16.冒険の結末は
途中でカイルハルト視点が入ります。
長い梯子を登りきった先は、岩山の頂だった。
空には星が輝き、まだ月も高い位置をキープしている。夜明けまでは時間があると分かって、私は安堵の息を吐く。
「此処が山頂?」
地上から見上げた時は、登りきれるか不安だった岩山の頂まで登れるとは、自分でも驚きだった。
日々のしごき、もとい鍛練で自分でも驚くくらい体力がついたようだ。
数歩歩いて岩山の端から下を見下ろして、その高さに身震いする。
山肌は草木が生えてないため、滑落したら即死だろうか。
「月光石はどこだろう」
キョロキョロ辺りを見渡すと、小高くなった場所に如何にも“特別な場所”だと示すような、四方を白い柱に囲まれ下は正方形の石のブロックを敷いた場所があった。
白い柱の中心に、あきらかに危険な“巨大な何かの巣”が鎮座する。
何かがあるとあからさまに分かる状態に、これは何らかのイベントだとしか思えない。
ゲーム内のイベントだったら、月光石を手に入れるためのボス戦が待っているってやつか。
今の状況がゲームだったら、私が居る辺りにセーブポイントがあるのかな。
「どう見てもあそこだよね。カイル? どうしたの?」
後ろを振り返った私は、視線を合わせないで俯くカイルハルトの様子に首を傾げた。
「梯子登るのに疲れたの?」
「いや、そうじゃない。ただ、何でもない......」
心配してくれるラクジットには悪いが、今のカイルハルトは彼女の顔を真っ直ぐ見られなかった。
顔を見てしまったら、梯子を登っている時にチラチラ見えてしまったスカートの中身を思い出してしまい、脳内が大変なことになるのだ。
タイツを履いるから大丈夫!と言われても、暗がりでもハッキリと見えた。否、見てしまった。
彼女の太股が動く度に、タイツが尻の間に食い込んでいるのも、下着の線も見えて......カイルハルトは湯気が出てしまいそうな頭を振る。
「カイル?」
心配したラクジットが肩に触れる。
気遣いの出来る彼女は、どうして自分の事には無頓着なんだ。
イシュバーン王国王女なのに、離宮で隠されて育ったという事情は聞いているが、一応姫だから最低限の淑女教育は受けているはず。
それなのに、こんなにもラクジットは無頓着というか無防備で。
彼女の側にいるヴァルンレッドとメリッサが、やたら過保護なのも分かる気がした。
自分が参ってる理由を伝えて、恥じらわれたらそれはそれで気不味すぎる。
「大丈夫だ。月光石を探そう」
カイルハルトは曖昧に笑って、この場を誤魔化すことにした。
「そうだね。パッと見は落ちてないから、やっぱりあの中かな?」
あからさまに怪しい木の枝で組まれた何かの巣へは、本音は近付くのは嫌だった。
だが、近付かなければ月光石は手に入らない。仕方なく、私はカイルハルトの一歩後ろをついて行く。
石の柱へ近付いた時、かなりの明るさがあった月明かりが陰った。
バサッ
大きな羽音が聞こえ、顔を上げる。
「ラクジット!!」
カイルハルトの声に、弾かれたように立っていた場所を飛び退いた。
カッカカカッ!
剥き出しの岩肌の地面へ、大きな羽が数本突き刺さる。
「ハーピーだ」
駆け寄って来たカイルハルトは、上空で羽を羽ばたかせ私達を睨む魔物を見上げる。
吊り上がった眼に裂けた口から覗く鋭い牙、前世の記憶でいう般若のような女性の顔と胸、猛禽類の巨大な体を持ったハーピーは、ファンタジー物語では定番の魔物だ。
定番でも、実際対峙すると異形の魔物だし恐い。
一人で出会していたら、震えて動けなくなっていただろう。
「襲ってくるってことは、石があるのは巣の中か。隙を見て取るか、ハーピーを倒すしかない」
ハーピーから視線を動かさずにカイルハルトは腰の剣を抜く。
「魔物からのドロップアイテム......そうか」
思い出した。ゲームの中でも武防具の精製で必要となる月光石は、ハーピーを倒して手に入れるのだった。
そこまでゲームに沿わせなくてもいいのに、と私は唇を噛む。
こうなることが分かっていたから、エルネストとヴァルはカイルハルトを同行させたのか。
「ラクジット、俺が戦ってる隙に石を取るんだ」
剣を構えるカイルハルトの背中越しに巨大な巣を見れば、巣の中で何かが動くのが見えた。
「カイル......もう二匹いるよ。巣の中に」
「くっ三匹か!」
私達が気配に気付いたと分かったらしく、巣の中に潜んでいたハーピーが羽を羽ばたかせ翔び出てくる。
「私も戦う!」
上空にいるハーピーへ向けてカイルハルトが地を蹴ると同時に、私は二匹のハーピーへ向けて右手を突き出した。
「サンダーボルト!」
力ある言葉と共に、右手に集中させた魔力が電撃へ変換される。
「散れ!」
「「ぎゃああっ!?」」
真っ直ぐに伸びた電撃は、私の声に応じて上下左右へ枝分かれし、避けようとしたハーピーの体を絡めとった。
風属性のハーピー相手に火炎や氷魔法を放ったところで、風の障壁によって防がれるかもしれない。
散らした電撃だけでは大した威力は無いが、ハーピーの動きを止めるには十分。
狙い通り、巣から飛び出して来た二匹の動きは止まる。
『魔法は発動後は隙が生じる。放つ前に次の対策をしろ。イシュバーン王女なら、お前ならこれくらいやれるだろう』
魔力を使いすぎて肩で息をする私を、見下ろすエルネストが不敵な笑みを浮かべる。
『二つの魔法の同時詠唱』
『そ、そんなの無理だって!』
『出来るまで帰さん』
言いきった鬼コーチは、課題が出来るまで決して許してはくれないと今までの経験から分かる。
涙目になりながら、私は呪文を唱えた。
私は左手を高く空へと突き上げた。
「アローレイン!」
ズバババババッ!!
左手から放出された魔力の塊が、無数の光の矢となり動きを止めたハーピー二匹へ降り注ぐ。
「ぐきゃあぁー!!」
ぐしゃりっ!
光の矢に貫かれた一匹のハーピーは、大きな音をたてて地面へ落ちる。
「浅かった!?」
魔法の矢によるダメージが軽かったハーピーは、怒りの形相をして鋭い鉤爪を私に向けて急降下してくる。
魔法を唱える余裕など無い。咄嗟に、私は腰の剣を引き抜いた。
「たぁっ!」
剣の柄を握り魔力が吸いとられる、引っ張られるような感覚が一瞬した後、紫水晶に似た刀身の輝きが増す。
斬り上げる動作で刀身から衝撃波が生じ、ハーピー真っ二つに斬り裂いた。
「凄い......」
エルネストから貰った幻夢の驚きの攻撃力に、私は呆然と呟いた。
仲間が倒れたことで、逃げようとした残り一匹のハーピーを斬り伏せ、カイルハルトが駆け寄る。
「ラクジット! 大丈夫か!?」
カイルハルトの声に、ハッと顔を上げる。そうだ、今は呆けている場合では無かった。
「ああ、ごめん。月光石を取らなきゃね」
絶命して灰塵と化すハーピーの側を通り、私とカイルハルトは木の枝や蔓で作られた巣によじ登る。
巣の中には、様々な輝きを持つ石や貴金属が埋もれており、私はつい「烏か......」と呟いてしまった。
様々な輝きの中、目当ての月光石はすぐに見つかった。
目印にしていた魔力の筋を凝縮した石、輝く月色の円い石こそが目当ての石。
「これが月光石......綺麗だね」
そっと手に取ると、私の魔力に反応してやわらかな光を放ち、周囲を明るく照らす。
「......綺麗だ」
「カイル?」
真後ろから聞こえた感嘆の声に、振り向けば聞こえていたとは思っていなかったらしい、カイルハルトの顔は真っ赤に染まった。
手に入れた月光石を袋へしまい、二度長い梯子を降りて通路を抜けて出入り口まで辿り着いた頃には、もう夜明けを迎え空は白んでいた。
行きの半分程の時間で戻れたのは、下り坂が続いていたのとイベント戦でボスを倒したから、魔物が何も出て来なかったからだろう。
重厚な扉を押し開け、外へ出た私達は「あっ」と同時に声を上げた。
「二人ともよくやった」
扉の先には、腕を組んだエルネストが待っていたのだ。
「ハーピー三匹を相手にして無事とはなかなかやるな」
「迎えに来てくれたの?」
そこまで情が深い男とは思っていなかったから、意外過ぎて私はキョトンと訊いてしまった。
まあな、と頷いてエルネストは、後ろをチラリと見て一歩横へ動く。
「こいつが喧しいから迎えに来た」
エルネストの背後から現れた人物に、私は目を大きく見開いてしまった。
「ヴァル!」
「ラクジット様」
頭のてっぺんから足元まで見下ろして、ヴァルは心底安堵した表情を浮かべた。
彼の優しい表情に、私の胸にあたたかいものが込み上げてくる。
ヴァルのもとへ駆け寄り、広い胸へ飛び込んだ。
「私ね、頑張ったよ」
ヴァルの胸にぎゅうっと抱きついて、頬を擦り寄せると緊張が一気に緩む。
「ええ。よく頑張りましたね」
大きな手のひらで頭を撫でられて、ヴァルの心臓の鼓動を聞くとすごく安心できる。
ああ、私は怖かったんじゃなくてヴァルが傍に居なくて心細かったんだ、と理解した。
「小僧、あの男から奪い取るのは大変だぞ」
ビクッと、大きく肩を揺らしたカイルハルトは慌ててエルネストを睨む。
「お、俺は、そんなんじゃ......あんたが、だろ?」
「私はただ、面白い娘に興味を持っただけだ」
お前とは違う、と言外に含ませて、エルネストは器用に方眉を上げた。
エルネストは、ヴァルが一人で迎えにいこうとしたからついてきただけ。
メリッサは、タルトを徹夜で山盛り焼いて待っています。




