14.突拍子もない言動
普段の週末より遅い時刻に、転移魔法を使って国王の部屋へ現れた双子の片割は、妙にご機嫌でアレクシスは嫌な予感に襲われつつ彼女を出迎えた。
自室の一つ、応接間のソファーに座りながら片割れからの学園生活の報告と、友人宅でのお茶会の話を聞いて、時折相槌を打つ。
しかし、楽しい話は段々と不穏なものとなっていき、アレクシスはズキズキと痛みだしたこめかみを親指で押さえた。
「ーと言うことで、アレクシスにレイチェルのエスコートをしてもらいたいの」
にっこり笑って、良案でしょと言ってやればアレクシスはガックリと頭を垂れた。
「何で俺がエスコートしなきゃならないんだよ。悪役令嬢の兄がエスコートする、でいいじゃないか」
「レイチェルはゲーム以上の美人だし巨乳だし、悪役令嬢って言うより常識的な頭の良い令嬢だったよ。皇子妃教育もバッチリ受けていて魔力も強いから、アレクシスの婚約者候補になれるでしょ? 前、言ってたじゃない。ヒロインよりレイチェルの方が外見は好みだって」
まだ私が離宮に軟禁されていた頃、確かにアレクシスは悪役令嬢が好みのタイプと言っていた。
話したことを思い出したらしいアレクシスは、グッと言葉に詰まる。
「夜会に出るってことは、ヒロインと顔合わせなきゃならないんだろ。あのヒロインとは関わりたくないんだよ。強制力とやらが働いたらどうするんだ」
「あのヒロインには惚れないと思うけどなぁ。ちょっとキャラが強烈過ぎるからね。もしも、強制力が働いたら殴って正気に戻すから安心して。先だっては、レイチェルにドレスを贈ってくれない? イシュバーン特産の絹織物は帝国には流通していないし、アレクシスの瞳の色に合わせて翡翠の粉を使ったドレスも素敵だよね」
一国の王様がエスコートするのなら、ドレスくらい贈ってもらわなければ。もしも、レオンハルトがエスコートしに来てもドレスの色をレイチェルの瞳にも近い色にすれば、誤魔化しはきく。
サリマン侯爵邸を出る前イヴァンに確認したが、ここ半年間は、レオンハルトからドレスはおろか花の一本も贈られては無いという。
恋愛感情が無いとしても、あからさまに拒否する態度は婚約者として駄目過ぎる。
「執務の調整をしなければ参加出来ない。少し考えさせてくれ」
「陛下」
音も無く現れ、私達の側へ歩み寄った執事服を着た男性、アレクシスの側近ヘギングは、一礼すると黒革の手帳をペラリと捲った。
「調整は全て私にお任せください。直ちに、夜会の時間を空けられるように予定を組み直します」
「流石ヘギング、調整はお願いね。優秀な側近がいて良かったね」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げて、ヘギングはアレクシスの傍らへ控える。
「時間無いし、メリッサに頼んで色々手配してもらわなきゃっ! ドレスは妖精達に頑張って貰えば間に合うかな。アレクシス、詳しい話は夕食の時にしましょう!」
勢いよく立ち上がった私は、ヘギングへチラリ視線を送り小走りで扉へ向かった。
「......相変わらず、ラクジットは話を聞かないな」
言いたいことだけ言って、さっさと立ち去ったラクジットに文句の一つも言えず、アレクシスは苦笑いを浮かべた。
有無を言わせない強引さも、裏には彼女なりの考えがあってのもの。
前世の知識があり、今まで暗黒竜から生き延びるのに必死だったせいか、どうしても慎重になりすぎる自分の性格をよく分かっているのだ。
慎重になりすぎて、婚約者候補を決めかねている上に、周囲からの早く妃を娶るようにという声が煩くなってきたのを、ラクジットは知っている。
レイチェルを助けるためでもあり、アレクシスの周囲を黙らすためのラクジットなりの気遣いだろう。
「陛下。ご令嬢へ贈られる装飾品の手配は私めにお任せください。ご令嬢のお姿は、ラクジット姫様から今見せて頂きましたから」
「ヘギング......」
念視を送る等、手際が良すぎるラクジットとヘギングに、アレクシスは口元をひきつらせた。
別に、エスコートをするのは嫌ではない。ゲーム画面で見た、薔薇のように華やかな悪役令嬢には会ってみたいとは思う。
ただ不安なのは、早く婚約者を決めろと、自分をせっついていた側近達へこの話が広まったら......彼等は一気に花嫁衣装まで手配しそうだ。
先走られたら、当事者となる自分とレイチェルの気持ちはどうなる?
困惑した表情で、アレクシスは天井を仰ぎ見た。
***
週末、イシュバーン王国へ戻りメリッサや仕立職人達とドレスのデザインを決めていたせいか、週明けの私の頭は疲れて相当気が抜けていたらしい。
珍しく朝寝坊をするし、魔力抑制のカフスを耳に着けてないことを出発直前まで気付けなかった。
「ちょっといい?」
事前に気配を察知して遭遇するのを回避していたのに、声をかけられるまで彼女の存在に気が付けなかったなんて。
ついでにと言われてレイチェルのドレスだけでなく、私のドレスを作り出した仕立職人に深夜まで付き合わされたせいだ。
「私に何か?」
拒絶の感情を顔に出さないよう、自然な表情をつくって私はヒロインこと、アイリ=サトウに応える。
「貴女に頼みがあるんだけど」
「はぁ」
人に何かを頼む態度ではない、腕組みをした偉そうな態度でヒロインは言う。
俺様キャラのレオンハルトなら偉そうな態度は分かるが、彼女の後ろには敵意剥き出しのアーベルトだけしかいない。
「ラクジットさんってエルネスト先生の弟子なんでしょ? エルネスト先生に、私も個別指導して欲しいの。貴女から指導をお願いしてくれない?」
腕組みしたまま“お願い”されても、了解したくもなくて、つい私は眉を寄せてしまった。
鬼畜師匠に個別指導を受けたいなどと、ヒロインだから彼女の頭の中はお花畑なのか。
「個別指導、ですか? うーん、エルネスト先生は、私が口添えしても無理だと思いますよ。完全な実力主義だし、私も直ぐに認めてもらえなくて苦労したから、先ずは認めてもらえるように」
「酷いっ!」
「努力してください」と続く私の台詞は、ヒロインの甲高い叫び声に掻き消された。
「酷いわっ! そんな意地悪なことを言って、先生を独占したいのね!」
頬を紅潮させ涙を浮かべて私を睨むヒロインは、端から見たら不憫で庇護欲を擽られるのだろう。
現に、遠巻きにやり取りを見ていた一年生と平民の男子生徒数人が息を飲む気配を感じた。
思春期男子の心を揺さぶるやり方だが、前世と今世合わせて半世紀近く女として生きている私には全く通じない。一年生が多くいる二階の渡り廊下で、涙を見せ同情を誘うのはあざといやり方だ。
「お前! アイリがこんなに頼んでいるのに、聞いてやらないなんて最低な女だなっ!」
すかさず噛み付いてきたアーベルトを私は冷めた目で見る。
「最低? ならば、私に頼まないでください。皇太子殿下に泣きついてみればいいでしょう?」
可愛いわんこ系男子だったはずのアーベルトは、狂犬の如く怒りに染まってギラギラした瞳で睨み付け、手のひらを私へ向けた。
「黙れ! サンダーボル」
「ラクジット!」
ダンッ!
声と共に、私とアーベルトの間に黒革の学生鞄が投げ付けられる。
バチッ!
不発となった雷撃がアーベルトの手のひらの中で弾けて、痛みと衝撃で彼はくぐもった呻き声を出した。
「カイル、君?」
ニヤニヤ笑って見ていたヒロインも驚きで目を見開く。
「これ以上コイツに近寄るな。学園でなければ、貴様を細切れに出来るのに残念だ」
学生鞄を投げて魔法発動の邪魔をしたカイルハルトは、殺気を込めた低い声でアーベルトを威嚇する。
素早い動きで前へ出ると、私を自分の背中で隠した。
「演習の授業以外で、教師の許可無く魔法の使用及び私闘は禁止されている。そうだろう? 生徒会副会長」
遅れてやって来たオスカーは厳しい顔付きで言うと、焼け爛れた手を押さえて呻くアーベルトの胸ぐらを掴んだ。
サブタイトルは、ラクジットとアイリ&アーベルトのことだったりする。




