*ヒロインの苛立ち
ヒロイン(笑)の独白。痛々しい。
ボスッ
貴族令嬢用の豪華な部屋に相応しい、滑らかな皮貼りのソファー目掛けて力一杯クッションを叩き付ける。
侍女に編み込みにしてもらった髪が乱れるのもお構い無しに、部屋の主である女子生徒、異世界からの迷い人であるアイリ=サトウは髪を両手でぐしゃぐしゃに掻き乱す。
(おかしい! 何で上手くいかないの!?)
投げるクッションが手元から無くなり、肩で息をするアイリはドカリッとソファーに座る。
スカートが捲れるのも気にせず膝を立てて座り、苛立ちのあまり右手親指の爪を噛んだ。
「あ~! 苛々する!」
毎日侍女が綺麗に磨き上げて艶々だった爪は、あっという間に噛み痕だらけになってしまった。
因みに、侍女達はアイリの癇癪にはもう慣れたもので、彼女がクールダウンするまで隣室で待機している。
「選択肢は間違っていない筈なのに!」
現に、関わりを持った攻略対象キャラの好感度は順調に上がっていて、イベントも中盤までは無事に終えることが出来ていた。
「なんでよ!?」
がしゃんっ!
座ったまま勢いよく蹴ったテーブルがぐらぐら揺れる。
テーブルに並べられていたティーセットが、派手な音を立てて床に散らばった。
隣室に居る侍女達は、派手な音が聞こえたにも関わらず様子を見に来ない。それすらも、アイリを苛立たせていく。
はぁはぁはぁ、広い室内にアイリの荒い息遣いだけが響いていた。
アイリ=サトウこと、佐藤愛梨は地方都市の私立高校に通う普通の高生二年生だった。
会社員の父親と専業主婦の母親の間に生まれた愛梨は、三兄弟の末っ子長女だったこともあって生まれ出た瞬間から、それこそ蝶よ花よのお姫様として育てられる。
幼い頃は、幼女特有の無垢な可愛らしさを全面に出せば、家族は何でも愛梨の願いを叶えてくれ、愛梨は我儘を我慢する必要も無く育っていった。
学童期は、可愛らしく大人に甘える反面、良い子を演じる狡猾さを覚えて教師からの信用を得る術と同時に、同級生の男女共に好感度を抱かせるための術を学んでいく。
高校へ入学してからは、外見を派手にしすぎず適度に垢抜けるように計算して、可愛らしく自分を見せる努力はしていた。
クラス内カースト上位グループに所属し、派手な女子にも地味な女子にも仲の良く出来る、教師からもクラスメイトからも有り難がられる生徒、そうなるよう愛梨自身で仕掛けていく。
努力の結果、周囲からの愛梨の評価は高く、常に格好いい彼氏もいる勝ち組女子となっていた。
此処に来る前は、バスケット部の長身で爽やかな彼氏もいたし毎日は充実していた、筈だった。
優越感で満たされる愛梨の日々は、彼氏から一方的に別れを告げられたあの日、突然幕を閉じたのだ。
「愛梨は俺のこと本当は好きじゃなく、連れて歩くのに丁度いいから付き合っているだけなんだろ?」
「はぁ? 何言っているのよ?」
「あんた、色んな男と遊んでるのに彼氏一筋なんてよく言えたよね! 私の彼氏と浮気して......最低だと思わないの!?」
彼氏の後ろに控えるバスケット部マネージャーの女は、目を吊り上げて愛梨を怒鳴り付ける。
付き合っている彼女より、可愛くない部活のマネージャー女の言い分を選んだ彼氏が、余計な告げ口をしたマネージャーの女が許せなくて、愛梨は呼び出されたファーストフード店を飛び出した。
飛び出した道路で聞こえたのは、通行人の悲鳴とクラクションの音。
トラックに轢かれて死ぬんだと、愛梨は目蓋を閉じた。
しかし、痛みも衝撃も一向に襲って来ず......恐る恐る閉じた目蓋を開ければ、目前に広がるのは鬱蒼とした木々。
此処は何処かと、混乱しつつも愛梨は薄々感じ取っていた。
此れは、ラノベや漫画でよくある異世界転移というやつではないか。
森をさ迷っているうちに、立派な馬車と遭遇してから確信を持てた。
此処は、大好きだった乙女ゲーム“恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~”の世界だと。
ゲームのヒロインと同じ様に、愛梨を保護してくれたレオンハルト皇太子に甘言を囁き、行方不明の腹違いの兄へのコンプレックスを擽っていけば、彼は容易に落ちてくれた。
皇帝と宰相、悪役令嬢レイチェルの父親からの視線は怖かったが、レオンハルトに泣きつけば最低限の関わりのみとなり、皇后に取り入り気に入られてからは、皇后宮殿で保護され至れり尽くせりで過ごさしてもらった。
侍女達からお姫様扱いを受け、レオンハルトに甘やかされて彼氏に砕かれたプライドが癒されていく。
(私はこの世界のヒロイン! 素敵な攻略キャラ達から愛され大事にされるのよ!)
前みたいに愛想を振り撒かなくても、自分には皇太子という後ろ楯があるのだ。
此処はゲームの世界だから、全てはヒロインを中心に動いていくはずである。
心配があるとしたら、ネット小説でよくある悪役令嬢からの“ざまぁ”だけ。
ざまぁをされないよう、レイチェルを警戒すれば薔薇色の学園生活を送れる。
そう思っていたのに、ここ二週間は上手くいかない。
何が原因か、愛梨は膝を抱えて考えを巡らす。
“恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~”は1、2と1のSpecial版が発売されており、Special版だけは全攻略キャラコンプリートは出来ていない。
従来の攻略キャラはハッピー、バット共に全てのエンディングは見たが、Special版で追加された三人、教師のエルネストと学園長、そして隠しキャラの攻略は出来なかったのだ。
面倒なことに、従来のキャラを攻略し終えた後エルネストと学園長のルートが解禁され、隠しキャラは全てのキャラを攻略しなければ登場しないという時間がかかるものだった。
元の世界では、エルネストの攻略を始めたばかりで、残念ながら冷徹な彼がデレるまではいっていない。
ゲームの世界へ来れたならエルネストがデレる顔を見たいのに、なかなか臨時教師として登場せずやきもきしていた頃、隣国からの留学生がやって来た。
留学生の転入など、イベントが追加されているSpecial版にもそんな展開は無かったはずだ。
担任教師に先導されて教室へ入る男子生徒の姿に、訝しんでいた愛梨の視線は釘付けとなる。
男子生徒は、艶やかな黒髪に冷たいアイスブルーの瞳、整った顔立ち、何より眼鏡が彼の醸し出す知的な色気を装飾していたのだ。
愛梨の身体中に稲妻が走っていく。
彼は、絶対に隠しキャラだ。そうじゃなくても、落としたい。
攻略対象キャラ全員と仲良くして途中まで逆ハーレムを楽しみ、エンディングはレオンハルトにしようと決めていたのに、考えが揺らぐ。
話しかけても留学生、カイルは隠しキャラだからかなかなか仲良くなってくれず、同情してもらおうと女子に虐められる可哀想か女の子を演じたくとも、肝心の悪役令嬢レイチェルが虐めてこない。
しかも、ゲームには存在しなかったラクジットとかいう留学生の女も現れた。
黒髪に茶色の瞳、愛梨と似た色合いでも顔の造作はレオンハルトが見惚れるくらい綺麗で、気に入らない女。
男女関係なく注目を浴びていて、平民にも貴族にも分け隔てなく接しているため人気もあるらしい、ムカつく女。
ヒロイン以上に目立つだなんて、モブのくせに生意気な女。
隠しキャラのカイルとは同じ国からの留学生、ラクジットという女はすぐに悪役令嬢レイチェルと親しくなった。
幼なじみというラクジットと親しく話すカイルは、信じられないくらい柔らかくて優しい眼差しを向ける。
しかも、ラクジットはやっと臨時教師として登場したエルネストの弟子だという。
授業終了後、指導を頼みに行った愛梨を「他を当たれ」とエルネストは冷たく突き放したのに。
課題をサボっていたのをバレて、教師から指導されたのも腹が立つ。ゲームの世界なのに、何故優遇されるヒロインが課題などやらなければならないのか。
昨日の演習授業後からの、オスカーの様子も気になる。
放課後は愛梨やレオンハルトと一緒にお茶を飲んでいたのに、今日の放課後は生徒会の仕事を片付けていくから参加しない、と言い出したのだ。更に、朝はカイルと鍛練をするため一緒に登校出来ない、とまで言ってきた。
可愛い女の子が大好きなオスカーから誘いを断ってくるなんて、このままでは彼の従兄弟である宰相息子ルーベンスとの好感度が上がりきらない。
急に思い通りにいかなくなるなんて、苛々する。
逆ハーレムルートに綻びが生じたのは、レイチェルが悪役令嬢の行動をしないから? レイチェルが愛梨を虐めなくては、攻略対象である悪役令嬢の兄と深く関われない。
それとも、ラクジットというモブがイレギュラーな存在となって邪魔をしているのか。
ぐるぐる思案していた愛梨が落ち着きを取り戻した頃、隣室に控えていた侍女二人が登場して、床に飛び散ったティーセットの破片とビリビリに破れたベッドシーツを片付けていく。
「邪魔なら、二人纏めて潰しちゃえばいいんじゃないの」
と言っても、レオンハルトや皇后の権力やアーベルトの魔力を使うわけにはいかない。今までやっていた様に、自分の周囲に居る優しくしてくれる“友達”を動かせば証拠も残らず、きっと上手くいく。
侍女が用意した紅茶を一口飲んで喉を潤し、愛梨は愉しそうにクスクス笑った。
《ヒロインの攻略状況》
・レオンハルト(皇太子):順調に攻略中。好感度メロメロ状態。
・アーベルト(魔術師団長の息子):あと少しで攻略完了。好感度は高く、ヒロイン至上主義になってる。
・ルーベンス(宰相の息子):攻略中。好感度は中くらい。これ以上は従兄弟のオスカーと仲良くなる必要がある。
・オスカー(騎士団長の息子):カイルハルトにボコボコにされて目が覚める。逆ハーレムから離脱。好感度ー
・悪役令嬢の兄:好感度低い。 特殊な性癖あり。ヒロインに対してあまりそそられない。
・エルネスト:好感度0 媚を売ってくるタイプ、努力しないタイプは嫌い。
・学園長:好感度0 面倒事は排除したい。
・隠しキャラ:?




