21.夜会へのエスコート
視点が途中で代わります。
可愛い女子生徒がメイド姿で接客してくれサンドイッチも美味しい、と口コミで広まった2年B組のカフェは午後も大盛況で、閉幕時刻よりもずっと早く全メニュー完売という快挙を達成した。
片付けを終え、今回友好を深めたクラスの女子全員で他のクラスの出し物を見学しに行ったり、ガールズトークに花を咲かせて楽しく過ごした。
中庭のランチでのこと、主にアレクシスのことを訊かれた時は、レイチェルが真っ赤になってしまったのが可愛いくて、私はにんまりと笑う。
夕刻となり、学園祭昼の部は花火が打ち上げられて終了。
夜の帳が下りると、夜の部、夜会が開始される。
寮の自室へと戻った私は、メリッサとユリアに手伝ってもらい夜会用のドレスへ着替え、髪と化粧を整えてもらった。
姿見に映る自分の姿に違和感があるのは黒髪焦げ茶色の瞳だからか、普段纏わない光沢のある深紅のイブニングドレスを着ているからか。
編み込みをアレンジして結い上げた黒髪に映えるよう、髪飾りは艶を消した金と石榴石のアクセサリー。
化粧は大人っぽく艶やかな印象で、メリッサは元の色合いだと出来ない化粧が出来る、と言って楽しんで施していた。
寮の建物から出ると、数人の男子生徒がパートナーの女子生徒を迎えに来ており、扉から出てきた私へ彼等の視線が一斉に注がれる。
寮の扉の前へ立つ私へ燕尾服を着たカイルハルトが手を差し伸べると、男子達は一歩下がって道を開けた。
「お待たせ」
「いや......」
横を向いたカイルハルトは片手で顔を覆う。
ドレスが似合わないのかと心配になり、私はしょんぼりと眉尻を下げた。
「ラクジット、その、綺麗だ」
繋いだ手からカイルハルトが緊張している感情が伝わってくる。
どうしたのかと見上げれば、覆っていた手のひらを外したカイルハルトの顔は、ほんのりと赤く染まっていた。
照れている時の顔だと気付き、私は笑顔になる。
出会ったばかりの頃、遠慮ばかりしているカイルハルト初めて手を繋いだ時と同じ表情。
「ありがとう。カイルも凄く格好いいよ。次は、元の色で正装した姿を見せてね」
黒髪に眼鏡のカイルハルトもクール男子で格好いいが、元の金髪での正装姿も見てみたい。
「元の姿......」
私の言葉に何か引っ掛かったのか、カイルハルトは目を伏せる。
「何でもない。行こう」
カイルハルトの腕に掴まり、長いドレスの裾が階段で擦れないよう気を付けながら歩く。
馬車を使う距離でもないが、徒歩だと会場まで行くのは時間がかかるため、ドレスを汚さないよう慎重に歩いて行かなければ。
(アレクシスはちゃんと迎えに言ったかな? あのドレス、胸を強調するから胸ばっかりみてなきゃいいけど)
「ぅきゃあっ!?」
考え事をしていた私の背中と膝の裏に手を当てられ、ひょいっと抱き上げられた。
所謂、お姫様抱っこをカイルハルトにされたのだ。
「こうした方が早い」
しれっと言うカイルハルトは、何を言っても下ろしてはくれないだろう。
このまま行くのは恥ずかしいが、仕方無いと諦めて私はカイルハルトの首へ手を回した。
***
サリマン侯爵邸のエントランスで待っていたアレクシスは、緩くカーブになっている階段を下りてきたレイチェルを見上げて、大きく目を見開いた。
緩く結われた金髪は蜂蜜の輝きを放ち、ホワイトリリー色のドレスの布地は、金糸を混ぜて織られているため動く度にキラキラと煌く。
ドレスの胸元は大きく開いているが下品には見えず、胸元と裾に施されているミッドナイトブルーの刺繍には、よく見るとターコイズ色の糸も混ぜられており、仕上がったドレスを見せてもらえなかったアレクシスは体が熱くなるのを感じた。
ホワイトリリー、白百合の花言葉とさりげなく混ぜられた自分の瞳の色。
作為的なものだと分かっていても、これでは意識してしまうじゃないか。
「お待たせして申し訳ありません。あの? どうなされました?」
吊り目で気が強そうな令嬢が、不安げに上目遣いで見上げてくる破壊力はかなりのもので、アレクシスはレイチェルからの顔から目が離せなくなる。
「あ、いえ。貴女の姿があまりにも可憐だったので、つい、見惚れてしまいました」
意識して熱くなる熱を誤魔化すため微笑めば、レイチェルの全身が真っ赤に染まる。
「まぁっ、そんな......うっ、嬉しいです」
頬に手をあてて真っ赤に染まった頬を隠すレイチェルが可愛く思えて、アレクシスは頬を隠す白い手に自身の手を重ねるように添えた。
「今夜は、私を貴女の婚約者と思い接してください。そして、貴女を蔑ろにした愚かな皇子に仕返しをしましょう」
「仕返し?」
「ええ、こんなにも貴女は可愛らしいお嬢さんだと見せ付けてやるのです。今夜だけ、貴女の肌へ触れるのを許可して下さいますか?」
「......はい」
ゆっくり頷いたレイチェルの傍へ、流れるような動作でアレクシスは跪くと白い手の甲へそっと口付けを落とした。
***
夜会開始時刻まであと少しとなり、会場となる学園中央棟大ホールには生徒達が続々と集まっていた。
天井から豪奢なシャンデリアが吊り下がるホール中央では、フリルと真珠で装飾された可愛らしいピンク色のドレス姿のアイリが、はしゃぎながらベルベットの燕尾服を着たレオンハルトへしなだれかかっていた。
髪にはピンクダイヤと真珠の髪飾り、耳と首元にも大粒のピンクダイヤのアクセサリーを身に付けたアイリは、物語のお姫様になったような気分で会場を見渡す。
婚約者がエスコートしてくれない悪役令嬢は外聞を気にしてか、まだ会場入りしていないと内心ほくそ笑んだ。
「アイリ、やはり君が一番綺麗だ」
甘く囁きながらレオンハルトはアイリの黒髪に口付けた。
「レオンも凄く格好いいわ」
髪に触れるレオンハルトの手にアイリは指を絡ませて、甘えるように頬擦りをする。
先日の学園内での魔法使用未遂、無差別攻撃魔法を使用したとして停学処分を受けた取り巻きのアーベルトは夜会には参加出来ず、生徒会の仕事を放棄したと父親と兄からギッタギタに締め上げられたルーベンスは、誓約魔法をかけられて婚約者のエスコートをしているため、アイリの側から離れていた。
邪魔するものは誰もいないとばかりに触れまくるレオンハルトに対し、口では駄目といいつつアイリは受け入れている。
イチャイチャしている二人とは極力関わらないよう、周囲の者達は一歩も二歩も引いているせいで、彼等の周りだけぽっかりとピンク色の空間が出来ていた。
学園祭の夜会だから多少羽目を外してもいいのだろうが、ホールの真ん中を陣取ってピンク色の空気を撒き散らすのはどうなのか。
会場入口まで、カイルハルトにお姫様抱っこをされて来た私でも、ああいうのは会場外でやってくれと思う。
隣にいるカイルハルトも小さく「馬鹿か」と呟き、珍獣を見る目で二人を見ていた。
学園祭の夜会で、婚約者の悪役令嬢ではなくヒロインを選んでエスコートした皇太子から愛を囁かれる場面は、確かゲームではハッピーエンドへ到達するのに必要なイベントだった気もする。
前世の記憶では、綺麗なスチルとレオンハルトからの愛の囁きボイスに悶えていたが......現実となると全く違って見える。
改めてイチャイチャしている二人を見たら、周囲の状況と空気を全く読めない馬鹿、もとい痛々しい二人にしか見えない。
子爵令息だという婚約者と共にやって来たアマリスは、アイリとレオンハルトを見て露骨に眉を吊り上げた。
「何故、殿下はアイリ嬢をパートナーにしているの? レイチェル様はどうなさったのかしら?」
広げた扇で口元を隠し私に耳打ちをするアマリスへ、私は唇に指を当てて大丈夫と伝えた。
「もうすぐ着くと思うよ。物語の主役は遅れ気味で登場して周囲の注目を浴びるものでしょ?」
ザワリッ
私が言い終わるや否やくらいのタイミングで、ホール出入り口付近からざわめきく声が広がる。
「ほら、やっぱり」
ピンク色の空気を塗り替えるような雰囲気を纏った二人の登場に、空気を読まないヒロインの敗北を確信した私は満面の笑みを浮かべた。
白百合の花言葉は、純潔・威厳 です。




