02.届いた依頼
ミンコレオは、ヨーロッパの伝説上の生物ミルメコレオから。
見た目はライオンと蟻の合成生物らしいです。
途中で視点が変わります。
国境の砦を奪還してから一週間後。
コボルト執事が差し出した封筒を受け取ったメリッサは、宛名を確認して眉を顰めた。
「ラクジット様宛ですが......」
「ありがとう」
渋い表情のメリッサから渡された薄茶色の安っぽい封筒は見覚えがあり、差出人名を見れば予想通りミンシアのギルドから出された手紙だった。
ギルドに登録して冒険者として依頼をこなすことを、あまり快く思っていないメリッサの反応が良くないのは仕方無いか。
ビリッ
勢いよく封を破り、中に入っている紙を取り出す。
ざっと目を通した私は「はぁ?」と間の抜けた声を出してしまった。
「カイルー! いる?」
この屋敷を外部から切り離している結界の影響で、屋敷の敷地内では一部を除いて生活魔法以外の魔法が使えない。
そのため、私は一階から二階の各部屋に声をかけてカイルハルトを探して回っていた。
いくら広い邸内でもこれだけ探しても姿は無く、獣人のメイドやコボルト達もカイルハルトの居場所が分からないとなれば残るはエルネストの部屋か外。
二回ノックしてから、私はエルネストの部屋の扉を開ける。
「エルネストいるー?」
「......喧しい」
ソファーに長い脚を組んで座っていたエルネストは、不機嫌さを隠そうとせずジロリと私を睨む。
「ギルドから急ぎの依頼が届いたの。国境沿いの集落がミンコレオの群れに襲われて、ほぼ壊滅したらしいの。地下に巣があるのかもしれないから殲滅しろって。カイルが何処にいるか知らない?」
エルフ特有の、新緑を思わせる綺麗な緑色を纏った見目麗しい外見をしたエルネストの唇が、外見の美しさを裏切るくらい辛辣な嫌味を吐き出す前に、私は一気に部屋を訪れた用件を告げる。
「ミンコレオの被害とは久々だな」
思案するエルネストは、口元に人差し指を当てる。
ミンコレオは上半身はライオン、下半身は蟻という魔物だ。
彼等は女王を頂点とした群れを成して、地下深く巣を築いていく。
蟻と似た生態だが、一個体の大きさと貪欲までの食欲と凶暴性は大きく違う。
地下で活動してくれている間はまだいいが、備蓄食料が尽きると地上に現れ他の生物を襲い出す。そうなれば、一帯の生物を喰らい尽くすか女王が駆逐されるまで、ミンコレオの群れは止まらない。
今回の依頼内容は、まるで前世で楽しんだ懐かしゲームのイベント、ある集落を蟻が襲い女王蟻を倒すという有名なイベントみたいだ。
「カイルハルトはヴァルンレッドに連れられて鍛練へ行ったぞ。行き先は魔封じの洞窟のため、伝達魔法は届かない。使い魔を放っても、距離を考えて今日中に戻るのは無理だな」
「じゃあ、私一人で行くしかないか」
潜入した巣穴の中で、働き蟻ならぬ、働きミンコレオがうじゃうじゃ闊歩している様子を想像し、私は身震いした。
昆虫は苦手ではないけれど、さすがに自分より大きい体を持ち数も多いとなると気持ちが悪い。
団体で襲いかかってこられたら対応出来ないし、狭い巣穴では大した魔法は使えないからやはりカイルハルトが戻るのを待つしかないか。
それとも、超破壊魔法を放って襲われた集落ごと地中深く根刮ぎ一帯を吹っ飛ばすか、辺り一帯を枯れ地にするつもりで巣穴の中へ超強力殺虫剤を注入するか。
「ふむ......ラクジット、たまには私が一緒に行こう」
完全に思考の淵へと沈んでいた私は、エルネストが何を言ったのか理解出来なかった。
「へ?」
頭の中で「エルネストが一緒に?」と何度か復唱してから、やっと意味が理解出来てポカンと口を開く。
「......エルネストが?」
「ああ......不満そうだな」
「だって、今までエルネストから無茶振りばっかりされてたし......」
今までされた鍛錬という名の無茶振りを思い出してしまい、私は段々と尻窄みになる。
ある時は、魔法を封じられて物理攻撃がほとんど効かないスライムの巣に放り込まれたり、またある時は血の臭いに敏感なサーベルタイガーの縄張りに、わざと鶏の生き血を浴びせられてから強制転移させられた。
物理攻撃をした後に飛び散ったスライムの体の一部を浴びて溶かされかけた腕の痛み、丸腰で目を血走らせたサーベルタイガーの群れに囲まれた時の恐怖は、もう二度と味わいたくもない。
それから、エルネストが召喚した地獄の騎士に追い掛けられて三日三晩鬼ごっこした事もあったな。即死魔法を使うわ、物理も魔法もほとんど効かないという強すぎる異界からの命の簒奪者は、遭遇したら確実に殺られると恐怖した。
今までの事を思い返したら本当に私とカイルハルトは、よく今日まで生き延びられたと思う。
鬼教官エルネストが一緒に来るとなれば、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
否、疑うな、と言う方が無理がある。
黙り込んだ私へ、エルネストは意地悪な笑みを浮かべた。
「何だ? 手枷をでもして行きたいのか?」
「ミンコレオの群れに手枷して突撃するのは無理無理!!」
本で見たミンコレオの獰猛な生態と気持ち悪い姿を思い出した私は、顔色を青くして何度も首を横に振る。
「く、はははっ冗談だ」
愉しそうに声を出して笑うエルネストは珍しく、いつも以上に彼が怖くなった。
(何でいないのよっカイルの馬鹿ー)
やっぱり何か裏があるのではないかと、泣きそうになって私はぎゅっと目蓋を閉じた。
***
脚に力が入らないのか、よろめきながら扉へと歩いていくラクジットの後ろ姿に、少々虐め過ぎたかとエルネストは壁際に控えていたメイドへ視線を送る。
視線の意を理解したメイドは一礼し、廊下へ出たラクジットの後を追った。
「御主人様......」
メイドの姿が部屋から消え、長年補佐を任せているコボルトが控えめに非難めいた声を発する。
冷静で感情をあまり出さない彼が、眉尻を下げて灰色の瞳に不安の色を表していた。
「心配するな、無茶はさせんよ」
ヴァルンレッドがラクジットを連れて来てから三年余り。
喧しく迷惑な連中のせいで停滞していた邸内の空気が一新され、使用人達は生き生きと仕事をするようになった。
日々成長していく竜の王女と帝国の皇子に、このコボルトはすっかり絆されてしまっているようだ。
特に、ラクジットの行く末を案じた者達の中では、エルネストの妻にと推す声も上がっているという。
護るためだとしてもあの娘を娶るなど、病的な程ラクジットに執着しているヴァルンレッドが許すわけない。
とはいえ、イシュバーンの王女という竜王の血筋無しにしても、ラクジットは見ていて飽きないし愛らしい存在だとは思う。このまま、狂った王の贄に差し出すのは惜しいと、手を差し伸べたくなるくらいに。
そこまで考えて、絆されているのは自分もかと、エルネストは口の端を上げた。
「アレはもう完成させた。あとは」
一旦、話を切り、組んでいる脚を外して立ち上がる。
「ヴァルンレッドが本気でやり過ぎて、小僧を壊さなければ良いがな」
大事な駒となるカイルハルトを壊されたら、エルネストにとってかなりの痛手だ。
万が一の事を考えて、魔封じの洞窟には仕掛けを施してあるとはいえ、ヴァルンレッドは難なく仕掛けを外すだろうから。
「ヴァルンレッド様は理性を欠く事は無いでしょう」
「彼奴は普段は抑え込んでいるが激情家だ。最近の様子は精彩さにかけているため、小僧次第ではやり過ぎかねん。私がラクジットと行動を共にしたと知ったら、八つ当たりはするだろうな。しかし......先程のラクジットは、くくっ、あそこまで怯えぬともよいのにな。あんな反応をされれば、さらに虐めたくなるのに」
嗜虐的な愉悦を瞳に浮かべ、クツクツ笑うエルネストを見上げて、コボルトの眉は不安で八の字になる。
主人と黒騎士とやり合う力も権限も無い自分が出来るのは、件の少年少女が無事に戻って来るのを祈るだけである。
エルネストがラクジットに抱いている感情は、愛玩動物を可愛がるみたいな感情だと思います。
懐かしゲームのイベントは「蟻だー」って台詞が有名です。女王蟻のグラフィックは気持ち悪かった...




