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22.夜会という名の戦い

 ホール出入り口付近から聞こえてきたざわめきと共に、空気が変わっていったのを感じて、イチャイチャから我に返ったアイリは周囲を見渡した。


 ざわめきの中に、「レイチェル」という言葉が聞こえた気がして何事かと、レオンハルトの腕を引きながらアイリは出入り口の方へ向かう。


「はっ?」


 人の隙間から見えた、感嘆の声と羨望の眼差しを一身に浴びている人物を確認して、アイリは驚愕のあまり大きく目を見開く。


「何でっ? 誰よアレ?」


 ざわめきの原因、黒髪の美男子にエスコートされて歩いて来たのは、婚約者にエスコートしてもらえなかった哀れな悪役令嬢、レイチェル=サリマン。


 何度か目を瞬かせて見直すが、何時もの気の強そうな悪役令嬢といった雰囲気は皆無の彼女は、ドレスの色も相まってまるで可憐な白百合のような美しさを放っていた。

 光の加減で煌めくホワイトリリー色のドレスは、魔法を使える者なら魔力が込められたものだと分かるほど手の込んだもので、身に付けているアクセサリーは全て魔石を加工した物。扱いの難しい魔石を、ここまで加工出来る技術は帝国でも見たことがない。


 ドレスと装飾品もそうだが、何よりアイリを驚愕させたのは......レイチェルをエスコートをしている青年だった。


 長い黒髪を横に流してゆるく一纏めにして、黒色の燕尾服を着たとても整った顔立ちの青年は、時折蒼色の瞳を細めてレイチェルを愛しげに見詰めている。

 少年から青年への過渡期であろう年頃の彼は、レオンハルトと同等、いや、纏う雰囲気の分を差し引いても比較出来ないくらいの美形で、堂々とした立ち振舞いには王者の風格すら感じさせた。

 滲み出てくる色香でもあるのか、通りすがりに彼と視線が合っただけで頬を染める女子もいる。


 口元に手を当てたアイリは、「こんなのキャラは知らない」と呟いていた。



「レイチェル! これはどういうことだ!?」


 婚約者の自分にエスコートを断わられたレイチェルが、イヴァン以外の男を連れてくるとは思っていなかったため、レオンハルトは声を張り上げた。

 ホール内に響いたレオンハルトの大声に、生徒達は一斉に閉口し辺りは静まり返る。


「誰だお前は? 何故無関係な者が夜会に来ているのだ!?」


 生徒達が注目するの中、ズカズカ歩いて詰め寄ったレオンハルトは、今にも掴みかかる勢いでアレクシスへ問う。

 横柄なレオンハルトの態度に、顔には出さなくてもアレクシスが苛立つのが分かり、私は仕方無いかと溜め息を堪えて進み出た。


「無関係な者ではなく私の兄、アレクと申します。エスコート役でなら家族の参加も可、と生徒会からの夜会の案内書にありましたよ」


 念のため持ってきた案内書をカイルハルトから受け取り、眉を吊り上げるレオンハルトへ手渡す。

 難癖つけたくとも、案内書には生徒会長レオンハルトのサイン入りなのだから言い逃れは出来まい。


「殿下がレイチェルさんのエスコート出来ない、ということを聞いたので学園祭へ来ていた私の兄に頼みました。前日の夜の連絡ではお兄様のイヴァン様のご都合はつきませんからね」


 案内書に書かれていることには何も違反はしておらず、逆に生徒達の前で婚約者を蔑ろにしたと遠回しに批判されたレオンハルトは小さく唸る。


「レオンハルト殿下」


 黙ってやり取りを見ていたアレクシスが口を開き、私は冷や汗が背中を伝うのを感じた。


「殿下にお答えしていただきたい。帝国では婚約者のエスコートをせず、他の女子をエスコートすることは何も問題は無いのですか?」


 先程までレイチェルへ向けていた甘い表情を取り払った冷たい表情で、アレクシスはレオンハルトを見据えた。


「貴様っ、何が言いたい」


 いくら魔具で魔力を抑えて髪色を変えていても、瞳の色を変えるまでは魔力を抑えていないアレクシスの苛立ちを、本能で感じとっているらしいレオンハルトは威勢は良くても腰が引けている。

 外見も実力も勝てないのだから、あまりアレクシスを刺激しないでほしい。


 幼い頃、前世の記憶の擦り合わせをした時に彼が言っていた一番苦手、嫌いなタイプの攻略対象キャラはレオンハルトだったのだ。

 俺様、我儘キャラは嫌いな上に、お気に入りのレイチェルを貶める相手ときたら、何かしら理由をつけてアレクシスはアイリとレオンハルトをボコボコにする気だろう。


「いえ?俺はただ、明らかに政略上必要な婚約者を蔑ろにして、他の女を優先させているのが皇太子だということ、それを許している者達の常識を疑っただけだ。帝国では、皇子、皇太子は己を律し、国民の手本となる存在で無くともよいのだな」


 一人称が余所行きの私から俺に戻っているし、言葉を区切って言うアレクシスはわざとレオンハルトを煽っている。

 後ろに控える側近が止めたくても、アレクシスから放たれる圧力に圧倒され、周囲の者達は何も口を挟めない。


「何だと!? 俺を、帝国を敵にまわしたいか!?」


「だからなんだ? 貴方が喧嘩を売りたいのなら、受けてたつが?」


 正に売り言葉に買い言葉。

 不穏な空気が流れ始め、側近から助けを求める視線を送られる。

 そろそろ止めるかと私が動いた時、今にも掴みかからんばかりのレオンハルトの前へ、転移陣が展開されていった。


「盛り上がっているところ悪いけど、一時停戦してくれないかな。夜会の後、喧嘩したいなら止めないけど、喧嘩したら確実にレオンハルト殿下は死ぬよ。いいの?」


 呑気な声で喋りながら現れたのは、黒髪の少年、学園長だった。

 口元は笑みを形どっていても、冷たい光を宿した漆黒の瞳は真っ直ぐアレクシスを見ている。


「相手が悪すぎる。彼には喧嘩を売るな。と言うことで、レオンハルト殿下には夜会開始の挨拶をお願いします」


 有無を言わせない笑顔で、学園長は思考が追い付いていないレオンハルトの腕を掴んだ。




 学園長に引き摺られて壇上へ上がった生徒会長レオンハルトの夜会開始の挨拶により、学園お抱えの楽団が軽快な音楽を演奏し生徒たちはパートナーとダンスを始める。


 一曲だけレイチェルとダンスを踊ったアレクシスは、女子達からのダンスの誘いを軒並み断りながら、料理が並ぶテーブルへ向かった。

 さっさとあの場から逃げ出し、満面の笑みで旨そうに料理を食べている片割れに対して苛ついて眉間に皺が寄る。


 “今はコイツを見逃して欲しい。後々、君の望みを叶えるよう口添えをするから。素直に退いてくれたら、この後の多少の無茶も許そう”


 学園長だという魔族が現れた時、頭の中へ直接響いてきた声にも苛立ったが、もっと腹が立つのはレオンハルトとヒロインだろう女子の二人。

 学友に声をかけられたレイチェルが離れた途端、腕を絡ませてきたヒロインを撒くのは面倒だった。

 無茶を許すと学園長の許可も下りたことだし、持ちつ持たれつで片割れにも協力してもらおうか。


 「ラクジット、探したよ」


 余所行きの笑みを浮かべ、アレクシスが気配を消しながら声をかければ、吃驚したらしい片割れは盛大に噎せた。




 夜会開始直後、カイルハルトと一曲踊り、その後すぐに壁際の椅子へ移動して一口大のタルトを食べていた私は、真っ直ぐ此方へ来るアレクシスの不機嫌な様子から嫌な予感がして口元をひきつらせる。

 飲み物をトレーへ乗せて配っていた給仕係から果実水入りのグラスを受け取り、戻って来たカイルハルトも何事かと顔を上げた。


「結界を張るから協力して欲しい」


 側に来た途端、アレクシスから言われたことの意味を一度では理解しきれず、頭の中で二度復唱してやっと理解した。


「えっ、何で?結界内でレオンハルトをボコボコにする気?」


 先程のやり取りでアレクシスはかなり苛立ってたし、結界内へレオンハルトを拉致して憂さ晴らしでもする気か。


「阿呆、今ボコボコにしたら国際問題になるだろうが。今はまだ殺らない。ビッチと馬鹿皇太子の手の者がちょっかいかけてきたら嫌だから張るんだよ。レイチェルと離れた途端に、あのヒロインが擦り寄ってきたんだ。何なんだアイツは」


 完全に、狩人の目をしてアレクシスを見ていたアイリを思い出して、早速アタックしていたのかと私は苦笑いになる。


「えーっと、レイチェルに手は出さないよね?」


 結界を張るということは、つまりは二人っきりになりたいけど一応皇太子の婚約者だし、人目が気になるということで。


「いきなりがっついてきたら普通の女の子はドン引きするだろ。そんなのに応じるような女は、ヒロイン脳のビッチくらいだ」


 婚約者や恋人がいる相手に、アタックする女はビッチとしか思えないと言っていたアレクシスは、はっきりそう吐き捨てた。



学園長に止められて、アレクシス無双は出来ず。

夜会が1話で終わらなかった。続きます。

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