13.決着
吐き出された火炎を片手で持った剣で散らし、アレクシスは詠唱を終えた魔法を発動する。
「レイジングブラスト!」
チュドドドーン!
出現した十数個もの聖なる光球は、吸い込まれるように暗黒竜の体へ襲いかかり、小爆発を繰り返し起こした。
《ぐあぁあ!!》
「はぁっ!!」
聖なる光球の爆発に鈍る暗黒竜へ、大剣を振り下ろしたダリルは返す刃で斬り上げる。
目にも止まらぬ速さで大剣を振るう斬撃のラッシュにより、苦痛の声を上げる間もなく暗黒竜は黒い血を周囲へと撒き散らす。
物理攻撃力は黒騎士随一のダリルからの怒濤の攻めに、覚醒してから初めて黒い巨体を揺らし、がくりと膝を突いた。
《がぁ、力が......させぬ! 我は、まだ倒れぬ......!!》
尻尾に力を込めて立ち上がろうとした暗黒竜の頭上へ、稲光を纏いし金色に輝く魔方陣が出現する。
エルネストが唱えた、力ある呪文に呼応して上空へ展開された魔方陣から、稲光と雷鳴を轟かせながら上半身は赤黒い裸で黒髪を逆立たせた、筋骨粒々な大男、雷神が姿を表した。
「トールハンマー!」
現世で力を発揮するための魔力をエルネストから得た雷神は、両手で稲妻を撒き散らしている巨大なハンマーを暗黒竜へ振り上げ、一気に振り下ろした。
ドオーン......!!
雷神による裁きの雷、大きな電撃の柱となった落雷が暗黒竜へと落とされる。
《ぎゃああぁ!?》
落雷による電流と立ち上った炎で身を焦がし、暗黒竜は苦悶の表情を浮かべて頭を垂れる。地面にはボタボタと、血と涎が垂れ落ち染みを作っていく。
「陛下、御許しください」
魔剣へ風魔法の魔力を帯びさせたヴァルンレッドは、息も絶え絶えのかつての主へ頭を下げる。
頭を上げると同時に魔剣を一閃し、放たれた衝撃波は一直線に暗黒竜へ襲い掛かった。
「カイルハルト、やれ」
衝撃波は竜巻と化し、暗黒竜の巨体を大きく仰け反らす。
仰け反った胸の中心へ目掛け、カイルハルトはドラゴンスレイヤーを両手で持ち突進した。
「うぉおおー!」
全力での突進は硬い鱗を突き破り、胸の中心部、ドラゴンスレイヤーの切っ先は心臓を貫いた。
《ぐぉおおお!! お、のれぇ......》
白い光を放つドラゴンスレイヤーは、竜王という極上の獲物に歓喜し自ら根本まで埋まっていく。
心臓を穿たれた暗黒竜は胸を掻きむしり剣を抜こうとするが、その全身は激しく痙攣を始めた。
鱗の隙間から黒い煙が上がり、生命力を無くした鱗が微々割れて劣化したように砂塵と化していく。
《がぁあ......体が、崩れていく......新しい、器を......ラクジッ......私の、ぁあァア......》
鱗が剥がれ落ち、血管と筋肉が剥き出しになった腕が私を求め伸ばされる。
硬直する私の体を抱き寄せ、エルネストが背に隠す。
眼球がドロリと流れ落ち、空虚となった眼窩は見えない私を探し続けていた。
(ひっ......!!)
暗黒竜の生への執念に、私は上げそうになる悲鳴を何とか喉の奥へと抑えた。
やがて、肉が溶け流れ骨が砂塵と化し、暗黒竜の体が大気へと消えていく。
完全に消滅するまでの数秒とも数分とも分からない間、その場に居る者達は無言のまま国王の消滅していく光景を見詰めていた。
イシュバーン王国を滅亡から救った、かつての賢王へ敬意を払うように。
肉体が完全に消失した後残ったのは、漆黒の巨大な魔力の塊だった。
巨大な魔力は渦を巻き、周囲の瓦礫を吸い込み膨らんでいく。
このままでは周囲を巻き込んで爆発を起こしてしまう。
危険を察したヴァルンレッドとダリル、カイルハルトは素早く魔力の塊から距離をとった。
「今だ! ラクジット!」
「うんっ」
頷き、私とアレクシスは巨大な魔力の塊へ両手を伸ばす。
魔力の塊からは、憤怒と拒否の感情と、激しい抵抗力を感じた。
「父上、貴方の力を奪います。もう二度と復活できないように」
「一人だったら貴方の力を受け入れるなんて出来ない。でも、私達二人なら、きっと出来る」
国王と同じ血を持つとはいえ、私もアレクシスも半分は人の血を持つ。
もしも、耐えきれず拒絶反応を起こしたら。
巨大な魔力に狂ったら。
“どちらか片方が全力で始末する”先日、夢の中で約束したことを目配せして確認する。
魔力の塊を少しずつ体内へ吸収させるにつれ、竜の血が、眠っていた竜の本能が騒ぎだす。
竜の血と人の血、混じりあっていた二つの血が分裂していく。人の部分を排除するように、竜の血が魔力が、身体中の血液が沸騰していくのが分かって、私は胸を押さえた。
魔力を受け入れているアレクシスも、同じ苦痛を味わっているのだろう脂汗を流して息苦しさに喘ぐ。
「うぅ......くうぅ!」
心臓が壊れてしまったかのように早鐘を打ち悲鳴を上げる。
崩れ落ちそうな体を叱咤して、私はアレクシスへ手を伸ばした。
「あ、アレク......手をっ!」
苦痛と体が作り替えられる恐怖、虚ろな瞳をしたアレクシスも私の方へ手を伸ばす。
ぎゅっと繋がる互いの手が、互いの存在が消えかけた私達の意識を繋ぎ止めていた。
『今の国王を、竜王を止めるために竜王の肉体を滅ぼした後、力を俺達が吸収するんだ。そのために、俺達は双子で生まれたんだよ。だからきっと大丈夫』
夢の中で、不安がる私を安心させるために、アレクシスはそう言って微笑んでいた。
『アレクシス様とラクジット様なら出来るはずです。どうか......陛下を救ってください』
倒すのではなく、救って欲しいと、300年間国王を支えてきた宰相のカルストは懇願した。
『私の可愛い姫、貴女を次代の竜王にしたくはありません。ですが、貴女を生かす道はこれしか見付けられ無かったのです』
切なそうに瞳を揺らしたヴァルンレッドは、何度も私の唇へ甘い口付けを落とす。
大好きな彼に抱き締められて「愛しています」と愛を囁かれる幸せの中、私は首を傾げてしまった。
このまま魔力を吸収して暗黒竜を消滅させたら、国王に忠誠と魂を捧げているヴァルンレッド、ヴァルも死んでしまう。
愛する彼を死なせないためにも、私が新たなる竜王と成れば良いのではないか。
魔力の全てを受け入れて、邪魔なアレクシスを葬り喰らえば、ヴァルはずっと一緒に......!
「ラクジット! 意識を持ってかれるな!!」
焦ったアレクシスの声で、別の次元へ意識が跳びかけていた私はハッと我にかえる。
危ない。
国王に似た魔力を持っているせいか、アレクシスよりも私に流れる魔力が多かったらしい。一気に流れ込んできた魔力で、竜の血に自我をのみ込まれかけていた。
のみ込まれてしまったら、私の中で暗黒竜の意識が甦り体を乗っ取られてしまう。
「だい、大丈夫っ」
体内を駆け巡る巨大な魔力と荒ぶる竜の本能。
魔力を受け入れるのが一人だったら、すぐに狂って人の心と体を失うだろう。
でも、私もアレクシスも一人じゃない。
繋いだ手に力を込めればぎゅっと握り返してくれる。
巻き添えを回避するため距離を取りつつも、固唾を飲んで見守る仲間がいる。
城が半壊し暗黒竜が姿を表した時から、人々が竜王を鎮めようと捧げている祈りを感じ、私は魔力の塊へ向かって笑いかけた。
「もう、この国は大丈夫だから、安心して眠ってください。お父様」
刺々しい拒絶の感情を示し、吸収されまいとしていた魔力の塊がぶるりと震え、淡い黄緑色に染まっていく。
螢の光のように無数の淡い光の玉と化した魔力の塊は、先程までの抵抗が嘘のように私とアレクシスの体へと吸い込まれていった。
体内へ流れ込んだ魔力は光を放ち、視界が一気に白く染まっていった。
(あれ?)
アレクシスと手を繋いだまま、気付けば何処までも続く真っ白な空間に居た。
「だれ?」
誰かの気配に気付いて、私は声をかける。
真っ白な空間に佇んでいたのは、白銀の髪を風になびかせた精悍な顔付きの青年。
私達は息をのむ。
背を向けて立っていたのは、在りし日の国王だった。
国王はゆっくり振り返ると、アレクシスに似た蒼色の瞳を細め満足そうに微笑んだ。
ようやく決着しました。




