11.モブは悪役になったらしい
数日前から、突然カトレア学園高等部で二つの噂が囁かれるようになった。
一つ目は、“レイチェル=サリマン侯爵令嬢はレオンハルト皇太子の友人であるアイリ=サトウに嫉妬し、彼女へ対して嫌がらせをしている”
二つ目は、“留学生ラクジット=ローラントは教師へ賄賂を渡して学園へ転入してきた”
一つ目の噂は、普段のアイリ=サトウの立ち振舞いをみたら嫌がらせを受けても仕方がない。
二つ目の噂も、二人の留学生のうちラクジットだけ噂が立つのはおかしい。と、ほとんどの生徒、特に女子生徒は根も葉もない噂と信じてはいなかった。
一部の男子生徒は、高慢な侯爵令嬢から可哀想なアイリを守ろうとレイチェルに食ってかかっていったが、立場と口では全く勝てず撃沈していった。
学園祭の準備で忙しいレイチェルを手伝うため、専門委員の仕事があるアマリスと別れて私は一人で生徒会室へ向かう。
棟と棟を繋ぐ通路渡り廊下に差し掛かった時、一年生の男子生徒二人が前を塞ぐように立ちはだかり私は眉を顰めた。
「ラクジット嬢! 賄賂を渡して留学してくるような犯罪者は潔く学園を、帝国から去りたまえ!」
ビシッ! と効果音が聞こえてきそうな勢いで男子生徒は私を指差す。
正義感が強いと言うか、勘違いした男子は完全に私を悪者と思い込んでいるらしい。
流石に高位貴族の子息令嬢は、時期外れの留学生が来る意味を理解しているようで突っ掛かって来ることはないが、下位貴族や一部平民の生徒には「不正をして留学した」と敵視されているようだ。
「賄賂、ですか? 私の留学は正式に皇帝陛下の許可を得たもので、賄賂など一切ありません。どうしても疑うならば、皇帝陛下直筆の書状を貴殿方へ見せてあげてほしいと、学園長へ伝えておきますね」
「あ、いや」
皇帝陛下、学園長という言葉を出すと、明らかに後ろに控えていた男子生徒は狼狽える。
学園長、ひいては皇帝の決定に異を唱えたと知られたら、彼等の退学処分だけでは済まされない。自身と両親の貴族籍剥奪、下手したら一族も平民へ身分を落とされた上、領地没収という悲惨な末路となる。
「貴様っ学園長も買収したのか!? エルネスト先生にも媚を売って取り入ったと聞いたが、真実なようだな!」
「お、おいっ!」
自分達が片足を突っ込んでいる危機に、全く気付かない指差し男子生徒を背後の男子生徒は慌てて止めようとするが、彼は聞く耳を持たない。
「あのですねぇ、学園長が買収されるような方ですか? それと、エルネスト先生は私の幼い頃からの師匠ですよ。媚を売るにしても、あの方には全く効果はありません」
折角の忠告を理解しない指差し男子に対して、私は呆れ混じりの溜め息を吐いた。
「ビネガー子爵令息殿、パッツア男爵子息殿、学園長とエルネスト先生に誤解されている、と伝えておきます。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「ああ、分かればいい、」
「なっ!? まっ待てよ!」
この後の展開を予測できていない指差し男子生徒、ビネガー子爵令息は満足そうに笑う。
背後に控えていた男子生徒、パッツア男爵子息は顔色を青くして私の肩を掴んだ。
「伝えるのは待って......」
肩を掴む手を振りほどく前に、パッツア男爵子息はピタリと動きを止めた。
「無礼者が。この方から手を離せ」
殺気を含んだ低い声と共に、パッツア男爵子息は白目を向いて後ろ向きに倒れる。
指差し男子生徒、ビネガー子爵令息も膝から崩れ落ちた。
「姫様、ご無事でしょうか?」
背後から彼等を昏倒させた人物、執事風スーツ姿のジョシュアとブラウスにロングスカート姿のユリアが姿を現した。
学園職員の変装をしたジョシュアとユリアは、影ながら私の護衛をしてくれていたのだ。
「ジョシュア、ユリア、ありがとう。あのね、カイルにはこの事は......」
眉をハの字にした私はおずおずと二人に訊ねる。
この二人以上に心配性なカイルハルトが、男子生徒のことを知ったら彼等を肉体的精神的に再起不能としそうだ。
カイルハルトのことをよく分かっているジョシュアは苦笑いを浮かべた。
「細かい内容は伝えませんよ。あの方が知ったら、比喩ではなく本当に血の雨を降らしそうですからね」
「姫様、如何いたしますか? 私とジョシュアで噂の出所を探し、始末しましょうか?」
仄暗い光を宿したユリアの物騒な発言に、私は「待って」と制止をかける。
「し、始末はしなくてもいい。でも、レイチェルにも害が及んでいるし、今後の保険として噂を撒いたのは誰か調べてもらってもいいかな」
「はっ、承りました」
頭を下げて二人は情報収集のため私から離れる。
情報収集の結果を待たずとも、誰が噂の発信源かなんて大体予想はつく。
噂を流した彼女は、とんでもなく歪んでいると思う。もしかして、彼女は自分と同じ様に前世の記憶があるのかも知れない。
「傍観者でいたいんだけどな」
ヒロインとヒーローの恋愛を傍観するつもりで帝国まで来たのに。
でも、困ったことに、仲良くなった友人を助けるためにも乙女ゲームの中心に巻き込まれてしまってもいいかな、と思っている自分もいるのだった。
***
トントン、ガチャッ
「わっ!?」
ノックをして生徒会室の扉に手をかける寸前、勝手に扉が開いて私は目を丸くする。
「カイル?」
生徒会室の扉を開けたのは、放課後は演習場で鍛練をしているカイルハルトだった。
「オスカーに連れてこられた」
どうしたの、と視線に込めて見上げれば、カイルハルトは憮然と答える。
「悪い、驚かせたか? 俺の判断で助っ人を頼んだんだ」
全く悪びれていない態度でオスカーは歯を見せて笑った。
「人出が足りていませんから助っ人は助かります。でも、一言断ってからにして欲しいですわ」
腰に手を当てたレイチェルはジロリとオスカーを一瞥し、私には「来てくれてありがとう」と笑いかけた。
レイチェルの対応の差に、オスカーは演技かかった動作で肩を竦める。
「レイチェル嬢、今まで貴女に仕事を押し付けてしまい、すまなかった。これからは馬車馬並みに働くよ」
「それは、助かりますわ。ところで......レオンハルト殿下はどうされたのですか? アーベルト様もいらっしゃいませんし、あと一週間で学園祭なのに、これでは流石に庇いきれません」
「殿下にも声をかけたんだが......アイリと一緒に、学園祭の夜会用ドレスを選ぶからと、王宮へ行ってしまったんだ。アーベルトとルーベンスも同行して行った」
ばつが悪そうなオスカーからの答えに、レイチェルは目蓋を伏せた。
彼女が侯爵令嬢でなければ、おそらく大きな溜め息を吐いていただろう。
生徒会室で作業している生徒達からは、あからさまな落胆と怒りの声が漏れ聞こえる。
話をするレイチェルとオスカーの会話に耳を傾け、カイルハルトと一緒に飾りつけ用の花を作っていた私は「終わったな」と思った。
これで学園祭の後、レオンハルトは生徒会役員達によって、生徒会長としての資質を問われることだろう。
「そうですか......アーベルト様は仕方無いとはいえ、宰相御子息のルーベンス様まで殿下を諌めようとしないとは......」
「俺さ、殿下から少し距離を置いて、今まで見ようとしなかったものが見えてきた気がするよ。どうして今まで、アイリの我儘と殿下の無茶を容認していたのか、自分が分からなくなっている。......本当に申し訳なかった」
心底そう思っているのだろう、普段の軽い態度からは想像出来ないくらい、真剣な表情でオスカーは頭を下げた。
「謝罪なら、貴方の婚約者ビアンカ嬢にしてくださいな」
「......そうだな。ビアンカには、殴られる覚悟で謝罪してくるよ」
クスリッとレイチェルが笑い、ようやく張り詰めていた周囲の空気が解れる。
ガチャリッ
「やぁ、準備が大変だと聞いてね。レイチェル、手伝いに来たよ!」
ノックも無しに扉が開かれ、生徒会室に漂う微妙な空気を一気に変える明るい声が部屋に響き渡った。
「お兄様!? シーベルト様も?」
驚きのあまりレイチェルの声が裏返る。
以外な訪問者の登場に、全員が作業をしていた手を止めて入室した二人の男子生徒を注視していた。
お兄様登場。




