04.片割れという存在
『私のやるべき事』
②鍛える
手帳に書いた文字を、私は確認のために指でなぞる。
現在、私を護ってくれている者は護衛騎士のヴァルンレッドしかいない。
しかし、彼は国王直属の黒騎士でもある。護衛のためというより、監視のために私の傍にいるのではないか。
そのため、私の身の安全より陛下の命令に従う筈だ。
唯一信頼出来る乳母のメリッサは、鍛錬を積んだ戦士ではなく普通の女性、荒事には出来るだけ巻き込みたくはない。
体が成熟し、妊娠出産が可能となる前にイカれた国王の支配下から逃亡するために、自分が頼れるのは自分だけだ。
逃亡時、邪魔をされたり追っ手が来た時は少しでも抵抗出来るように、万が一捕まって辱しめを受ける事になる時は、確実に自害出来るよう自分を鍛えるしかない。
所謂、異世界転生設定もののお約束で、もしかしたら特殊能力が目覚めるかもしれないし。
「ねぇ、メリッサ」
午前中の勉強が終わり、教育係の女教師が退室したタイミングで、私は話を切り出そうとメリッサに声をかけた。
「はい、何でしょう。疲れたからお菓子を食べたいわ、ですか? 先程、ヴァルンレッド様がクッキーを用意してくださいましたよ」
さすが、赤子の頃から育ててくれている乳母である。私の事をよく分かっているじゃないか。
振り向いた彼女の手には、ヴァルが用意したというクッキーが入った可愛らしい紙袋があった。
「うっ、お菓子は食べたいけど、そうじゃなくて......お菓子は後で食べるね。私に、魔法の使い方を教えて欲しいの」
「はい?」
予想外のお願いだったメリッサは、ぱちくりと目を瞬かせた。
「ヴァルは教えてくれないと思うし、頼めるのはメリッサしかいないの」
魔法と剣術に長けている黒騎士だし、護衛騎士のヴァルに習うのが一番だというのは分かっている。
だが、前世の記憶が戻る前にも魔法を使いたいと彼に頼んだ時に、過保護からなのか私が力を持つのを危険視しているのか、「私がお護りしますから、必要ありません」と、笑顔で言い切られてしまったのだ。
それに、私にはまだヴァルが味方かどうか、判断出来ないでいた。
下手に動いて、陛下直属の黒騎士に不信感を抱かれるのも困るし。
「.....何故か、理由を聞いても?」
いつもと違う私の様子にメリッサは困惑した表情となる。
「何かあった時のため。駄目?」
「姫様は言い出したらきかないですからね。わかりました」
しょうがないですね、とぽつり呟くと、メリッサは苦笑混じりに了承した。
***
「......私がおおっぴらに教えるのは無理ですが、代わりにこれを......姫様なら直ぐに理解して魔法を使えるようになりますわ」
申し訳なさそうに言うメリッサから渡されたのは、初心者用の魔法入門書だった。
市井の学校へ通って、生活魔法と初級魔法を学んだ時に使った教本らしい。
メリッサは口には出さなかったが、上に許可なく魔法を教えたと他に知られれば、彼女は罰せられるのだろう。
それなのに、私の我が儘を聞いてくれた彼女は侍女と召し使いに頼み、図書館で借りた本に紛れ込ませる形で入門書を用意してくれたのだ。
「姫様、日が傾く前にお戻りくださいね。それ以上は誤魔化せません」
窓から外へ出た私を、心配そうに見送るメリッサに手を振って、宮殿内の庭園へ出た。
私の護衛をしているヴァルは、朝から離宮を出て王宮へ出掛けている。
ヴァルが離宮を離れている間は、外には出ず宮殿内に居なければならないが、私はメリッサに協力してもらいこっそり庭園で魔法の練習をする事にしたのだ。
庭園の隅にある私の隠れ場所、奥まった茂みの中で地面に敷布を敷いた。
敷布の上に胡座をかいて座り、魔法入門書を開く。
前世から取り扱い説明書等、文字が多い本を読むのは苦手だったため、私の眉間に皺が寄る。
魔力を感じて引き出す呼吸法が書かれている基礎編を数ページ読んで、ゆっくりと呼吸をしながら目蓋を閉じた。
(......感じる......体の中を巡る熱、これが魔力?)
魔力の存在を感じた私は、試しに火属性初級魔法の小さな火球を指から出す魔法を唱えた。
ボッ!
指先程度の火が出ると思ったら、手のひらサイズの炎が飛び出してきたため、吃驚して炎を敷布へ落としてしまった。
「ああっ!消えてっ!」
パンッ
火事になる!と焦って手をかざせば、炎は弾けるように消え去った。
バクバク鼓動を打つ胸を押さえ、私は焦げ跡がついてしまった敷布を凝視する。
吃驚したけれど、一度で発動出来たのは、もしかして私は天才ってやつかも。
それとも、転生チートの魔力、というやつか。
うふふー、にやける頬に両手を当てて顔を上げた。
「あれ? 何?」
一瞬、視界が揺らいだ気がして、私は手の甲で目を擦る。
目を擦っても視界の揺らぎは広がっていき、私の周囲を薄い膜が覆っていく。
ガサッ!
「ひっ、ぎゃ......」
突如、茂みを揺らして現れた人物は、叫びかけた私の口に自身の手のひらを押し付ける。
「しっ叫ばないで」
声変わりをしてまだいない男の子特有の高い声。
不審者は、私の口を手のひらで覆い「しっ」と自分の唇に人差し指を当てる。
いきなり現れた不審者を、私は目を大きく見開いて凝視してしまった。
口を押さえられなくても衝撃が強すぎて、私の舌は乾いてしまったようで何も言葉が出せない。
「遮断の結界は張ったけど、叫んだら黒騎士にバレちゃうから」
真剣な表情で私の口を手で押さえるのは、同じくらいの年頃の綺麗な男の子。
知らない男の子。
なのに、彼とよく似た造形の人物を私は知っていた。
柔らかな肩までの銀髪、蒼い瞳、少年より少女に見えるくらい線の細い体つきに白い肌。
白いシャツにベスト、ズボンという軽装だが、上質な服を着ているからどこぞの貴族の子だろうか。
「あ、ごめん」
目を見開いて固まる私に、少年は口を押さえていた手をどけて謝る。
はくはく、と数秒口をパクつかせて、私は貼り付いた喉からやっとの思いで声を絞り出した。
「......わたし、わたしが......いる?」
少年とよく似た人物、それは今朝、侍女に髪を結ってもらった時に見た鏡の中の自分だった。
ドッペルゲンガー?
いやいや、性別が違うし声も違うじゃないか。
じぃっと凝視する私の視線から逃れるためか、少年は困った様に目蓋を伏せてた。
「俺は、その、初めましてかな? 君がラクジット?」
「そう、だけど......貴方は誰? どうして私の名前を知ってるの?」
少年は一瞬だけ視線をさ迷わせた後、しっかりと私を見据えて口を開いた。
「俺は、アレクシス。アレクシス=ローラント=イシュバーン」
「へっ?」
アレクシス、アレクシス=ローラント=イシュバーンという名前に聞き覚えがあり、私はすっとんきょうな声を上げる。
イシュバーンと名乗れるのは、国王直系の王族のみ。
そして、アレクシスという名前の彼は、前世の記憶が確かならば......
「俺は、一応この国の王子で、君の......片割れだよ」
アレクシスは、イシュバーン王国の王子で、恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~2のメインヒーローだった。
成る程、銀髪に蒼い瞳をした目前の少年は、確かに“アレクシス”の幼い頃の姿だ。
まさかのメインヒーローとの遭遇は、この先待ち受ける何かのフラグかと考えて、あれ?と私は首を傾げた。
「片割れって、なに?」
「俺達は双子なんだよ」
「はぁ!?」
ぎゃあっ!と絶叫しかけた私の口を、アレクシスの手のひらが素早く塞ぐ。
焦ったアレクシスは、周囲を見渡しながら何かを呟いた。
「頼むから静かにして......」
眉尻を下げて疲れた口調で言うアレクシスは、子犬みたいで可愛いなと、私は場違いなことを考えてしまった。
メインヒーロー=攻略対象 に出会いました。




