18.カイルハルトの憂い
拗らせ気味なカイルハルトの話。
学園祭を後二日後に控え、生徒達は落ち着かない様子で準備を行っていた。
それもそのはず、学園祭の日だけは学園内への出入りは来園人数の入場制限はあるもののほぼ自由となり、お祭りと学校見学を兼ねて帝都中の人々が押し寄せるのだ。
そして、学園祭では各クラスごと趣向を凝らした内容の店を出し、来園者の投票によりその年の最優秀クラスが決定する。
生徒達は最優秀クラスとなるため、一致団結して出し物の製作に取り掛かっていた。
だが、ただ一クラスだけ盛り上がりに欠けるクラスがあった。
そのクラス、2年A組の出し物は色々問題を起こしてくれる、アイリ=サトウの案をレオンハルトがごり押しした紙芝居。
当初は演劇の予定だったのだが、演劇は演劇部が行うこともあり代替え案とした出されたのは紙芝居だった。
ごり押ししたアイリとレオンハルトは、イチャイチャしてばかりで指示しか出さないとなれば、半数の生徒がやる気を無くしても仕方がないというもの。
気持ちが入っていかないせいか、出し物である紙芝居も雑な仕上がりとなっていた。
因みに同じ2年生のB組は、軽食やスイーツを販売する屋台の出店準備をしている。
メニューの原案は、ラクジットがイシュバーンでよく作っていた、フルーツとクリームを薄い生地で巻いたクレープと、パンの間にベーコンやトマトを挟んだ、サンドイッチにアレンジを加えるらしい。
販売メニューに悩んでいた実行委員へ、ラクジットが友人へのお裾分けするため多目に作ったランチを配ったところ、満場一致で決定したという。
さらに売り子の衣装は、実家が商会をしている女子生徒がデザインし女子全員で手作りしたもので、メリッサ曰く「とぉっても可愛らしいですよ!」というお揃いの衣装。販売する屋台は、男子全員が放課後遅くまで残って作成していた。
ただでさえ、横暴なレオンハルトへの不満で雰囲気が悪いA組の生徒達が、可愛らしい衣装を着て学園祭を楽しんでいるB組の生徒を見たら、暴動を起こすんじゃないかと悪趣味なオスカーは楽しそうにしている。
何てことだ。
可愛らしい衣装をラクジットが着てしまったら、面倒な男達が彼女へまとわり付くのは容易に予想がつく。
クラスが違うせいで、常にラクジットの傍に居て男達を駆除出来ないのが腹立たしい。
胃もたれに似たムカムカした気分を抱え、帰りの支度をしようとカイルハルトはロッカーへ向かう。
ロッカーに仕舞っていた鞄の上へ、白い封筒が置かれていることに気付き眉を顰めた。
漂白された上質な紙の封筒は、平民はあまり使わない。
封筒に触れると、僅かに魔力の痕跡があるのが分かった。
ロッカーへ手を突っ込み動かないカイルハルトの背後から、不審に思ったオスカーが手元を覗き込む。
「おっ何だ? 恋文ってやつか? いいなー。教室のロッカーへ入れるとは大胆だなー」
お堅いカイルハルトの珍しい状況に、オスカーはニヤニヤ含み笑いを浮かべた。
「ラクジットちゃん一筋のお前にアタックする強者は、アイリだけかと思ってたのにって、どうした?」
何時も通り、カイルハルトが「うるさい」と裏拳でもしてくるかと思って身構えていたオスカーは、手紙を見詰めて黙ったままでいるカイルハルトの様子に違和感を覚える。
「......悪いオスカー、この後の鍛練には付き合えない」
「あー、分かったよ。しっかりケリを着けてこい」
うんうん、と頷いたオスカーは、カイルハルトの背中を優しく叩いた。
力一杯叩かれた肩を擦りながら、カイルハルトは手紙で指定された場所へ向かっていた。
身に覚えがあるのか、オスカーは完全に手紙の差出人とは、痴情の縺れがあった関係だと勘違いしている。
B組の近くでラクジットの護衛をしていたジョシュアに鞄を渡し、ジャケットを脱ぎネクタイを外して、服装は動きやすいシャツと黒いスラックスのみとした。
学園生活では許可無く帯刀出来ないため、ジョシュアに預けていた漆黒の魔剣を受け取る。
放課後の鍛練の時間は、クラスも寮も離れてしまった学園生活の中で、長くラクジットと共に居られる時間。
大事な時間を奪われた苛立ちは、わざと魔力の痕跡を残した相手へと向かう。
「相変わらずふざけた奴だ」
“秘密の場所で、偽装を解いた君を待っている”
オスカーに逢い引きだと勘違いさせた手紙の魔力で、誰が差出人かは既に分かっている。
唇を噛んで、カイルハルトは手に持つ手紙を握り潰す。
走っていく距離ではない。周囲に人目が無いことを確認し、転移魔法陣を展開した。
転移したのは王宮の一角、皇后宮の外れにある丘の上。
此処は、王宮の中でも警備網の盲点となっている場所で、幼い頃は父親に連れられて登城した幼馴染み達との遊び場だった。
幼馴染み達との待ち合わせの場所としていた大木、ほのかに甘く香る白く小さな花の群生。
記憶の中の風景と変わらない景色とら、心地よく吹く風に、カイルハルトは目を細める。
カサリッ
宮殿敷地内は、魔法封じの結界が張られているせいで感覚が鈍くなっていたとはいえ、近付く者の気配に気づけなかった。
草を踏む足音で、幼馴染みではないと判断する。
己の失態に小さく舌打ちをしつつ、直ぐに抜けるよう剣の柄を握りカイルハルトは振り向いた。
「あっ」
向けられた殺気に気圧され、固まったのは学園の制服を着た黒髪の少女。
「お前は......」
見知った少女が何故此処に居るのかと、カイルハルトは僅かに目を瞬かせた。
偽装を解いていたからか、少女は振り向いた青年がクラスメイトだとは気付いてはいない。
警戒を解いていないカイルハルトへの怯えから、女子の喉がコクリッと上下した。
「私、貴方の敵ではないわっ此処には偶然来たの。その、道に迷っちゃって......」
「偶然だと? 此処は、偶然来れるような場所ではない」
今居る場所は、鬱蒼とした森と岩だらけの獣道を抜けなければならず、目前に立つ少女の細い足では到底辿り着けはしない。
「本当よ! 皇后様のお庭を散策していたら迷子になって、古い転移門を見付けて入ったら此処に......」
少女のした古い転移門に心当たりがあったカイルハルトは、小さく「なるほど」と呟いた。
「まだ動いたのか」
転移門を設置したのは、幼い頃のカイルハルトと幼馴染み達。作った者が定期的に魔力を注入しなければ門は使えない。
転移門が未だに動いたということは......
「私はアイリ=サトウ。皇后様にお世話になっているの。ねぇ、貴方は病気療養中の第一皇子様?」
少女、アイリ=サトウは大きな焦げ茶色の瞳に確信めいた光を宿し、じっとカイルハルトを見上げる。
「何のことだ」
「貴方はカイルハルト皇子でしょう? だって、皇帝陛下によく似ているもの」
大嫌いな言葉を言われ、カイルハルトの眉間には皺が寄った。
“皇帝陛下に瓜二つ”
幼い頃から、父親の側近達から勝手に言われ続け、父親のように優秀な皇帝と成るように期待されてきた。
“皇帝陛下”はカイルハルトにとって、父親であり嫌悪する相手。
数ヶ月遅く生まれた腹違いの弟は、周囲から甘やかされているのが羨ましくも妬ましくて、レオンハルトに立場を代わって欲しかった。
母親が皇后だった幼い頃、拷問のような勉強に堪えきれず逃げ出して、無我夢中で走っているうちに巡り着いたのがこの場所。
母親を殺害した現皇后の放った追手から逃げ、目指した場所も此処だった。
「......皇后に報告するのか?」
肯定するならばアイリを殺すつもりで、カイルハルトは剣の柄を握る。
「報告なんかしない。私は貴方の敵にならないって言ったでしょ」
首を横に振ってアイリはぎこちなく微笑む。
「皇后様やレオンハルトから貴方のことは聞いているわ。貴方のお母様のことも」
「黙れ」
苛立った低い声で言うカイルハルトからの殺気を感じ取り、アイリは一瞬怯むが、二度口を開いた。
「私だったら、レオンハルトに頼んで皇帝陛下へ謁見を申し込める。皇帝陛下に直訴すれば、貴方は皇子の立場へ戻れるかもしれない」
ハッ!と乾いた笑いがカイルハルトの口から漏れた。
「戻ってどうする? 皇后が俺の存在を認めるはずは無い。認めてしまったらあの女の仕出かした、前皇后暗殺と第一皇子暗殺未遂の罪が露呈するからな。お前の大事な、レオンハルトの立場も揺らぐぞ」
「それでも......それでも私は、カイルハルト、貴方を救いたいの!」
両手を胸元へ当て、神に祈るための仕草でアイリは懇願する。
「お願い......」
涙を溜めた大きな瞳を潤ませ、眉尻を下げて小刻みに体を震わせる姿は、儚げで見る者の庇護欲を掻き立てられる。
大概の男は、戸惑いながらも彼女を受け入れてしまうだろう。
「私を信じて」
今にも零れ落ちそうな涙を瞳に湛えたアイリの姿が、大事な彼女の姿と重なっていく。
“私と一緒に足掻いてくれる?”
幼いカイルハルトに身分と、自身が抱えている事情を明かしたラクジットは、強い意思を宿した蒼色の瞳を向けそう問いかけてきた。
「一緒にいく」ことを了承したのに、何故か「ごめんね」とラクジットが泣きだして慌てふためいたことを思い出し......カイルハルトは口の端を吊り上げる。
「俺が、皇后とレオンハルトを恨み、暗殺を企てているとでも勘違いしている様だが......」
五年前だったら、ヴァルンレッドに拾われてラクジットに出会う前だったら、復讐心が生きる糧だった。
皇子から奴隷に身分を堕とされ、地を這うように生き苦しみもがいて伸ばした手を、天使が掴んでくれたあの日から復讐心など薄れていったのだ。
「俺はもうとっくに、救われている」
救ってくれたのは、救ってあげたいと宣う、目前に立つ高慢な少女ではない。
“もう大丈夫だよ”
闇に堕ちかけた自分を救ってくれたのは、伸ばした手を握り、煌めく光を纏って屈託なく笑った天使だった。
「甘言を吐き丸め込みたかったようだが、残念だったな」
冷たく言い放てば、アイリは目を見開いた後、目元と口元を悔しそうに歪ませた。
黒い魔剣は、ヴァルンレッドから託されたものです。
次話へ続きます。




