04.二人の師弟
視点がころころ変わります。
動物園の強化硝子並の強固な結界を、外側から爪でガリガリ引っ掻く音が響き、中に居る私は恐怖でガクガク震える。
結界壁に群がるミンコレオが一体だけなら堪えられるが、数十体となると鋼の心が無ければ無理だ。
魔法をぶっぱなして蹴散らしたくとも、結界内で魔法を放てば自分に跳ね返るだけだし、結界石の結界は一定時間経たなければ消えない仕様で自力では解除できない。
(どうにかして~! エルネスト!)
結界越しの四方を、蟻の腹部にギッチリと覆われるという悪夢の光景を見ていたくなくて、私はぎゅっと目蓋を閉じた。
集落の中心部に数多のミンコレオが集中しているのを確認して、エルネストはクツリと笑った。
結界石が使われた気配もしたから、あの中に居るであろうラクジットは無事だろう。
巣穴から這い出てくるミンコレオが打ち止めとなった頃、エルネストは詠唱途中の魔法を再開する。
「散れ、メテオストーム」
エルネストの力ある言葉により、集落の真上に出現させた朱金色に輝く巨体な魔力の塊が分散し、結界に群がる無数のミンコレオへ降り注ぐ。
キュドドドドッ!!
魔力の塊は弾丸となって、確実にミンコレオを撃ち抜く。
撃ち抜かれた体は内部から破壊され、一気に細胞から融解し蒸発していった。
「あぅ......」
気持ち悪い蟻の部分に四方を覆われた上に、ミンコレオ達がぐちゃぐちゃに融解して赤や緑色の煙を上げて蒸発していく様を見てしまい、私は地面に座り込みながら半泣きになってはくはくと喘ぐ。
確実に敵を仕留められる超破壊魔法を放つなら、生き餌なんかいらなかったんじゃないか。
全てのミンコレオが融解して消滅した後、ようやく結界の効果が消える。
異臭が立ち込めているかと覚悟したのに、外の空気は意外と清んでいて、私は呆然と蟻の痕跡が一つも残っていない地面を見詰めてしまった。
ジャリッ、地面を踏みしめる音に顔を上げる。
無表情で私に近付くエルネストを、涙目で恨みを込めて見上げた。
「ご苦労」
「ご苦労、じゃないでしょー! 滅茶苦茶気持ち悪いし! これっ絶対トラウマになるよっ! わさわさされて、気持ち悪かったんだからー!」
叫んだ勢いで、ぽろりと目尻から涙が零れ落ちる。
「......無事ならば良かろう」
珍しくばつの悪そうな表情になったエルネストは、これまた珍しく座り込んだままの私へ向かって片手を差し伸べるのだった。
「良くない! 私の心が! 全く無事じゃないっ」
差し伸べられた手に遠慮無く掴まり、よっこらしょと立ち上がる。
ボロボロ涙を流して、鼻水をずるずる啜りながら泣きべそで抗議する私に、エルネストはフンッと鼻で嗤った。
「邪魔なモノは排除出来た。次は、少々嫌がらせでもしてやろうか」
右手のひらを下へ向けて、エルネストは呪文詠唱を始める。
紡がれる呪文と共に、地面には薄紫色の光が走り複雑な魔方陣が次々に描かれていく。
「幾何なりし封縛、紫煙の鎖を絡ませ繋ぎ止めん」
バチバチッ!
魔方陣から出現した紫と黒の閃光が地面へ向かって伸びていき、地中へ入る直前に閃光は鎖となり消えた。
直後、ぐらぐらと数秒間地下が揺れる。
「い、今のは?」
「地獄の鎖を召喚し、女王蟻をこの地に縫い止めた。卵を産むことはおろか身動きも兵に指令を送ることも出来ないだろう」
「へー......」
とんでもない魔法を使ったと思うのに、さも簡単な事のように言われると色々突っ込めない。
もうエルネスト一人だけで女王蟻を倒せるんじゃないのか、鬼畜エルフから魔王へ呼び名を変えようか、とも思ったが、もう深くは考えないようにした。
「まさか、ミンコレオの大群を一撃で葬るとは......」
魔力の波動が消えた頃、小走りでやって来た警備隊達は畏怖と畏敬が入り混じった視線をエルネストへ送った。
「今のは地獄の鎖......そんな、禁呪を?」
驚愕に大きく目を見開いたジュリアの顔色は蒼白になり、小刻みに震える自身を両腕で抱き締める。
「今の魔法は! なんなんだ!? あんた、ただのエルフじゃないだろ?」
「まさか、最上級魔法をこの目で見られるとはな」
興奮して上気した顔で言うカルロス、感嘆と感激で瞳を潤ませるニイシャンの二人をエルネストは面倒臭そうに一瞥し、警備隊の方へと向いた。
「おい、そこの兵士達、この場で待機して穴からミンコレオが出てきたら駆逐していろ」
「あ、ああ」
不遜な言い方をされても、間近でエルネストの力を見せ付けられた隊長は素直に頷く。
「巣穴に長時間居座る気は無い。とっとと殲滅させて終わらすぞ」
「行かなきゃ駄目?」
出来ることならば、働き蟻ならぬ働きミンコレオがうじゃうじゃいるであろう巣穴なんぞ入りたくもない。
必死で進行を食い止めていた警備隊や魔術師達の前で否、とは言いにくく上目遣いで「無理、嫌だ」と訴えてみる。
「蹴り落とすぞ」
......嘲笑を浮かべ冷たく言い放つこの男なら、本当に巣穴へ蹴り落としかねない。
文句を言いたくなるのをぐっと堪え、私は重い足どりで集落の中心部、広場の中央に開いた穴へと向かうのであった。
***
磨き上げられた石の壁に掛けられた魔法の灯りが洞窟の最奥、広々としたドーム部を仄かに照らす。
半円型のドーム内に響き渡るのは金属が打ち合う鋭い音だった。
キィンッ!
弾かれた剣が回転しながら床を転がる。
床へ片膝を突いた切り傷だらけの少年を、右手に漆黒の魔剣を握ったヴァルンレッドは冷たく見下ろした。
「カイルハルト、貴様はこの程度で壊れるのか?」
「くっ......まだ、だ」
奥歯を噛み締めて顔を上げたカイルハルトの頬や顎にも、無数の切り傷が刻まれていた。
剣を飛ばされ膝を突いている状況では負けも同然。
それでも敗北を認めずに、剣を無くしても素手で挑もうとしているらしい。
往生際の悪さをヴァルンレッドは鼻で嗤う。
チャキッ
カイルハルトの顎先へと、魔剣の鋭い切っ先を向ける。
「残念ながら剣技だけでは、まだまだ私に勝てぬようだな」
「くそっ!」
まだ一度もヴァルンレッドには勝てないとはいえ、この三年余りで彼は剣技も魔法も見違える程に上達をした。
拾った当初、カイルハルトが生き延びる目的としていた復讐とやらも成し遂げるであろうくらいの力を、帝国軍の将軍や皇帝と戦って勝てるだけの実力を、本人は気付いていないが得ているのだ。
復讐とやらも忘れて、敗北を心底悔しがるカイルハルトの様子に、ヴァルンレッドは不敵に笑う。
可愛い姫の頼みで助けた時は、手駒としてしか見てはいなかった少年に対し、今ではそれなりの情は感じていたのだ。
「このままでは出血死しかねんな。魔封じの結界を解いてやろう」
「そんな情けなど、いらない!」
満身創痍なのに生意気に吠えるカイルハルトを、ズタズタに切り裂いて可愛がってやりたくなる。
『ヴァル......やり過ぎ!』
ズタズタにしても、その後に可愛い姫がカイルハルトを気遣うのも癪に障る。
可愛らしく怒る姫が、頬を赤くして本人は睨んでいるつもりで見上げる愛らしい表情を見たい気もするが、自分以外の者を思ってそんな表情になるのは後々苛立つだけ。
可愛い姫とは違い、悔しさから殺気すら混ぜて睨んでくる視線の心地良さに、フッと息を吐いてヴァルンレッドは顎先に突き付けていた剣を下ろした。
「いい気概だな。ならば、死ぬ気で私の動きを覚えろ」
膝を突くカイルハルトに背を向け、ヴァルンレッドは数歩歩いて弾き飛ばした剣を拾うと、拾った剣を後方へと無造作に放り投げた。
ガッ!
放り投げた剣は、カイルハルトの膝先数センチの床へ突き刺さる。
「私の戦い方をその身に刻め」
「あんた、何のつもりだ?何でこんな......」
普段の鍛練ならば膝を突いた時点で終了しており、ここまで執拗に攻められない。
戸惑いながらもカイルハルトは剣を支えに立ち上がった。
「さて、な」
無駄な問答に答える気は無く、ヴァルンレッドは剣をかまえる。
彼が“ヴァル”として与えられた自由が終わる日は、刻一刻と迫っていた。
ラクジットの中では、エルネスト→鬼畜エルフ→魔王となりました。
一方のカイルハルトは、ヴァルにボコボコに鍛えられています。




