを引き摺りながらテーブルから距離をとった。


「あまり派手にやってくれるなよ。騒ぎが王宮に届くと面倒じゃからな」


「うふふっ、遮音魔法をかけましたから届きませんわよ」


 口元へ扇を当てた皇后は、息子を諌めることもせず静観をし、髪を乱されたレイチェルを愉快そうにアイリは見上げた。


「地べたへ這いつくばって、今まで行ったアイリへの嫌がらせの謝罪をしてもらおうか」


 卑下た笑いをしたレオンハルトは地面を指差しながら、羽交い締めにされたレイチェルの頭を鷲掴みして押さえた。

 がくんっ、頭を押さえられたレイチェルの膝が地面に突く。


「嫌がらせ? 私はそんなことはしていませんわっ!」


 必死で首を傾げて否定する姿に、レオンハルトの怒りが増幅していく。

 激情のままに、レイチェルの頭を押さえていない方の手を振り上げた。


「うるさい! 頭を下げ、」


 ボウッ!!


 拳を振り下ろした瞬間、青白い炎がレオンハルトの腕を包み込む。同時に、レイチェルの四方に彼女を守るための輝く光が現れた。



「うわぁ!?」


 悲鳴を上げてレオンハルトはレイチェルの頭から手を離し、炎の付いた腕を振り回す。


「レオンハルト殿下! 今消します! アクアボール!」


 炎を消そうと唱えたアーベルトの水魔法は、見えない壁に阻まれて炎へは届かず、バシャリと地面へ落ちる。

 焦るレオンハルトを嘲笑うように、腕を包む青白い炎は瞬く間に腕から全身へ燃え広がった。


「レオンハルト殿下っ!?」


「レオンッ!?」


 慌てて立ち上がった勢いでティーカップが倒れ、アイリの着ているドレスに紅茶が溢れた。


「な、何をしている!? 早うっ! 早う火を消さぬか!」


「これは魔力による炎! 強力な守護魔法ですっ!」


 試した魔法は全て弾かれてしまい、顔色を蒼白にしたアーベルトは次の解呪魔法を唱えた。

 青白い炎は意思を持っているように揺らめき、踞ったレオンハルトにとぐろを巻き絡み付く様は蛇を連想させ、侍従達から次々に悲鳴が上がる。


 守護魔法により現れた青白い光のカーテンにより視界が覆われてしまっても、悲鳴と物音で周囲の混乱は伝わってくる。

 早く混乱が収まるようにと、レイチェルは両手で胸元を押さえた。



 肉が焼ける臭いが充満し、炎に包まれたレオンハルトの呻き声が弱々しいものへとなっていく。

 絶望と恐怖に支配された庭園の地面が突如光輝き、転移陣が展開された。


「レイチェル!」


「レイチェルさんっ無事!?」


 現れた人物から発せられた声から、途方に暮れていたレイチェルはハッと顔を上げた。



ざまぁの始まりです。

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