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05.巣穴への突入

やっと突入します。

 集落の中心部、広場の真ん中に開いたミンコレオの巣穴へと続く直径三メートルはありそうな穴へ、私は怯えながらエルネストに続いて下りた。


 巣穴の土壁は、べちゃっとした粘着物質が張り付いている等の気持ち悪さや、獣臭や掃き溜め系の生臭さを覚悟していたのだが、意外にも巣穴の四方は岩の壁みたくしっかりとした物で臭いも土の臭いしか無い。

 良い意味で私の予想を裏切ってくれた。

 通路には食べ滓や排泄物も無いし、ミンコレオは蟻らしく綺麗好きなのかもしれない。

 更に、内部は真っ暗でも無くほんのりと明るい。エルネスト曰く、ミンコレオが排出する特殊な体液の成分が巣穴の壁を強固にし、発光させているのだという。

 壁を覆うのが体液というのは少々嫌だが、集落の広場へほとんどのミンコレオを誘き寄せられたのか、通路では働きミンコレオと遭遇せず私は胸を撫で下ろしていた。



 通路を歩いた先、二手に別れている開けた空間に三匹のミンコレオが居るのが見え、腰の剣へと手を伸ばした私は思わず目を丸くした。


「ミンコレオ同士が争っている? どうしたのコレ?」


 三匹のミンコレオが互いを威嚇し噛み付き合い、前足で引っ掻きあったり尻で頭を突っついたりと、取っ組み合いをしていたのだ。

 全身ボロボロになり、身体中から体液がだらだら流れているのに彼等は止まらない。

 三匹のミンコレオの赤い目の中央は白濁し、正気を失っている様子だった。


「女王蟻からの指令が途切れ、混乱して共食いしているのだろう。元々ミンコレオをつき動かしているのは、食欲だからな。放置してもよいが、邪魔だな。片付けるぞ」


 言い終わるや否や、エルネストの両手の平に魔力が集中する。


「デルタブラスト」


 バシュッ


 空間に捻れを生じさせ、その擦れによって対象を即死させる魔法により、三匹のミンコレオは一瞬で塵と化した。


 禁術とされる魔法をポンポン使える魔力と知識を持つエルネストだけで、女王蟻も働きミンコレオ達全て殲滅出来るのではないか、こんな魔王みたいな男が師匠とか自分の今後は大丈夫なのか、とか思うと目眩がしてくる。


「......働きミンコレオも女王蟻も全て倒さなきゃ駄目? 縛魔法で女王蟻が動けなくて共食いしているなら、直に自滅してくれるんじゃないの?」


 これ以上は行きたくない、暗にそう伝えればエルネストは器用に片眉を吊り上げる。


「緊縛魔法は永遠ではない。まさか、私に何度も魔法をかけ直せと? 女王蟻を倒しても、卵一匹でも残したらそいつが女王蟻に成りかねんぞ」


 ギロリッ睨まれてしまうと、私は「そっか」と返すしかなかった。




 巣穴を進んで行き雰囲気の違う一角へと出た。何かの植物の長い根が入り口を、まるで暖簾のように塞いでいる。

 暖簾状態の根を剣で真一文字に斬り開くと、奥まった部屋への入り口が現れた。


 室内へ入ると、ムワッとした空気を感じて私の足が止まる。

 干し草を敷き詰めた寝床、床に撒かれた腐葉土によって室内は暖かく、湿度も部屋の外と比べて高い。


 土壁をくり貫いて作られた棚や、床に整然と並べられた前世でのラグビーボール大の卵を見れば、この部屋が何を目的とした場所か分かってしまった。


「卵の生育部屋だ。やれるか?」


「......うん」


 振り向いたエルネストに、私は下を向いたまま答える。

 出来ない、と答えてもエルネストが卵達を滅するのなら私が苦しまないように眠らせてやろう。

 そっと、干し草の中へ強制睡眠魔法をかける。


「アシッドレインッ」


 毒々しい赤紫色の霧が室内に充満し、卵達と干し草の上に致死量の毒を含んだ雨を降らす。

 毒の雨に浸された卵達は枯れ葉色へと変色し、硬い殻の中で命は消え失せた。



「上出来だ」


 地下ということもあり、巣穴を破壊しかねない攻撃魔法ではなく猛毒を選んだのは合格だったらしい。

 ポンポンと、私の頭を軽く叩くエルネストは魔王というよりお父さんみたいだ。


 ぎこちない笑みをエルネストへ返して、私は変色した干し草ベッドに近付いて中を覗き込む。

 干し草ベッドには、卵から孵って間もないミンコレオ幼虫が十数体倒れていた。

 息絶えている幼虫の上半身は、赤ちゃんライオンとほぼ変わらない姿。

 強制睡眠をかけたから眠ったまま逝けた筈だ。

 眠っているような穏やかな表情の赤ちゃんライオン。蟻の下半身は干し草で隠れているせいか、チクリと胸が痛んだ。



「どうした?」


「いや、幼虫は兎も角、卵まで殺すのは何だかなーって思って。何かに有効利用出来ないの? 食用にするとか肥料とか、ペットは?」


 干し草ベッドの中を見たエルネストは、やれやれと息を吐いて私の肩を引き寄せる。

 パチンッ、エルネストが指を鳴らすと同時に干し草ベッドが燃え上がり、超高温の炎によって数秒後には全て灰と化した。


「......お前はミンコレオの卵を食ったり、飼いたいと思うのか?それならば試しに卵を持って帰るか? 勿論、卵の世話はラクジットの仕事だ」


「イイエ......無理です。持ち帰るのは勘弁してください」


 卵の有効活用も一瞬だけ考えて......私は直ぐに降参した。


 卵の中身は鶏と一緒でも食べるのは拷問だし、幼虫の上半身を見てしまい少し罪悪感を感じただけで、トラウマを植え付けられたミンコレオを飼育するなど無理だ。


 青ざめてプルプル首を振る私の答えに、エルネストは満足そうに笑った。





 がしゃん!がっしゃん!


 キィイイィ―


 巣穴の奥へ進むにつれて、金属を振り回す音とミンコレオの叫び声が聞こえ、ひたひたと感じる嫌な予感から私の全身からは汗が吹き出る。


「なに?この音......」


 巨大なナニかが奥で暴れているとしか思えない。ナニかとは、深く考えなくともアレしかいない。


「地獄の鎖の力に女王蟻が抵抗している音だろう」


 がしゃんっ!


 鎖を引っ張って暴れる音と共に、巣穴がグラグラと大きく揺れた。


「くくくっ、なかなか活きが良い蟻のようだな」


「活きがいいって......」


 心底愉しそうに笑うエルネストを見上げて、つくづく悪趣味な男だと思ってしまった。




 引き返したい気持ちを押し込めて歩き進んで行くと、聞こえてくる金属音と唸り声の大きさからして、最深部だと思われる巨大な地下空間へと辿り着いた。



「ここだな」


 地下空間へ下り立った私は、大きく目を見開いた。

 叫びそうになって抑えた喉からは「ひっ」と声が漏れる。


「おっきいし、気持ち悪いっ」


 地下空間の中央に居たのは、漆黒の鎖に身体中を縛された女王蟻だった。

 瞳全体が赤目の肩までは雌ライオン、下半身は蟻というのは同じ。

 しかし、働きミンコレオの三倍は有ろうかという巨体と、大きく膨れて所々赤と青の触手が絡み付いた蟻の腹部は黒ではなく灰褐色で、規則的に脈打つ胎の内部が透けて見えるのだ。

 だらだらと涎を垂れ流す口からは威嚇のための声を上げ、牙を剥き出しにして怒りに染まった瞳を私とエルネストへ向ける。

 鎖で抑えられていなければ、女王蟻の迫力と気持ち悪さに腰を抜かしていたかもしれない。



「さてと、これから鎖を解除する」


「えっ!?」


 解除したら確実に襲われるじゃないか。

 何を言い出すんだと、泣きそうになって私はエルネストを見る。


「この鎖は対象者を拘束し力を打ち消す効果がある。攻撃を無効化されては女王蟻を倒せないからな。解除したら......ラクジット、お前一人で女王蟻を倒せ」


 後半、思いがけない台詞が聞こえた気がして、私はポカンと口を大きく開けて固まってしまった。


 一人で倒す?何を?あの気持ち悪い女王を?


 言われた意味を脳が理解するために、二回脳内で復唱してからたっぷり数秒を要した。


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