26.決断
途中で視点が変わります。
後始末を学園長とエルネストに任せ、意識を失ったラクジットを抱き抱えたカイルハルトは、カトレア学園図書館からイシュバーン王国へ転移した。
転移前にアレクシスへ連絡を入れたとはいえ、急に戻ってきたカイルハルトと意識を失ったラクジットに一時王女宮は騒然となる。
侍女達へ寝所を整えるよう指示を出したカイルハルトは、会議を中断してやって来たアレクシスへラクジットを託した。
ラクジットの着替えと、淀んでしまった魔力を整える処置が終わるのを、カイルハルトは王女宮の応接室で待つこととなった。
応接室のソファーに身を沈めながら脳裏に浮かぶのは、ユリアからラクジットが呼び出されたと聞いて直ぐに図書館へ向かっていれば。という後悔と、教室でやたらと絡んできたレオンハルトへの苛立ち。
やけにしつこく絡んできたレオンハルトは、アイリの指示を受けて自分を引き留めていたに違いない。
鬱々とした気分のまま待つ間、とてもじゃないが出された紅茶と菓子には口をつけられなかった。
一時間程待って、侍女が呼び来て向かった王女の寝室で待っていたのは、ベッドへ寝かされている意識が戻っていないラクジットと固い表情のアレクシス。
眠るラクジットの顔色は依然血の気が失せた青白いままで、時折苦し気に眉間に皺が寄る。
「あと二、三日は目覚めないだろう」
手桶に入った布巾を絞り、アレクシスはうっすら額にかいたラクジットの汗を拭う。
「魔力抑制装具を身に付けたまま、竜の血が暴走しかけたのだから魔力回路が乱れても仕方無い。竜の本能よりも、ラクジットの精神力が勝ったのは不幸中の幸いだった」
魔力を暴走させたラクジットが力に狂ってしまったら、アレクシスが彼女を倒さなければならない。
それは幼い頃に二人で決めた約束だった。
「......守れなかった」
小さく呟いてカイルハルトは下唇を噛む。
「カイルハルト、無茶はするなよ」
「分かっている」
短く答えたカイルハルトは、アレクシスへ背中を向けると転移陣を展開した。
転移したカイルハルトの気配が完全に消えると、アレクシスは大きく息を吐いた。
意識を失うほど魔力回路を乱されたラクジットに魔力を分け与え、彼女を害する悪意ある魔力を吸い出したせいで気分が悪い。
強力な魔法では無いが、害意と憎悪が込められた魔力は魔力抑制装具を付けていたラクジットにとって、相当なダメージを与えたことだろう。
「あの女、舐めた真似をしてくれる」
魔法、呪詛と言えるこの魔力を学生がうけてしまったら、大概の者は耐えきれず死んでいた。
そこまで考えて術者この複雑な術式を組み立てたのか。考えていたとしたら、殺人未遂どころじゃない。
これを使用したヒロイン、アイリはラクジットの命の危険な考えてもいなかったはず。
もしも、アイリが悪役令嬢として利用しようとしているレイチェルが攻撃されていたら......
眠るラクジットを見下ろすアレクシスの内に、怒りの感情が沸々と沸き上がる。
アイリというヒロイン気取りの娘は、イシュバーン王女を害しアレクシスへ喧嘩を売り、エルネスト、カイルハルトの怒りを買ったのだ。
(帝国が保護する女だろうが、見逃す訳にはいかない)
ヒロインだろうが罪は罪。罰は受けなければならない。
そして、アイリを諌めようともしないトルメニア帝国も同罪だ。
「ヘギング」
名を呼べば、気配を消して控えていた側近が背後へ姿を現す。
「トルメニア皇帝サリマン外相に、火急の用があると連絡を入れろ」
抑揚の無い硬質の声を発するアレクシスの表情は、すでに国王のものとなっていた。
「火急の用、ですか?」
「イシュバーン国王としてトルメニア皇帝陛下にご相談がある、と」
振り返らず言うアレクシスの言葉の奥底にある、怒りを感じ取りヘギングは一瞬息を飲む。
が、直ぐにアレクシスの背に向けて一礼をし、音もなく退室した。
***
イシュバーン王国からカトレア学園の門へ転移したカイルハルトは、全力疾走して学園長室へ向かった。
学園長室へ入り、挨拶もそこそこに聞いた学園長の言葉を理解しきれず数秒固まってしまった。
「なんっ、どういうことだ!?」
思わず学園長へ向かって声を荒げる。
執務机に頬杖をついた学園長は、はぁーとわざとらしい溜め息を吐いた。
「だからね、アイリ=サトウから事情聴取は出来ないんだ。後見人を買って出ている皇后が聴取を許可しないんだよ」
「何だと!?」
今にも斬りかかってきそうな勢いでカイルハルトから殺気が放たれ、壁際に立つ女性秘書が恐怖で仰け反る。
ソファーに足を組んで座っているエルネストは、眉一つ動かさず目蓋を閉じていた。
「あの娘が容疑を通り越して真っ黒なのは分かっている。ラクジットの魔力を乱すための道具を作ったのはアーベルトだろう」
執務机の引き出しからガーゼにくるまれた、図書館床から回収した魔力を帯びた赤い石の欠片を取り出し机上へ置く。
「複雑な術式が組み込まれていて、誰が作ったのか探れないようになっている。ここまでの物を作れるとしたら、魔法省のトップクラスか、生徒では魔術師団長息子アーベルトくらいだ。でも、これだけじゃ証拠は弱い。動かぬ証拠があれば良かったんだけど、アイリ嬢は司書の若い子を丸め込んで図書館の警備結界を切らしていたんだよ。警備結界があれば、魔法発動の気配で記録映像を残せたんだけどね」
男を手玉に取る術に長けているアイリに誘惑されたとはいえ、席を外した上に警備結界を切った司書の若い男は、職務放棄や規則違反をしたとして学園長自らその場で処分したが。
生徒なら兎も角、司書までも手懐けるアイリの手腕は大したものだと、責を問われてもなお彼女を庇おうとする司書から話を聞いた学園長は、乾いた笑いを漏らしてしまった。
「兎に角、腐っても皇后の肩書きがある女の庇護の下にいるアイリ嬢は、確実な証拠を揃えない限り引っ張るのは難しいんだ」
「では、消すか」
電波な話を叫ぶアイリとの一連のやり取りを学園長の側で見聞きし、爆発しかけた怒りを押し込めるため黙ってソファーに座っていたエルネストが立ち上がった。
「あの娘と皇后は本当に面倒だ。全て消してしまおうか」
「エルネスト、君がやってくれるなら止めないけどさ。それを君の可愛いラクジットが知ったら? 彼女絶対に怒るよ」
「......ちっ」
舌打ちをして、エルネストは二度ソファーへ座る。
珍しく激情を露にして、直ぐにでも皇后宮を破壊しそうだったエルネストが、可愛い弟子の名前を出しただけで口を閉じるとは。
吹き出しそうになるのを堪え、学園長はこれまた物騒なことを考えているだろうカイルハルトへ視線を移す。
「帝国内で、皇后に命令出来るのは皇帝陛下だけだ。もしくは、皇帝陛下に準ずる者だね。例えば、力のある皇太子とか。だけど、今の皇太子、レオンハルト皇子は皇后とアイリ嬢の傀儡と化している」
どうする?とは口には出さないまま、学園長は真っ直ぐな視線をカイルハルトへ向ける。
言われた意味を理解したカイルハルトのアイスブルーの瞳が激しく揺れ、そして一点へ定まった。
「.........学園長」
静まり返った室内にカイルハルトの声が響く。
一度目蓋を閉じて開いたアイスブルーの瞳には、迷いは消え失せていた。
「力を、貸してくれ」
「なんなりと。カイルハルト皇子殿下」
迷いを消したカイルハルトの姿は、自分が忠誠を誓った若かりし頃の皇帝の姿と重なり、学園長は嬉しそうに口角を上げた。




