07.双子の密談
かしゅりっ
アレクシスはチョコチップクッキーを一齧りする。
「あのさ、君の騎士は、ダリルが「ヴァルンレッドは陛下の次に戦いたく無い」って言っていたくらい、強いし残酷な奴なんだよ。上手くやらないと逃がしてもらえない。俺は陛下の器としてダリルに鍛えられているけど、ラクジットはただの女の子だ。戦えないでしょ? 失敗したら絶対に監禁されるだろうし、酷い事もされると思う。それでも逃げる気?」
分かってはいたが、改めてアレクシスに言われると私は言葉に詰まる。
ヴァルンレッドの強さは画面越しにだけど知ってるし、自分に戦う力は無いのも知っていた。
「それでも、私の初潮が来る前、来年の誕生日には此処から逃げるの」
「初潮? 何で来年の誕生日?」
知らないの?と私はモゴモゴ口ごもる。
「初潮っていうのは女の子の初めての生理の事だよ。だいたいの女の子は中学生の頃には初潮を迎えるの。前世の私は12歳頃だったから、それまでに逃げないと私の貞操が危ない。最近成長期みたくて、胸も膨らんできたし、とにかく危ないのっ」
双子とはいえ、異性に体の事を話すのは恥ずかしくて、私は下を向いた。
「い、いくらあの国王でも、12・3歳は相手にしないと思うけど......」
「甘いわねアレクシス。世の中にはロリコンというカテゴリーがあるくらいだし、あの鬼畜、謁見の間で私が怯えたのを見て愉しんでいたの。初潮が来て子どもを孕めるようになったら、絶対に手を出してくるよ。ゲーム開始時のアレクシスの年齢は18歳くらいだったなら、ヒロイン達と最終決戦で城へ戻った時、確か、城に3歳くらいの男の子がいたの。その子が未来の私が生む子だとしたら、あと三~四年くらいしか私には猶予がないと思うんだ。あんな変態王に弄ばれるくらいなら、死んだ方がマシだよ」
「ラクジット......」
顔を上げたラクジットの表情を目にして、アレクシスの心臓が高鳴った。
感情が高ぶったせいか白い頬は赤く染まり、大きな蒼い瞳は涙の膜が薄く張って潤んでいる。
自分とよく似た顔立ちなのにやけに可愛く、瑞々しい色気すらあるように見えてゴクリッと唾を飲み込む。
本人は全く自覚は無いようだが、これでは嗜虐心を擽られた変態な大人達に弄ばれても仕方無い。
それに、彼女の言っていたロリコンのカテゴリーにはまりそうな男が側に控えているのに、そっちへの危機感は無いのか、と心配になる。
もう少し危機感を持てと、指摘していいものかアレクシスは考えしまった。
「アレクシスはいいよね。まだ猶予はあるし、ヒロインと出会えれば助かる可能性も高いし」
黙ってしまったアレクシスに、私は唇を尖らした。
「......あのヒロインと関わるなんて嫌だ」
心底そう思っているのが分かるくらい、アレクシスは嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「いかにも天然ですって顔をして、男に愛想を振り撒くような女は嫌いなんだよ。いろんな男に気を持たせて侍らすとか気持ち悪い。しかも相手にするのは、美形で将来有望な男ばかりだろ? いくら助かるためとはいえ、そんな計算高いビッチに近寄りたくもないし、ビッチを彼女にするとか考えたくもない。ビッチの力を借りるくらいなら自力で何とかする」
恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~2でのアレクシスはツンデレ設定のヒーローだ。
ヒロインとのイベントが進んでいくうちにツンツンが無くなって、物凄くデレデレキャラ(ヒロイン限定)になる。
「ヒロインは可愛いし一生懸命だから、アレクシスは「しつこい奴だ......だからこそ、目が離せないんだ」って真っ赤になってそれから徐々に優しくなっていくって、ツンデレを拗らせたキャラじゃないっけ? 貴方は違うの?」
ゲームのアレクシスは、普段はツンツンしているのに、魔物に襲われたヒロインを助けてお礼を言われると、目を逸らして赤面するくらい純なキャラだったりする。
他のキャラとヒロインが仲良くする場面に出会しても、その時は「お前何か興味無い」って態度でヒロインを傷付けるのに、二人っきりになると嫉妬して壁ドンして「俺以外は見るな」とか言っちゃうキャラだった。
ゲームのキャラ設定を伝えれば、アレクシス少年は嫌そうに顔を歪める。
「何だそれ? 壁ドン? それってプログラムされたキャラ設定だろ? 普通の男は、しつこくされるとドン引きすると思うんだけど。俺、しつこくがっついてくる女は怖いよ。それに胸がでかい子が好きだし。普通の女子高校生っぽい外見のヒロインより、ライバルの悪役令嬢の方が好みだったな。妹には全否定されたけど」
「アレクシスはレイチェル推しかぁ」
王立学園編でヒロインのライバルキャラ、公爵令嬢レイチェルは金髪碧眼ナイスバディの派手な美人である。
王子キャラの婚約者で、王子と親しくなっていくヒロインに嫌味を言ったり嫌がらせをして、最終的に断罪されてしまう。
「確かに、恋愛ゲームの主人公って現実で考えたら滅茶苦茶だよね。現実で、王様以外がハーレム、逆ハーレムやってたらシャレにならないね。私は攻略対象キャラだったら誰だったら付き合えるかな?......あ、無理だ。俺様王子やワンコ系、チャラ男、脳筋...あーアクの濃い方々ばかりで、彼氏にするとかはちょっと考えられないかな......もし、アレクシスがヒロインに惚れたら殴って止めるね」
すっかり忘れていた他の攻略対象キャラを脳裏に思い浮かべて、彼等と恋愛とか無理無理と首を振った。
外見はキラキラした中身は個性的な面々、よくこんな濃いキャラ達と恋愛しようと考えたなと、ヒロインは凄いと思う。
逆ハーレムは乙女ゲームヒロインの特権だが、端から見たら引くよな。
ほとんどの女の子は、イケメン達に迫られたり逆ハーレム状態になったら最初は嬉しくても、戸惑うと思うのだけどヒロインは違うのか。
女子の友達に引かれまくっていたら、私なら「浮いてる」って焦るけど。
関わらなければ見せ物として楽しめるが、見目麗しく地位のある男達を引き連れたヒロインに恐怖を抱くアレクシスの反応は、正常な男子として普通の反応なのかもしれない。
「私は、彼氏や旦那様には特殊な方々より、普通の一般男性がいいや」
見目麗しい男性は観賞用には最適でも、伴侶にしたいとは思えない。隣に立つだけでも疲れそうだ。
「じゃあ、ヴァルンレッドは?」
唐突にヴァルの名前を出されて、私はきょとんとしてしまった。
「ないない。ヴァルはお父さん兼お母さんって感じだもん。大好きだけど、怖いし。それに、黒騎士だし......陛下の手下だから」
ふぅん、とアレクシスは呟く。
ヴァルが恋人とか想像がつかないし、優しいし美形な彼は立場が黒騎士でなければ、結婚相手として優良だ。
幼児の頃、お嫁さんにして欲しいとお願いして困らせた事もあった。
ふと、ヴァルと恋人関係になった場面を想像して......これも攻略対象キャラと同様に駄目だ。
過保護騎士の恋人となったら、とことん甘やかされまくって人として駄目にされる。
紙袋の中に残っていた、最後のチップチップクッキーを口の中へと放り込んで、アレクシスは立ち上がった。
「じゃあ、この前の続きをするか」
「うん」
私が頷くと、アレクシスは周囲に張った遮断の結界を強化して、ベストの内ポケットから丸めた羊皮紙を取り出し、敷布の上へと広げた。
次いで、ズボンのポケットから出したナイフを鞘から抜く。
「いい?」
「うん、一思いにやっちゃって」
右手を差し出して私はぎゅっと目を瞑る。
冷たい物が手首に触れプツリッ皮膚が切れる音が耳に届く、と同時に鋭い痛みが私に襲いかかった。
「いったぃ」
叫びたくなるのは唇を噛んで堪えても、ナイフで皮膚を切り裂かれる痛みに涙が出た。
私の手首から流れ落ちる血液をアレクシスはインクの瓶で受け止める。
「もういいかな。治すね」
発光する淡い緑色の光がアレクシスの手のひらから放たれ、手首の傷を塞ぎ癒していく。
数秒後には、傷が全く分からないくらい完璧に治癒していた。
敷布の上に広げた羊皮紙へ、アレクシスは私の血を混ぜたインクを使って魔方陣と紋様を書き込んでいく。
傷口は治癒してもらったとはいえ、未だに熱をもっている手首をハンカチで押さえながら、私は作業を見守る。
ほぼ魔方陣が書き終わると、更に私とアレクシス二人分の魔力を組み合わせて注ぎ込む。
「よし、出来た」
双子特有のよく似た魔力を組み合わせ、完成した魔方陣は転移陣。転移陣の魔力を複雑化させておけば、使用後の軌跡で追跡は難しくなる。
先ずは私の逃亡用となる転移陣。
今後、身の危険を察知したアレクシスも逃亡出来るように、私達は試行錯誤しながら強固な物を作り出し、ようやく完成させたのだった。
アレクシス少年が抱くヒロインの印象→計算高くて怖い女。




