12.護られる理由
ようやく感覚が元に戻った足を動かして、倒れたエルネストの傍へと向かう。
俯せに倒れたエルネストは、苦しそうな呼吸ながら命は繋がっていて私は安堵の息を吐くした。
「今、傷を癒すね」
エルネストの背中に手を当てて、私が使える最高位回復魔法の詠唱を始めた。
《ヴァルンレッド! 娘を捕らえよ! 急ぎ器を代えねば、この体が崩壊する!》
漆黒の鱗が割れ、傷付いた身体中から流れた黒い血を靄のように立ち上らせた暗黒竜が口を開く度に、黒い血が混じった涎がボタボタ垂れ落ちる。
肉体が弱まるにつれて魂を縛る強制力も弱まっているとはいえ、竜王の強制力により心身を支配されないギリギリの距離まで歩みを進め、ヴァルンレッドとダリルは仕える国王へ頭を垂れた。
「陛下......今の私は王女の護衛騎士。使える方はラクジット様ですから、その命令には了承しかねます」
「ヴァルンレッドと同じく、今の私の主はアレクシス様です。アレクシス様のため、ラクジット王女の御命令を遂行いたします」
二度、恭しく頭を下げると、ヴァルンレッドとダリルは腰に挿した剣をスラリと鞘から引き抜く。
黒騎士の謀反に、暗黒竜は怒りと苛立ちを露にする。
空気が震え、発生した静電気によって暗黒竜の周囲に炎が出現し、炎に包まれた恐ろしい竜は遠目から見守る騎士達を震え上がらせた。
《ヴァルンレッド、ダリル......貴様等、我を裏切ると? 我に忠誠を誓ったのにか? 愚かな! 我が倒れれば貴様等も死ぬというのに、我を裏切るとな!?》
「いいえ? 裏切りではございません。今の私は姫の護衛騎士ですから、任務を全うしているだけです。私の大事な姫は、陛下を受け入れ難いと泣いてしまいました。私は......姫の嫌がる事は全て赦せないのです。それ以上に、私以外の者に姫を泣かせるなど、赦せない......これらのことから、陛下を止めさせていただきます」
淡々と言いつつ、「泣いて」を強調するヴァルンレッドに、ダリルは一瞬遠い目をしてしまった。
王女の命令だから、御身を護るためにではなく、国王に逆らうのは自分以外の者が王女を泣かせたから、とこの男は言いきっているのだ。
《く......よかろう、裏切り者の貴様等の目の前で息子を喰らい、無理矢理娘の体を奪ってやろうぞ》
怒りで歯軋りをする暗黒竜は、ヴァルンレッドを鋭く睨み付けた。
《グガアアァ!!》
殺気を撒き散らした咆哮により、大気と大地が震える。
自分より力ある存在と対峙し、ヴァルンレッドは久々に気分が高揚してくるのを感じて笑う。
「陛下自ら鍛練をしてくださるとは昔を思い出すな」
愉しそうなヴァルンレッドと対照的にダリルは片手で顔を覆う。
「油断して喰われるなよ」
「私の姫に失態は見せられん。......リズリスのためにもな」
笑みを消して真顔になるヴァルンレッドの言葉が意外で、ダリルは眼を瞬かせてしまった。
「ああ、そうだな」
「では陛下、お手合わせを御願いします」
声色だけは穏やかに言い、ヴァルンレッドは目にも止まらぬ速さで剣をかまえた。
「はぁっ!」
両手持ちの大剣に炎の纏わせたダリルは、跳躍して暗黒竜の頭上から振り下ろす。
ギギィン!!
鋭い爪が斬撃を止め、時間差でダリルの影から現れたヴァルンレッドの攻撃は、魔力により硬化させた鱗が弾いた。
《ぬるいわっ!》
クククッと嗤う暗黒竜に対し、攻撃を弾かれたはずのヴァルンレッドは口の端を吊り上げた。
「はぜろ」
ガキキィン!
ヴァルンレッドが魔剣に宿した氷結魔法が発動し、ダリルの大剣が帯びた炎と反発して魔力爆発を起こした。
二本の剣が触れていた暗黒竜の黒い鱗が血肉と共に弾け飛ぶ。
魔力爆発の威力をゼロ距離で食らった暗黒竜は堪らずよろめいた。
《ぐっ、こしゃくなぁ~!》
倒れるのを堪えた暗黒竜は、黒い血を撒き散らして大きく口を開くとぐあっと息を吸い込んだ。
「来るぞ!」
火炎を吐こうとしていると気付いたダリルは逸早く魔法障壁を展開する。
「ああ」
短く応えたヴァルンレッドは、ダリルが展開させた魔法障壁の補強する魔法を展開した。
呪文の詠唱が終盤になっていくにつれ、私を包む空気があたたかくなっていく。
詠唱に応える気配を感じて確信する。暗黒竜の出現に怯えて隠れていた大気の精霊が、緊張と恐怖を解いて力を貸してくれていると。
「精霊達よ、力を貸して......」
呪文の詠唱を終えてぽつりと呟けば、大気に煌めく沢山の光の粒が現れた。
「エレメントヒール」
味方全員の負傷と体力、状態異常を癒す金色の光が小雨となって降り注ぐ。
金色の滴は倒れ伏したエルネストの体へ染み込み、穿たれた傷と消耗した魔力を癒していく。
同様に、瓦礫に埋もれて瀕死の状態になっていたカイルハルトとアレクシスの体の傷と魔力も回復させ、意識を覚醒させる。
《なにぃ!?》
金色の小雨を模した回復魔法が傷口に施した竜の呪いを破ったこと、冬眠より覚醒して直ぐに牽制し遠ざけたはずの精霊達が協力したことに、暗黒竜は驚愕し魔力を練り出す。
邪魔をする器の娘を拘束するための魔法陣を展開する直前、影から現れたヴァルンレッドの攻撃を避けて飛び退いた。
「姫の邪魔はさせませんよ。陛下」
風魔法を帯びて攻撃力を増した魔剣で斬撃を繰り出すヴァルンレッドへ、威嚇のため暗黒竜は低い唸り声をあげた。
傷と体力魔力が回復したエルネストはゆっくりと立ち上がり、私を見た後に気まずそうに視線を逸らした。
まだ回復しきれていないのかと、不安になって上目遣いでエルネストの顔を見上げる。
「大丈夫?」
「......助かった」
口元を片手で覆って言ったエルネストの声は小さく、視線を逸らしたままだけれどほんのり頬が赤く染まっていて、私は状況を忘れてくすっと笑ってしまった。
ガタガタ音を立てて、少し離れた場所に積み重なった瓦礫が崩れる。
砂煙に咳き込みながら立ち上がったのは、魔力爆発と火炎によって瀕死の状態に陥っていたカイルハルトとアレクシスの二人。
精霊達がサービスしてくれたようで、二人の服も綺麗に修復されていた。
「ラクジット......ダリルッ!?」
立ち上がったアレクシスは、私の無事な姿を確認して安堵した表情になり、次いで暗黒竜と戦闘中のダリルに気付き驚きで目を瞬かせた。
意識を覚醒させたカイルハルトは、立ち上がる前にドラゴンスレイヤーを呼び寄せ、剣先を瓦礫に突き刺して立ち上がる。
「くそっ」
魔力の爆発で気絶し、死にかけるとは自分が情けなくてカイルハルトは小さく呻いた。
ヒュンッ
「なっ!?」
気が逸れていたカイルハルトを狙い、放たれた魔法を間一髪避ける。
真横へ突き刺さった氷柱を放った男は、信じられないことに主として魂と剣を捧げた暗黒竜と戦っていて、カイルハルトは一瞬呆けてしまった。
暗黒竜と戦いながら師とも敵とも感じている男、ヴァルンレッドは横目でカイルハルトを睨む。
「カイルハルト、早く来い」
「何処に?」とは問わない。
この三年間、殺されかけるくらい自分を鍛えたヴァルンレッドの言いたいことは分かるから。
頷くと、カイルハルトはヴァルンレッドの元へと駆け出した。
回復したカイルハルトとアレクシスが戦線復帰したのを見て、私は補助魔法をかけようと魔力を練る。が、エルネストが一歩前へ出て、私を自分の後ろへ追いやろうとするのだ。
負けじと前へ出れば、腕が伸びてきてぐいぐいと私の体をエルネストの後ろへと追いやる。
「ちょっと、何で......?」
抗議をするつもりだったのに、振り返ったエルネストを見てドキッとした私の声は尻窄みになっていく。
「皆、狙われた姫のために戦っているのだ。お姫様は、大人しく護衛に護られていろ」
振り返って言うエルネストの表情は、今まで見たことがないくらい優しくて力強い微笑みを浮かべていて、私は何も言えなくなってしまった。
ヴァルは私情入りまくりで戦っています。




