表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/99

27.夢見た邂逅と冷たい再会

 春のようなあたたかい陽気に誘われて、ベンチに座ったまま眠りの淵を漂っていた。


 時折吹く心地よい風が私の頬を擽り、むにゃむにゃと口元を動かす。

 王女らしく振る舞うことに疲れた時、心地よい風が吹き王宮と城下街を一望できる“黒騎士の丘”のベンチでぼんやりする一時が、私にとって大事は時間となっていた。



「......ジット様」


 誰かが近付く気配がして、大きな手のひらが肩へと触れる。

 そっと揺すりながら私の名前を呼ぶ声は、何時も迎えに来るカイルハルトにしては低くい声。


「ラクジット様」


 耳に心地よく響く優しい声。


 とても懐かしくて愛しい声が、大好きな人と同じ香りがして、私の意識は一気に覚醒する。

 信じられない気持ちで、私は勢いよく目蓋を開いた。


「こんな場所で寝ていたら風邪をひきますよ」


 目尻を下げて優しく微笑むのは、幼い頃からずっと傍にいてくれた大好きな彼。


「あ......」


 驚きのあまり目を見開き、何度も目蓋を瞬かせた。


 サァーと、吹き抜けた風に乱された黒に近い濃紺の髪を、彼は片手で押さえ手櫛で直す。


「ヴァル?」


 何故、どうして此処に?

 疑問だらけの思考で、半信半疑のまま私は目の前の彼、ヴァルンレッドの名前を呟く。


「ええ、どうされましたか?」


 やわらかく微笑んだまた軽く首を傾げる姿も、記憶の中のヴァルンレッド、ヴァルそのもの。


(間違いなくヴァルだ)


 何故だとかどうしてだとか、もう関係ない。

 彼に逢えた。それだけで私の視界が歪んでいく。


「ヴァルー!!」


 立ち上がった勢いのまま、私はヴァルンレッドへ抱き付いた。

 首に腕を絡めて力一杯抱き付く私を、ヴァルンレッドは優しく抱き止める。


「ヴァルッ、ヴァル~!」


 彼の黒い騎士装束の胸元に涙と鼻水まみれの顔を擦り付けて、私はわんわん声を出して泣いた。

 涙と鼻水まみれでぐしゃぐしゃ不細工なミットもない顔も、ヴァルンレッドになら見られても恥ずかしくない。


 泣き続ける私の頭や背中を、大きな手のひらが労るように優しく撫でる。

 この手が大好きだった。

 抱き締めてくれる腕が大好きだった。

 低くて甘い声が大好きで、ヴァルの腕の中に居られると安心できた。

 ずっとずっと逢いたくて、彼に甘えたくて堪らなかった。


(でも......これは、夢だ)


 蕩けるような幸せの中でも、私はちゃんと理解していた。


 今居る場所、黒騎士の丘には黒騎士を称える三本の円柱が建ち、既に彼等は常世には存在していないと。

 抱き付いて甘えているヴァルンレッドは、幻影でなければこれは私のみている夢だ。


 甘く幸せな夢。

 僅かにアレクシスの魔力を感じたから、魔力を暴走しかけた私はイシュバーンへ戻されたのか。

 抱き締めてくれているヴァルンレッドは、弱っている私を癒すためにアレクシスが見せた優しい夢。


 けれども、夢は覚めるもの。

 目を覚まして、早く暴走しかけているアイリを止めなければ。


 覚悟を決めて、私は埋めていたヴァルンレッドの胸元から顔を上げた。


「私、もう起きなきゃ」


 そっと体を離して、手の甲で涙で濡れた目元を拭う。


「ラクジット様、赤くなってしまいます」


 目元へ触れるヴァルンレッドの手に自分の手を添えて、私は彼の濃紺色の瞳を見上げた。


「ヴァル、あのね、私、ずっと行ってみたかった学校へ行けて友達が出来たの。陛下の花嫁になりたくなくて必死で足掻いていた時とは違って、毎日が充実していて楽しいんだ」


 生き延びるために必死で強くなろうとしていた頃は、今みたいに学生生活を楽しめるとは思ってもみなかった。

 友達と笑い合って過ごす時間が、こんなにも貴重な時間だとは前世の学生時代には考えてもみなかった。


「私が起きなかったら、友達が大変になっちゃうの。だから起きなきゃ」


 意識を失う前の図書館でのやり取りを思い起こす。


 ゲーム通りの展開にはならないと焦ったアイリはこの先、レイチェルを悪役令嬢に仕立てて無理矢理断罪イベントを起こしそうだ。

 アイリを探るように頼んだユリアとジョシュアが影で動くし、アレクシスも何かしら策を練ってあるだろうから大事には至らないが、それでも友達を守りたい。


 じっと私を見詰めていたヴァルンレッドは、ふっと嬉しさとも寂しさからともとれる微笑を浮かべた。


「貴女は、とても綺麗になりましたね」


 長い指が私の頬を滑り落ち唇へ触れる。

 その感触がくすぐったくて、私は目蓋を閉じた。


「私の可愛い姫」


 甘く囁く声が聞こえ、私の唇へ触れるだけの口付けが落ちる。

 目蓋を開けば、目前に優しく微笑むヴァルンレッドの顔があった。


「もう、大丈夫なようですね」


「うん。ヴァルが心配しないように、精一杯生きるよ。来世で貴方に逢えるように」


 夢でも幻でも、ヴァルンレッドが安心出来るように笑ってサヨナラをしたいのに、頑張って作った笑顔はぎこちないものになってしまった。


 胸を切り裂く痛みを与える恋心も、頬を伝う涙と一緒に流れ落ちてしまえばいい。

 そんな事を願いながら、私は両手で顔を覆った。




 ***




 謁見の手順を踏まず、禁じられた転移魔法で謁見の間へやって来た無礼者達を、玉座に座った皇帝は一瞥してから目を細めた。

 突然のことで、反応が遅れた衛兵が慌てて槍を構えるが、皇帝は片手を上げて彼等を制する。


「久しいな」


 玉座に座り余裕たっぷりの笑みを崩さない皇帝を、侵入者は睨むように見上げた。


「やっと戻ってきたと思えば、随分物騒じゃないか。後ろの二人なら兎も角、学園長がお前を手引きするとは思わなかったが」

 

 愉しげな皇帝とは対照的に、両脇に控えるサリマン侯爵と宰相の二人は、侵入者の中に自分の息子、イヴァンとシーベルトがいることに目を見開いて固まっていた。


「さてカイルハルト、何が望みだ?」


 ひじ掛けに頬杖をついて、愉しげに息子へ問う皇帝の目は全く笑ってはいない。


 侵入者、カイルハルトは幼い頃の記憶と変わらぬ父親の様子に、望みが叶わなかった場合は力付くで奪い取る、とまで考えていた頭が冷えていくのを感じた。


「皇帝の地位、もしくは皇太子の地位を貰いに来た」


 反逆ともとれる発言に、サリマン侯爵と宰相はギクリッと体を揺らす。カイルハルトの後ろの息子へ「どういうつもりだ」と視線で問うが、イヴァンとシーベルトは涼しい顔で受け流した。

 皇帝に止められているとはいえ、直ぐにでも飛び掛かれるよう衛兵達は臨戦態勢をとる。


 張りつめた空気の中、ただ一人皇帝だけは、クックッと喉を鳴らして笑った。


「あれほど嫌がっていた帝位を簒奪しようなどと、面白い。して、何の為に望んでいるのだ?」


 力付くで奪い取られるかもしれないのに、自分を驚異に感じていないとう父親への苛立ちから、カイルハルトは手のひらを握り締めた。


「......俺の命より大事なモノを害された報復のためだ。害にしかならない皇后と、馬鹿な弟に帝国を渡すのならば俺が次期皇帝となる」


 自分と同じアイスブルーの瞳に揺らがない決意を認め、皇帝はフンッと鼻を鳴らした。


「大事なモノ、ね」


 カトレア学園で過ごすラクジットの周辺を探っていた密偵からの情報で、カイルハルトの存在も彼が言う大事なモノが何かは既に分かっていた。

 戻ってきた息子から次期皇帝への決意を聞かされ、珍しく皇帝は本心からの笑みを浮かべる。


「それを必ず手に入れると誓えるのなら、お前に次期皇帝の座はくれてやる。皇后とレオンハルトの処遇については、直に相応しいものを与えるつもりだ」


 条件付きとはいえ、受け入れられるとは思ってもいなかったカイルハルトは拍子抜けしてした表情で、玉座に座る父親を見上げた。



タイトルの邂逅はラクジット、再会はカイルハルトです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ