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12.生け贄の決意

後半、視点が代わります。

 強烈な愛の告白をしてくれたヴァルが、私の傍から離れて3日経った。


 両想いだと分かって喜んだのはその日だけ。

 逃げたいのに逃げられない死亡フラグ、イシュバーン王国からの迎えが来るまであと4日。


 残された期間で、私はミンコレオの女王との戦闘中に解放された竜王の血の力、倍増した魔力を自分のモノとしなければならない。

 扱いきれない強大な魔力はなかなか意のままにならず、魔法一つ放つにも四苦八苦していた。


 魔力の波動を一定の状態を保てないせいで、常に暴れ馬に乗っているような錯覚に陥る。時折、乗り物酔いに似た嘔気すら感じて食欲も無くなっていた。

 前世、乗馬マシーンを模したダイエットマシーンを試してフラフラになっていた私だから、暴れ馬を乗りこなすことはしんどいのかもしれない。




 ギュルルルー!バキバキッバキッ!


 的目掛けて放った風魔法の軌道がズレて、竜巻が周りの木々を薙ぎ倒す。

 自分の方へと倒れてく太い枝や幹を防ごうと、私は周囲に防御壁を張る。


 バチンッ!!バチバチバチッ!


「きゃあっ!?」


 防御壁を張ろうと練った魔力は一気に膨らみ、壁の形状から風船が割れるように弾けた。

 弾けた魔力は無数の火花を散らして熱を放つ。


 少しでもダメージを減らそうと身構えた私に襲い掛かる直前、魔力の火花は風に解けるように霧散した。


「ラクジット! 大丈夫か!?」


「あ、ありがとう」


 私の周りに防御壁を展開して倒れる木々の直撃を防ぎ、魔力を霧散させてくれたカイルハルトに頭を下げる。


「何度も言ったはずだ、気を抜くなと。危うく自滅するところだったぞ。解放された魔力を使いこなさなければ、お前は今後生き延びることは出来ない。国王は、ヴァルンレッドや私でもまともに戦っても勝つことは難しい相手だ」


 腕組みをして言い放つエルネストの声には、珍しく怒気が含まれていた。


「生き延びたければ、ヴァルンレッドが迎えに来る日までにその魔力を制御出来るようにしろ」


「ヴァルが来る前に......」


 竜王の血が目覚めてから私の体内の魔力回路がおかしくなってしまい、魔力コントロールのため初級魔法から習得し直していた。


 エルネストの指導と鍛練に付き合ってくれるカイルハルトのおかげで、簡単な魔法はどうにか使えるようになったが中級魔法を放つ度に魔力を暴走しかける状態で、これでは自分が生き延びるどころかヴァルの望みを叶えられない。

 今の暴発は、疲労で気が緩んでいたとは言い訳にしかならなかった。

 この先ラスボスと対峙することを思えば、自滅してなどいられないと分かるからだ。


「言いすぎだ! ラクジットは、」

「いいよ、ありがとうカイル」


 エルネストに噛み付く寸前のカイルハルトの二の腕に触れて彼を止める。体はギシギシ軋み音を立てて疲労感を訴えていても、制御しきれない魔力は出口を求め私の体内を駆け巡っていた。


「私、まだやれる」


 休憩したいと疲労から震える膝を叱咤して、私はゆっくりと立ち上がった。




「ファイアーボール!」


 前方へ向けた手のひらの上で作っていた火球がグニャリと崩れ、自分の方へ向かう炎の熱さに私は両手で顔を庇った。


「くぅっ」


 パチンッ


 エルネストが指を鳴らした音がして、私の顔目掛けて降り注ごうとした炎が消え去る。


「ありがとう......また、失敗かぁ」


 火球を形成するまでは上手く出来たから、魔法発動まで成功すると期待した分、私は肩を落としてしまった。

 気力と体力の消耗から、がくりと膝を突きそうになった私の体をカイルハルトの腕が支える。


「やはりまだ不安定だな......仕方無い、これを手に着けろ」


 溜め息混じりにエルネストから手渡されたのは、手のひらと甲の中央にコイン大の硝子の玉がくるようなデザインの、前世の知識でいう手の甲に着ける銀の鎖で作られたグローブかバングル、パームカフに似た装飾品だった。


 形状から左手に着ければ、少し緩い輪が私の手の形に合わせて縮まっていく。


「何......あれっ?」


 手の形に合うようになった輪は、瞬く間に皮膚に吸い込まれていったのだ。

 どういうことかと、私は立ち上がって何度も目を瞬かせたり手のひらを握ったり閉じたりして確認するが、仕組みは全く分からない。


「魔力補助効果のある魔具だ。身に付けると、装備者が具現化を意識しない限り皮膚と同化する。幻覚と遮蔽魔法を幾重にも施してある。私と同等以上の魔力を持つ者でなければ、竜王や魔王あたりでなければ見抜くことは出来まい。これは、黒騎士でも見破るのは無理だ」


 説明されても、バングルを着けている左手は装着感も見た目も皮膚としか分からない。


「カイル、これ見える?」


「いや、魔法の軌跡すら分からない」


 カイルハルトと二人で目を凝らして見るが、肌色の皮膚にしか見えないし感触も、魔具を着けた自分でもよく分からない。

 視線に魔力を帯びさせて、何か薄い膜みたいのがうっすら見える程度。

「ううっ」と私は小さく唸ってしまった。

 竜王の血が目覚めて魔力と増加した私でも、エルネストの遮蔽魔法を見破れないとは彼はどれだけの魔力を持っているのか。


「そしてもう一つの特殊効果は......手のひらを出せ」


 首を傾げつつも言われるがまま、私は手のひらを上にする。

 無表情に見下ろすエルネストは、おもむろに片手を開く。音も無く彼の手の中へと現れたモノは、屋敷に置いてきた魔剣幻夢だった。


「幻夢?」


 何をするのかと眉を寄せた私の目前で、エルネストはスラリと鞘から幻夢を引き抜いた。そして、


「えぇえ~!?」

「なっ!?」


 私とカイルハルトは同時に声を上げた。

 あろうことか、エルネストは赤紫色の鋭い切っ先を私の左手のひらへ突き刺したのだ。


 水中へ沈めるように、何の抵抗も無く私の手のひらへと幻夢は埋まっていった。

 剣が突き刺さっているのに痛みや違和感は全く無い。

 まるでそこに収まるのが当然のように刀身全てを埋めて、エルネストは仕上げだと柄の先を押し込める。


「この魔具は魔剣の鞘となる。魔剣の魔力は外に漏れず、身に付けているのを悟られることもない。更に、常にお前の傍に幻夢があることで魔力は吸収され、魔力の暴走を防げる上に他者からの干渉も防げる......これならば、幻夢を王宮へ持ち込めるだろう。そして、これはお前の目印となる」


 口を半開きにしたまま顔を上げると、私を見下ろすエルネストと視線が合う。


「私が転移する時のな」


 ニヤリと口角を上げるエルネストに、私は数回目を瞬かせた。


「......エルネストも戦ってくれるの?」


 イシュバーン国王と敵対するのは面倒だと言っていたのに、まさか一緒に戦ってくれるとは。

 ぽかんと、見上げる私の頭をエルネストの手が一撫でする。


「闇へ堕ちた竜王に喰わせるのは惜しいと思うくらいは、お前のことはそれなりに可愛い弟子だと思っている」


 そう言うと、エルネストは皮肉混じりの笑みではない柔らかな微笑みを浮かべた。


「えへへ、ありがとう......私、生け贄なんかにならないから! 足掻いてみせるね!」


 大丈夫だと思っていたけれど、ヴァルが傍から離れてしまって私は相当不安だったようだ。

 決意表明をして直ぐにじわり視界が歪んで、目尻に溜まった涙が零れ落ちていく。息をのむカイルハルトの声が聞こえて、ついすがるように彼の服の胸元を掴んでしまった。


「こういう場面では、抱き寄せるくらいのことをしてみろ」


「あ、ああ......」


 ギクシャクとした動きでカイルハルトは私の背中に手のひらを当てる。

 ぎこちないカイルハルトとは対照的に、俯く私の頭を撫でるエルネストの手は、低体温のせいか何時もは冷たく感じるのに今はあたたかくて優しく感じられて、拭っても拭っても涙は止まらなかった。




 ***




 しゃくり上げるラクジットの背中を幼子をあやすように撫でながら、エルネストは前方の木々へと視線を移した。

 

 本来ならば、肉体の崩壊と精神の発狂を防ぐため、時間をかけて目覚めた竜の力を人の体に馴染ませる。

 今回は時間が無いとはいえ、ラクジットには無理をさせているのは理解していた。

 精神面は大人びているとはいえ、エルネストから見たら、彼女はまだ年端のいかない幼い娘。ヴァルンレッドも娘の心を掻き乱す真似をするとは、酷なことをしたと苛立ちを覚えた。


(おい、術が解けかけているぞ)


 いかに目眩ましの術を使おうとも、僅かな感情の揺れが術式に綻びは生じる。

 それに気が回らないような男では無いだろうに、自分は兎も角ラクジットやカイルハルトにもバレてもかまわないらしい。

 ここまで執着して欲しているのに、魂の拘束には抗えぬとは哀れな男。


「いくら可愛いと言えども、私は弟子には手を出す気はない......お前とは違ってな」


 わざと撫でていたラクジットの頭から手を離し、彼女の体を支えていたカイルハルトから奪うように肩へと腕を回す。

半ば嫌がらせで密着してやれば、さらに乱れる術式を感じてエルネストはクツリと喉を鳴らして嗤った。


次話から新章になります。


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