24.悪役ヒロイン
学園祭も無事に終了し、生徒達は通常の学園生活へ戻っていた。
食堂で昼食を済ませて教室へ戻る途中、後輩だろう男子から手渡された封筒を見ながら私は途方に暮れていた。
ピンク色で花の絵が入った可愛い封筒は、男子が好んで使うものではない。
封筒を開いて手紙を読んだ私は、燃やして無視してしまおうかと、本気で考えた。
(これって、果たし状かな?)
「先輩から頼まれまして」と言って、私の手へ押し付けるように渡してきた男子生徒は走って行ってしまったし、どういうことか彼を探して問いただしに1年フロアへ行くのも憚れる。
“大事な話があります。放課後、図書館の海洋図鑑コーナー前へひとりで来てください。 アイリ=サトウ”
何度読み返しても差出人の名前は変わらない。
手紙からは魔法の力は感じないし、最悪の場合はヒロインと戦ってもいい覚悟で、呼び出された図書館へ行くしかないか。
溜め息を吐いてから、私は周囲に人気が無いのを確認して空き教室へ入った。
「ユリア、いる?」
私の呼び掛けに応じて教室の入り口から、ファイルを抱えた事務員風ブラウスとロングスカート姿のユリアが現れる。
「此方に」
「アイリ=サトウが何かを企んでいるみたい。皇太子と取り巻き達に動きがないか探っておいて」
ファイルで口元を隠したユリアは嬉しそうに目を細めた。
「始末しますか?」
「おねが、ううん。しなくていいからっ」
うっかり頷きかけて、慌てて訂正する。
事務員として学園内を動き回っているユリアは、私やアレクシスに喧嘩を売った皇太子やヒロイン達を快く思っていない。
許可してしまったら、同じように快く思っていないジョシュアと二人で本当に始末するだろう。
「カイルには......一応、伝えてもらってもいいかな。心配するから放課後になってから伝えてね」
今伝えてもカイルハルトは手荒な真似はしないだろうけど、心配して先にアイリを問い詰めかねない。
「承知いたしました」
一礼をしたユリアは、事務員の顔へ戻るとファイルを持ち直して教室から出ていった。
放課後の図書館はほとんど利用する生徒もいないため静まり返っていた。
夕暮れの茜色が窓から射し込んで、本棚を染める光景は別世界へ足を踏み入れたみたいだ。
指定された海洋図鑑コーナーへ行くと、すでにアイリは椅子に座って待っており、私が来たことに気付くと立ち上がって手を振る。
手を振る姿は、無邪気な普通の女子高生にしか見えない。
「来てくれたのね。良かった~」
小走りで近寄ってきたアイリが私の手を両手握る。
近すぎる距離へ入り込む彼女の勢いに、口元が引きつってしまった。
「あの、話って何ですか?」
愛想笑いを浮かべて問いながら、やんわりとアイリの手を外した私は半歩下がる。
「いきなり本題? まぁいいか。貴女のお兄さんを紹介して欲しいの」
想定外だった呼び出し理由に、私は眉を顰めてしまった。
「紹介? 兄は多忙なので、紹介しても仕事を調整しなければ此方には来れませんよ」
私からの答えが不満だったらしいアイリは「え~」と唇を尖らす。
先日の夜会でアイリに会ったアレクシスは、あのヒロインとは恋愛なんて考えられないと嫌がっていたし、たとえ紹介したところで彼は絶対に仕事を調整してまで会おうとはしないだろう。
いい感じになっているレイチェルとの逢い引き時間を作るために、寝る間を惜しんで仕事を片付けていると側近からこっそり聞いたけれど。
「じゃあ、詳しいプロフィールを教えてくれない? それで判断するから」
プロフィールで判断するとは、また妙なことを言い出したなと、私は首を傾げてしまった。
「レオンハルトよりイケメンで、強そうでツンデレな感じなところが、隠しキャラかなって直感したのよ~。前はカイル君かと思ってたけど、好感度上がった感じはしないし全然イベント発生しないからきっと違うのね。ラクジットさんのお兄さんかもしれないから、紹介して欲しいのよ」
ニヤニヤ笑いながら楽しそうに言うアイリとは対照的に、私は異様な発言に閉口してしまった。
「隠しキャラ? 何を、言っているの?」
目の前で妄言を宣うアイリは、黙っていれば可愛らしい少女だ。
しかし、私には痛々しくて気持ち悪い存在としか思えない。
彼女の台詞を訂正するとしたら、アレクシスは隠しキャラではなく続編のメインヒーローだ。
たとえアイリにアレクシスを紹介したとしても、まだ出逢う時期ではないし暗黒竜は倒してしまったから、ゲームの続編は有り得ないため縁は繋がらない。
本気でイベントや隠しキャラと言っているアイリは、此処はゲームの世界だと思っているのか。
「お兄さんと仲良くなれば、悪役令嬢なんかよりヒロインの私の方が良いと分かるはずよ」
乙女ゲームを知らない者が聞けば、頭の中が愉快なことになっている子かと不安になるアイリの言い分。
一通り聞いて、私はある結論に達した。
いくら今時の女子高生だったとしても、家庭や学校で一般常識を学んで一般的な倫理観を持った普通の女の子ならば、婚約者がいる男子を略奪しようなどと、逆ハーレムでチヤホヤされようなど行動を起こさないだろう。
アイリ=サトウという少女は、この世界はプログラムされたゲームの世界で自分はヒロイン、ビッチな言動をしてもヒロインは全て補正されて許される存在なんだと信じて疑ってない。
人生経験が浅い高校生がゲームの世界だと信じ、ヒロインだと思い込んでいるなら、これまでの非常識な言動は仕方ないのかもしれない。
ゲーム設定のままのヒロインだったら、レオンハルトはあそこまで歪まなかったはずだ。
「えーっと、アイリさんには皇太子殿下がいらっしゃるでしょ? 恋人がいるのに浮気宣言するような方に兄は紹介出来ません」
断られるとは思っていなかったのか、10秒近くキョトンとした後アイリはくすりと笑う。
「レオンは恋人じゃなくて仲良しの友達よ? 何でヒロインの私に紹介してくれないの?ああ!? やっぱりアンタは、転生者でしょ? アンタが転入してから攻略が上手くいかなくなった、1にもSpecial版にもラクジットなんてキャラは出てこなかったし。知識がある転生者なら、モブチートってやつで色々やれるよね。アンタは誰狙いなの? 言っとくけどレオンハルトは駄目よ。レオンハルトルートは私のエンディング予定なんだから」
「モブ......」
一気に捲し立てるアイリに対して、私は自分がモブだと分かっていても見下されていると腹が立ってくる。
「私はねぇ転移者なの。ここじゃない世界、異世界になるのかな? からやって来たの。異世界転移して、好きなゲームの世界へ来れた上にヒロインになったなら、格好いい男子に甘やかされる逆ハーレムを楽しみたいじゃない。逆ハーレムを楽しんだらレオンハルトルートへ入って皇太子妃になるの」
腰に手を当てて芝居がかった仕草で宣言し、アイリは人差し指を当てる。
「だから、邪魔しないでね」
ニヤリと口角を上げた笑いは、少女なんかじゃない。
計算高い大人の女の顔だった。
彼女の行動は全ては計算、ゲームの知識も合わせて男達を攻略していったのだ。
「貴女は、本気でこの世界がゲームの世界だと思っているのね。全てがヒロインのために用意されているとでも思っているの?」
「当たり前じゃない。乙女ゲームはプレイヤー、ヒロインが満足するためのものじゃない」
胸を張って言い切ったアイリを、愛想笑いを消して私は真っ直ぐ見詰める。
「じゃあ尚更貴女には紹介出来ない。兄は幸せになってもらいたいもの」
ヒロイン補正を使って攻略などさせないし、暗黒竜の呪縛から解放されてようやく幸せを見つけかけたアレクシスの邪魔はさせない。
頭痛がしていて、私はこめかみを押さえる。
マズイ、これ以上は駄目だ。
学園の風紀を乱している上に、知らなかったとはいえ竜王の力を持つイシュバーン国王を怒らせたのだ。これ以上やらかしたら、学園長が黙ってはいないだろう。
この世界がゲームでは無いとアイリの目を覚まさせなければ、彼女とレオンハルトの行く末はバッドエンドしかない。
魔力抑制具を身に付けていて良かった。
頭が御花畑のヒロインと話していて、苛々した感情の揺れで魔力が暴発しかねなかったから。
妄想ヒロイン、続きます。




