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25.彼女は叫ぶ

 何時もなら閉館を告げるチャイムが鳴る時間となったのに、静かな図書館にはチャイムの音では無く少女の声だけが響く。


「アイリ嬢、聞いて」


 黙って考えていた私が口を開いたため、アイリは怪訝そうに片眉を上げた。


「貴女の妄想ではモブだという人達も、ちゃんと家族もいて名前もあるし意思もある。逆ハーレムだなんて......この国の皇帝でさえ世継ぎや政略問題から、皇后と側妃の二人しか娶っていらっしゃらない。学生の貴女が逆ハーレムなど作ってどうするの? メンバーに入れられた男性達は兎も角、婚約者がいる貴族に手を出す真似をしたら、彼等の親族や婚約者、周りの人達への責任、賠償問題もででくる。ゲームでは“愛されて幸せに暮らしましたとさ”で終わっても、現実はそれ以降も話が続いていくんだよ」


 話の途中から苛々した顔付きへ変わっていったアイリは、私が話し終わるや否や口を開いた。


「妄想って何よ! モブのくせに私に説教するなんて! 賠償なんて知らない! 手を出す? 婚約者に魅力が無くて私の方がいいから捨てられちゃうだけじゃないっ!」


「説教じゃなくて、この世界の現実を教えているのよ。貴女がレイチェルから嫌がらせを受けたと、自作自演で教科書を汚したり怪我をしてレオンハルト殿下達を焚き付けたことは、知っている。もうこんなこと止めたら? ヒロイン補正が無くとも、貴女がちゃんとしていたら、レオンハルト殿下の婚約者にはなれるでしょうから」


 大きく目を見開いたアイリは、私を睨み付けて何かを言いかけてグッと堪る。

 ニヤリと猫みたく目元を細めた厭らしい笑みを浮かべた。


「ねぇ、ラクジット? 変だと思わない? いくら放課後でも、大声出していても誰も見に来ないなんて」


 ハッとなった私は壁にかけられた時計を見る。

 もう閉館時間を過ぎているのに、司書の先生は何も言ってこないのは妙だ。


 クスクス可愛らしい声を出してアイリは笑いだす。


「司書の若い男の先生は優しくてね。何度か通って仲良くなって、喧嘩した友達と話し合いをしたいって言ったら、快く席を外してくれて邪魔が入らないよう外から鍵までかけてくれたのよ」


「貴女は......私と喧嘩をしたいの?」


 ゲーム設定上の、誰からにも愛されるヒロイン特性、を発揮したアイリに嵌められたということか。

 今も、図書館へ来る前も確認したが周囲にはアイリ以外の気配はなかった。まさか一対一で勝負するつもりか。


「喧嘩? そんな野蛮なことはしないわよ? アーベルでも勝てなかったのに。でも、アンタは邪魔なのよ!」


 叫びながら、アイリはスカートのポケットから何かを取り出し、床へ叩き付ける。


 パリンッ


 硝子が割れる音がすると同時に、私の足元へ幾重にも重なった魔方陣が展開した。

 魔方陣から黒い魔力の鎖が四方を囲むように発生し、私の四肢へ巻き付いていく。


「なっ!? これはっ!?」


 絡み付いた鎖によって四肢の自由が奪われていく。

 急速に私の内から魔力が吸いとられていくのも感じ、拘束と魔力封じの魔法の鎖かと、舌打ちして鎖を外そうともがいた。


「あははっキツイ? アーベルトが時間と魔力をかけて作ってくれた多重魔方陣の結界よ。暫くの間、貴女はこの中で眠っていてもらうわ」


 黒い鎖により四肢を拘束され、呻く私を満足気に眺めたアイリは、悪戯が成功した子どものように腹を抱えて笑う。


「モブの貴女がいるから、イベントが上手く発生しないの。邪魔者がいなくなれば、きっと上手くいくはず。だから、ラクジット! 早く私の物語から退場しなさいよ!!」


 憎悪に歪む表情は、快活で素直なゲーム設定のヒロインとはほど遠い醜いものだった。

 まさかこうくるとは。アイリを甘く見て、油断していた私の失態だ。

 体を拘束する鎖を破ろうとして解呪魔法を唱えてたくとも、魔力を練ろうとした瞬間に魔力が奪われていくしまう。


「そんなことしても、上手くいくわけっ、ぐぅっ!」


 四肢を拘束する鎖の締め付けが強まり、ミシミシと骨が軋む音が響く。

 痛み息苦しさと、魔力を奪われていく脱力感で意識が揺らぐ。


(はぁ、ヤバい、かも)


 朦朧となっていく意識の中、痛みと焦り以外の別の感情が沸き上がってくる。

 普段は理性で抑圧していて意識下へ追いやっている、竜の本能が。

 意識と魔力が消えかけている今、体内を侵食していく竜の本能に抗う力は無かった。


 “私”の内側が灼熱の怒りに埋め尽くされていく。



 ー 苦しい、痛い、私に仇なす愚かな女。ゆるさない、ゆるさない。焼き付くし、喰らってやろう ー



 視界が真紅に染まり、別のものへと塗り替えられていく。

 魔力と色合いを抑えている、頭部に巻いた銀の鎖にぎしりっ、と鈍い音をたてて亀裂が入った。


「あぁあああー!?」


「な、なに?」


 力を失い俯いた、私の体の内側から大量の魔力が溢れ出る。

 魔力を奪い取ろうと黒い鎖は蠢くが、大量の魔力に耐えきれずボロボロと崩れ落ちていった。


 バタンッ!バタバタッ!


「きゃあっ!?」


 溢れ出た魔力はそのまま衝撃波となって本棚を薙ぎ倒し、アイリへと襲いかかった。



 バキィンッ!


 勢いよく図書館の扉が蹴破られ、扉の木片が床や貸し出しカウンターの上へ散乱する。


 パキーィンッ


 身を縮ませギュッと目を瞑ったアイリを吹き飛ばす直前、衝撃波は魔法障壁に当たり砕け散った。

 間一髪助かったアイリは、荒い息を吐きながらズルズルと座り込む。




 ガタンッ


 よろめいた際、本棚に体がぶつかる。

 ぶつかった痛みよりも、怒りと破壊衝動を訴える竜の本能と僅かに残った理性がせめぎ合い、呻いた。

 体が千々に引き裂かれそうな痛みに、私は両肩を抱き締めながら眉間に皺を寄せて歯を食いしばって堪える。


 途切れそうな意識の中、誰かが駆け寄る気配がした。



「ラクジットッ!」


 切羽詰まった声が聞こえ、誰かが私を抱き締める。

 緩慢な動作で両肩を抱いていた腕を外し、私は苦痛に歪む顔を上げた。


「カ、イル......?わたし、どうして、」


 喉の奥から出たのは、カラカラに乾いてしまって掠れた声。

 抱き締めているのがカイルハルトだと分かった途端、脚から力が抜けて崩れ落ちかけたのを、背中に回った腕に支えられる。


「もう、大丈夫だ」


 そう言ったカイルハルトの顔は苦しそうで、今にも泣き出しそうに見えた。

 どうしたの?と、問いかけたかったけれど、声が出てきてくれない。

 竜の本能と戦って消耗した私の精神力はもう限界で。


 強烈な眠気と脱力感には勝てず、私はゆるゆる目蓋を閉じた。




 ばきりっ、倒れた本棚の破片を踏む音が聞こえ、呆然としていたアイリは我に返った。


「あーあ、派手にやったねぇ」


 場違いなほどのんびりした声から、誰が来たのか分かったアイリはビクリッと肩を揺らす。

 立ち上がって振り向き、ひっと小さく悲鳴を上げてしまった。


「アイリ=サトウ。ラクジットに何をした?」


 背後に何時も通りの笑顔の貼り付けた学園長と、今にも攻撃を仕掛けてきそうなくらい、怒気を撒き散らしたエルネストがいたのだ。


「わ、私は何もしていないわ! 話をしていたら、ラクジットさんが勝手に魔力を爆発させたのよ」


 震える声で答えるアイリを見下ろす、エルネストの眉間の皺が深くなる。


「ラクジットが魔力を爆発させたのならば、図書館一帯全て吹き飛んでいるだろう」


 エルネストの視線は震えるアイリから、カイルハルトに横抱きにされ意識を失ったラクジットへ移る。


「魔力の残滓があるね。色々な魔術を絡ませて、誰の魔力か追跡出来ないようにしてある。凄い念の入れようだ。でも、誰かがラクジットへ魔法を使用したのは確実だから、調査は入れる」


 顔色が悪いアイリの目を見て学園長はクスリと笑った。


「後でアイリ嬢からも聴取させてもらうからね」


「わ、私は無関係よ! 私の聴取をしたいのであれば、皇后様の許可をもらってからにしてくださいっ」


「よせ」


 抑えきれずに漏れだしたカイルハルトからの殺気を感じ、エルネストはアイリへ向けていた圧力を消した。


「お前はラクジットを運べ」


「消耗が激しいから、片割れに力を分けて貰った方がいいね」


 学園長とエルネストから言われるまでもなく、優先順位はラクジットの方が先だ。

 怯えるアイリを一瞥してから、カイルハルトは歩き出した。



図書館扉を蹴破って登場したのはカイルハルト。

異変を感じ取った学園長とエルネストは、転移魔法でやって来ました。

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