16.魔法演習授業①
ヒロインとアーベルトに喧嘩を売られたのは昨日のこと。
今日は一日特別日課が組まれており、午前中はA組B組合同の魔法演習授業に出なければならないとあって、私の気分は晴天の空と反比例して落ち込む一方だった。
あのギスギスした場面に乱入した、カイルハルトとオスカーの方が同じクラスの分気まずいと思うが、彼等は至って普通の態度で過ごしている。
元皇子兼現騎士と、騎士を目指しているオスカーは、やはり強靭な精神力を持っているようだ。
「気が重い......」
気分が乗らないのは、昨日の出来事以外の理由もあった。今朝、着替えの最中に思い出してしまったのだ。
アーベルトルートのイベントに、魔法演習授業でヒロインと悪役令嬢レイチェルが対決する、というものがあったと。
確か、魔石で魔力を増幅させたレイチェルの魔力が暴走し、制御不能になった魔力がヒロインへ襲い掛かったのをアーベルトが盾となって庇う。という内容だった、気がする。
保健室へ運ばれ治療を受けているアーベルトに、ヒロインが泣きながら抱き付くというシーンを見て前世の私はキュンッとしたものだけど、よく考えたら治療中に抱き付くとか保健医の先生の邪魔にしかならない。
今のレイチェルが魔石を使って魔力を増幅するとは思えないが、あの過激なヒロインなら何かやりそうだなと、私は頭を押さえた。
「魔法演習授業はクラス別の試合形式で行われますわ。前回はA組が勝利して悔し涙を流しましたから、今回こそ皆さんヤル気満々ですわ」
多分、クラスで一番闘志をギラギラさせているアマリスは、私のやる気の無さに気付かずに、演習では魔法しか使ってはならない、くじ引きで対戦相手を決める等の解説を続ける。
「私としたら、ラクジットさんにあの失礼な方をコテンパンにして欲しいのです!」
失礼な方、と言うのは例のヒロインのことだろう。アマリスの声が届いたB組女子達が一斉に振り返り、無言でコクコクと頷く。
あのヒロイン、どれだけ女子の敵を作っているんだ。
「あの、それならアマリスさんが、コテンパンにしたらいいんじゃない?」
演習場の端と端に分かれて準備体操をしているため、幸いなことにこの会話はA組には聞こえはいない。
これ以上ヒロインと関わりたくないし、取り巻き達に突っかかってこられたくない私は、ホッと胸を撫で下ろした。
「出来たらそうしたいのですが、悔しいけれどあの方は魔力が強くて、私では勝てないの。しかも貴重な光属性をお持ちだし」
心底悔しそうにアマリスは眉を寄せた。
A組の後方で取り巻きと準備体操をしているヒロインを見て、あれ?と私は首を傾げる。
「レオンハルト殿下がいない?」
何かが足りないと思ったら、ヒロインの取り巻きで一番キンキラしたレオンハルトの金色が足りない。
ふと思い返せば、レオンハルトは昨日も一緒に居なかった。
「急に体調を崩されたらしく、昨日から欠席なさってるようですわ」
一旦言葉を切ると、アマリスは猫みたいに目を細めて私の耳元へ顔を近付けた。
「ここだけの話、学業と生徒会長の仕事を全うしていないと皇帝陛下から咎められて、謹慎を言い渡されたらしいの」
成る程。それでは学校に来れないな。御愁傷様というか、皇帝に謹慎を言い渡されたなら、レオンハルトはもう救えないかも。
「二人ともどうしたの?」
魔法学の教科係達とくじ引きの準備を手伝っていたレイチェルが戻ってきたため、私とアマリスは笑って誤魔化す。
関係は冷めきっているとはいえ、レオンハルトの婚約者であるレイチェルには聞かせられない。
教師の指示に従いクラス別に並んだ生徒達は、対戦相手を決めるため学籍番号順にくじ引き用の箱へ手を入れて番号が書かれた玉を引いていく。
箱から引き当てた玉に書かれた番号と、ホワイトボードに貼り出された対戦表に書き加えられた番号を見た私は、思わず顰めっ面になった。
(対戦相手はカイルかと思ってたけど、こうくるか。これは、裏でエルネストが操作したな)
ホワイトボードの対戦表に書かれた私の対戦相手は......アーベルト=ヒューズ。
相手にとって不足なしだが、私とアーベルトが対戦する隣の演習場では、アイリ=サトウとレイチェルの組み合わせというのも教師陣の裏工作を感じる。
まさかのくじ引き結果となり、対戦表を見たレイチェルは顔を顰めていた。
「何故アイリの対戦相手がレイチェル=サリマン何ですか!!」
結果を見て、アーベルトは女性教師へ食って掛かる。
レイチェルの名前を呼び捨てにするアーベルトに対して、近くにいた女子達は嫌そうに離れていく。
私とレイチェルが違う演習場で、同時刻の対戦でよかったかもしれない。時刻がずれていたら、絶対にアーベルトがレイチェルの邪魔をするからだ。
妙な動きがあれば排除するようにと、気配を消して物陰に控えるジョシュアへ私はそっと指示を出す。
「レイチェル様ならきっと大丈夫ですわっ!」
「そうですよっ! 調子に乗っているアイリ様へ、お灸を据えるいい機会ですわ!」
「レイチェル様っ! 私の代わりにアイリ嬢を懲らしめてください!」
クラスの女子達が次々とレイチェルを励ます。
中には涙ながら、婚約者がヒロインに心奪われてしまい彼女に都合よく使われていると、涙ながら訴えてきた男爵家令嬢もいた。
苛められていると、ヒロインは周囲の男子達へ訴えていたが、これだけ女子から反感を買っていたら苛められも仕方ないと思う。
それでもヒロインが「苛められた」と感じたら、彼女の取り巻き達に伝わってしまい、レオンハルトやアーベルトから睨まれるから怖くて表立って文句は言えないらしい。全くもって納得がいかない。
キィンッ!
カイルハルトが張った風の魔法障壁が、向かって来た炎の矢全てを吹き飛ばす。
「くそぉっ!」
攻撃魔法を弾かれた男子生徒は、全魔力を込めて炎の槍を放とうと魔力を練る。
魔法が完成する直前、彼の周囲を赤い魔法封じの魔方陣が取り囲んだ。
ボスンッ
放つ直前に封じ込められてしまい、不発に終わった攻撃魔法は男子生徒に跳ね返り、呻いた彼の体からぶすぶすと黒煙が立ち上った。
審判をしている男性教師がカイルハルトの勝利を告げ、A組生徒から歓喜の声、B組生徒からは落胆の声、女子生徒からは黄色い悲鳴が上がる。
「剣技だけじゃなく強い魔力をお持ちだなんて、カイル様は素敵ですわ~」
うっとりとした表情で、カイルハルトを見詰めるアマリスは頬を染めた。
「あっ、此方見た! ラクジットさんを気にしているのかしら?」
「お二人は幼馴染みなんでしょ? 羨ましいわ~」
きゃっきゃっとはしゃぐ女子達へ、私は曖昧な笑みを返す。
目立ちたく無いのに、時々こうやってカイルハルトが私のことを気にするせいで、ヒロインからの刺々しい視線が突き刺さり精神が削られるのだ。
私の試合順が回って来た時、クラスの対戦結果は五分五分。
最終試合となる私のレイチェルの試合結果で、クラスの勝敗が決まるということとなり、両クラス全員が声援を送る。
演習場の中央へ行く途中、審判のエルネストと目が合う。
「どれだけ許されます?」
「度を越さなければ。小僧の鼻っ柱をへし折るくらいなら許そう」
許そう、じゃなくて鼻っ柱をバキバキにへし折ってこい、と言うことか。私は苦笑いで頷いた。
演習場の中央へ立ち、私はアーベルトと向き合う。
ジャージの左手袖を捲り、アーベルトは左手首にはめられた銅色の腕輪を私へ見せた。
「ラクジット嬢、僕は手加減はしない。覚悟するんだな」
カチリッ、アーベルトは留め具を外して腕輪を手首から抜き取る。途端に溢れ出す魔力に、A組の生徒から歓声が上がった。
ゲームのアーベルトルートで魔力抑制装具を外すのは、最終ボス、彼の父親である魔術師団長と戦う前だったはず。
(これじゃあ私がラスボスじゃないの)
クスリと笑って、私は右耳に着けているカフスを外す。
生け贄からラスボスへとランクアップしたのかと、私は可笑しくなった。
カフスを外して抑えていた魔力が解放され、グニャリと視界が歪む。
片方の視界クリアに見えて、両目だと歪む視界で目眩がしてきた私は首を振った。
長くなったので、次話に続きます。




