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10.有能すぎるモブは目立つ

 場所取りをしているから、と先に行った風変わりな友人を探して中庭へ出たレイチェルは、聞こえてきた悲鳴に近い女子生徒の声に眉を寄せた。


 レモン入りのティーポットを乗せたお盆を持ったアマリスも、探していた友人の周りにクラスメイトの女子達が集まっているのを見て、嫌そうに顔を顰める。

 上流階級とはいえ、貴族子女に比べて逞しい平民のクラスメイト達の相手は、留学の彼女にしたら多勢に無勢だろう。


 レイチェルとアマリスは顔を見合せて、クラスメイトの女子達へ声をかけた。


「どうかしましたの?」


「あ、レイチェル様、えっと、そのー」


 口ごもる女子に更に問おうとしたレイチェルは、意外な人物が椅子に座っているのに気付いて目を見開いてしまった。


「あら? エルネスト先生? どうされたのですか?」


「可愛い弟子の様子を見に来ただけだ」


「まぁっ、ラクジットさんはエルネスト先生の?だから魔力コントロールが上手なんですね」


 しれっと「可愛い」だなんてエルネストは爆弾を投下してくれる。

 周りを囲む女子達からの鋭い視線が私に突き刺さって、此処から逃げたくなるが、隣のエルネストからの圧力で逃走は叶わない。

 誤魔化しようにも彼女達の視線が怖くて、私は強張る唇を動かして何とかレイチェルへ引きつった笑みを返した。



「エルネスト先生!」


 この場に居る生徒の中で、貴族としての身分が一番高いレイチェルがガーデンチェアに座った後、商会の代表子女がおずおずと口を開いた。


「あのっ! エルネスト先生がラクジットさんを指導されたなら、私の指導もお願い出来ますか!?」


「私もお願いしたいです!」


「わ、私もっ!」


 何を言い出すんだ、とエルネストの隣で私は内心焦る。

 女子達が憧れる“エルネスト先生”が、チッと舌打ちする音を耳が拾ってしまったからだ。


「かまわんよ」


 どんな辛辣な言葉を吐くのかと緊張していた私は、ギョッとしてエルネストと女子達を交互に見る。


「ただし」


 ニヤリ、エルネストは口元だけの笑みを女子達へ向ける。


「私が課すテストに合格出来たらだがな」


 “テスト”の言葉に、私は血の気が引いていく。

 鬼畜なこの男が課すテストは、筆記や魔力測定等まともな内容ではなく、お嬢様方では絶対合格出来ないイカれた内容だろう事は想像できた。


「や、止めた方がいいよっ! テストとして、魔力を封じられた状態で大型スライムの巣穴の奥に放り込まれるよ!」


 女子達が口を開く前に、私は声を張り上げた。

 焦る私とポカンとなる女子達の反応に、エルネストはクツクツと喉を鳴らす。


「いや? 魔力を制御し、ダガーだけ持たせてサーベルタイガーの群れの中へ転移させるだけだ。単純に群れから脱出すればいいのだから、簡単だろう。では、テストを受けるか?」


「い、いえ、出来ません」


「私も、無理ですっ」


 えげつないテスト内容を告げられ、真っ青になった女子達は勢いよく首を横に振った。


「それは、残念だな」


 全く残念だと思っていない口調で、エルネストは愉快そうに嗤った。




 ***




 ガキィン!


 レオンハルトが振るった模造刀が、対戦相手の構えていた模造刀を真上へ弾き飛ばす。

 審判の教師はレオンハルトの勝利を告げ、演習場は歓声に包まれた。


 今日は、1~3時間目の授業は二年男子の剣技演習授業、4時間目は応急処置と回復魔法の授業という、二ヶ月に一度ある特別授業が組まれている。

 男子の剣技演習の間、女子は観戦。4時間目の応急処置と回復魔法は、女子が傷を負った男子を労るという男女共にちょっと嬉しいものなのだ。


「レオン~すご~い! 格好いいっ!」


 きゃあきゃあ騒ぎながら手を振るヒロインと、それに応えて手を振り返すレオンハルトはバカップルにしか見えない。

 さらに、レオンハルトが特注っぽい紺色地に金糸で刺繍された豪華なジャージを着ているのも痛い。似合っているいない、センスがどうこうじゃなくて、皇太子だからって特別待遇されている感満載に見えるのが私としたら嫌だ。


 バカップルの片割れ、レオンハルトの婚約者であるレイチェルは、冷めた目で二人を見下ろして溜め息を吐く。

 冷めた反応のレイチェルとは対照的に、眉を顰めたのは観戦している女子生徒達だった。


「なんなの? あれ?」


「あんなに大声を出されて......」


「アイリ嬢は見目麗しい方の応援ばかりしているわね。あからさま過ぎて感心しちゃう」


「アイリ嬢の本命って誰なのかしらね」


 一応、声をひそめているしレオンハルトの手前、表面上は友好的にしている女子達はヒロインを苦々しく思っているようだ。

 嘲笑混じりに話している女子のほとんどがA組の女子だったのはの恐いと感じた。


「あっ、カイル」


 次に演習場へ出てきたのは、キンキラではないちゃんとした学年指定ジャージを着た、カイルハルトと騎士団長子息オスカー。


「カイル様はオスカー様と対戦されるのね」


 隣に座るアマリスは、心配そうに演習場の中央へ向かうカイルハルトを見詰める。


「オスカーさんは強いの?」


 私の問いにレイチェルが頷く。


「第一騎士団長の御子息だし、武術の実力は学年一じゃないかしら。レオンハルト皇太子殿下も、オスカー様には敵わないみたいだわ」


「成る程。でも大丈夫、カイルは凄く強いから。この学園の生徒には絶対負けない」


 イシュバーン王国の騎士となってから、剣技でカイルハルトに勝てる者はいなかった。アレクシスでも、魔法や竜の力無しでは彼に勝てない。

 それも当然だ。

 黒騎士ヴァルンレッドが手加減無しで鍛え上げ、暗黒竜を倒すまでの力を習得させたのだから。


 演習場の中央へ立つカイルハルトが観客席を見上げる。

 眼鏡をかけたままのカイルハルトと眼鏡越しに目が合う。私の姿を認め、彼はフッとアイスブルーの目を細めた。


「オスカー! カイル君! どっちも頑張って~!」


 目が合って高鳴った胸の鼓動も、ヒロインの黄色い声援によって瞬時に落ち着いてしまった。

 我慢出来なくなったらしい、目をつり上げた女子生徒が立ち上がる。


「ちょっと! アイリさん! 貴女うるさいわよっ!」


「何よ? 応援しているだけじゃない?」


「......君たち、少しいいかね?」


 演習場の端に立っていたジャージを着た、厳つい男性教師が苛立ちを隠さずヒロインの向かって口を開いた。


「アイリ嬢、少し黙っていてくれないかね。うるさくされると集中出来ない上に邪魔になる。次、騒がしくしたら退場してもらうからね」


 筋骨隆々の厳つい男性教師から、否とは言わせぬ迫力ある低い声で言われて、やっとヒロインは口を噤んだ。



「始めっ!」


 審判の教師の声を合図に、模造刀を両手持ちにしたオスカーがカイルハルトへ突きを繰り出す。


 だんっ!


 突きをヒラリとかわしたカイルハルトは、模造刀を真っ直ぐ振りかぶり、瞬く間に手首を返してオスカーの横腹を打ち抜いた。


「ぐっ」


 正に一瞬の出来事。

 軽く打った一撃でも脇腹から全身に広がるダメージにより、くぐもった呻き声を漏らしてオスカーはガクリッと膝を突く。


 何が起きたのか理解しきれず、膝を突いて呆然とカイルハルトを見上げるオスカーは決して弱いわけではない。

 ただ、カイルハルトが強すぎるのだ。

 イシュバーン国内外から一騎当千の実力者と畏れられた、ヴァルンレッドが鍛え魔物を相手にした鍛練に明け暮れて、生死を賭けた実戦経験を積んだ結果の力だった。


 未だに立ち上がれないオスカーの喉元へ、カイルハルトは模造刀の切っ先を向ける。


「教本通りの動きでは次の太刀筋を読まれてしまうぞ。型にはまった綺麗な剣技だけでは、俺に勝てはしない。ましてや、女の尻を追いかけて鍛練を怠る奴では、一生かけても無理だろうな」


 淡々と言うカイルハルトを睨み、オスカーは悔しそうに顔を歪めて下を向いた。


「完全に鍛練不足だな......目が覚めたよ。最近の俺はどうかしていた。次は、絶対に勝つからな!」


 顔を上げて、カイルハルトへのリベンジを言い放ったオスカーの表情は、晴れ晴れとしたものへと変わっていた。


「出来るものならな」


 差し伸べたカイルハルトの手を掴みオスカーが立ち上がり、観客席からは割れんばかりの拍手が二人へ贈られた。

 美形な男子が友情を芽生えさせる、年頃の女の子が憧れるシチュエーションに、観戦していた女子達はうっとりとカイルハルトとオスカーを見詰める。


「凄い! カイル様ってお強いんですね。美男子の友情......素敵」


 興奮のあまりアマリスの声は上擦り、頬は高揚して赤く染まっていた。


「ね、大丈夫だったでしょう?」


 うっとりとしている彼女の脳内でどんな妄想が広がっているか、あまり触れないように私はレイチェルへ話かける。


「もしかして......彼もエルネスト先生の御弟子さんですの?」


「そう。私とは兄弟弟子ってやつかな? でもカイルは剣技を違う人に習ったの。私も剣技じゃあカイルには勝てないんだよ」


 まぁ、と驚いたレイチェルは、碧色の瞳をキラキラ輝かせた。


「じゃあ、ラクジットさんも剣を扱えるの?」


 是と答える代わりに、肉刺と剣ダコが出来ている淑女と言い難い両手を広げて見せる。


「師匠には毎日ボロ雑巾に、切り傷だらけにされていたからね......今でも鍛練はしている」


 暗黒竜を倒し、命の危険は去った今でも鍛練だけは続けていた。

 鍛練を続けることで、僅かにでもヴァルンレッドと繋がっている気がするから。



 観戦しながら楽しいお喋りしている私達の姿を、ヒロインことアイリ=サトウが般若の様な顔で見ていたのだが......この時は全く気が付かなかった。



ヒロインは鋼のメンタルの持ち主。

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