15.月光石の洞窟
冒険の描写は難しいです。
洞窟と言うには整備された山頂までの通路を、魔物に出会さずに順調に私たちは先へ進んでいた。
ゆるい登り坂を歩くと少し広けた場所まで出る。
先を歩くカイルハルトの足が止まった。
「分かれ道だ。どっちへ行く?」
「う~ん」
ゲームの世界だったら、くまなく歩き回って宝箱の回収をしたいところだが、実際ここまで整備された場所だと宝箱は無さそう。
無駄に探索するのは時間ロスにしかならない。
『月光石のある山頂までは大して迷うことは無い。が、もし迷った場合は、魔力の痕跡を感じ取ってみろ。お前は竜の血を持っているから目はいいはずだ』
鬼コーチ、もといエルネストは鬼畜で意地悪だが、何時も的確な事を教えてくれる。
私は目蓋を閉じて、深呼吸してから意識を眼に集中させた。
自分とカイルハルトとは異なる、生物とも違う静かな魔力を感じ、ゆっくり目蓋を開く。
「魔力......」
薄暗い通路の右側から、光り苔の明かりとは違う色をした淡い金色の粒子の流れが見えた。
「見えた。こっち」
金色の粒子が流れている道を指差すと、カイルハルトが私の先を歩き出す。
皇子として育てられたからだろうか、騎士道精神なのか、彼は然り気無く私を庇ってくれる。
まだまだ幼い背中なのに、暗闇が苦手な私からしたら彼の背中がとても逞しく感じた。
「あれ?」
歩く進めて暫く経った時、石で舗装された通路を歩く足音に混じり、何か聞こえた気がして私は辺りを見渡す。
「何かいるな」
私と同じく、カイルハルトも辺りを見渡しながら腰に挿したロングソードを抜いた。
バサバサバサッ!
複数の羽音が聞こえ、光り苔の明かりが届かない天井から何かが飛んでくる。
何かあるのかと、眼を凝らす私の視界の隅で、青白い何かが光った。
「ラクジット!」
側に立つカイルハルトが私の腕を引き、間一髪、天井近くにいる何者かが放った円型の衝撃波は床に当たり砕けた。
バサバサッ!
「うわぁ!?」
体勢を立て直そうと足を踏ん張った私は、けたたましい羽音で二度よろけてしまった。
天井から急降下してきた二つの黒い羽が生えた塊が、鋭い爪で私の頭を抉ろうと襲いかかる。
ギィンッ!
「ギャアァ!」
鋭い爪はカイルハルトの剣によって弾かれ、カウンターで彼は羽の付け根を斬り伏せる。
悲鳴を上げて床に落ちたのは、蝙蝠の羽と大きな蛇の体を持った魔物だった。
仲間が倒されて、天井付近を忙しなく飛び交う影が殺気立つ。
「蛇蝙蝠! こいつらは超音波を放ち血を啜る。弱い毒も持っているから気を付けろ」
次々に、急降下して襲いかかってくる蛇蝙蝠を斬り伏せるカイルハルトの背に庇われ、私は通路を破壊しないように威力を抑えた火炎と氷結魔法を放つ。
ゲーム本編の洞窟探索中に、集団で襲ってきた蛇蝙蝠は確か、序盤では出てこない。見た目は雑魚っぽいけど、中盤以降で出てくる魔物だ。
あれ?私は戦闘初心者で、これは始まりの冒険じゃなかったの?
月光石採取は「大して難しくない」と言ったエルネストは、やはり鬼だったか。
(月光石......ゲームでもアイテムの精製に必要で、攻略には関係ないけど特殊な魔物を倒すと手に入るアイテムじゃ......)
「ギィー!」
蛇蝙蝠の甲高い声で、思考の淵に沈みかけていた意識が戻る。
鋭い牙が間近に迫っていて、私は応戦しようと腰に挿した剣へ手を伸ばしたが、剣を抜いて身構える余裕は無かった。
「ギャー!」
蛇蝙蝠達の牙が私を貫く直前、白銀が数回煌めくと断末魔の声が辺りに響く。
ボトボト、嫌な音と共に切り刻まれた無数の蝙蝠の羽と蛇の胴体が床へと転がる。
「大丈夫か?」
抜き身の剣に付着した蛇蝙蝠の血肉を振り落とし、カイルハルトは私に問う。
「うん。ありがとう」
未来のラスボスだけあって、幼くてもカイルハルトは強い。
十体程いた蛇蝙蝠を、あっという間に倒してしまうなんて流石だ。それに比べて、初めての実戦に戸惑い庇われてばかりの私は......情けない。
「カイルが居てくれなかったら......私って駄目だなぁ」
つい、自嘲気味な笑みを浮かべてしまった。
薄暗い魔物が出没するダンジョンに一人で来ていたら、怖くてなかなか進めず攻略出来ない可能性が高い。
それに、ヴァルと離れてみて、普段どれだけ彼に守られていたのかが分かる。ヴァルが近くに居ないのが、こんなに不安になるとは思わなかった。
「......俺は、ラクジットが居てくれるから......頑張れるんだ」
「私がどうしたの?」
照れと困惑の中間の表情をした、カイルハルトの言った台詞が聞こえなくて訊けば、唇をぎゅっと閉ざした彼は「何でもない」と横を向いてしまった。
長い尾を持つ巨大な鼠や蛇蝙蝠と数回戦闘を交えつつ、先へ進む私達は石の壁が通路を塞ぐ行き止まりへと辿り着いた。
一見すると行き止まりだが、眼を凝らすと月光石の魔力の流れはこの壁の先へと続いている。
「こういうのってパターンとして隠し扉があるか、隠しボタンがあって反対側に行けるんだよね」
壁をペタペタ触って私は仕掛けの有無を確認する。
冒険ゲームのダンジョンは、隠し扉かスイッチの仕掛けは定番だ。あとは、わざと落とし穴に落ちるとか?
「隠し扉か。探すのも面倒だから壁をぶち抜こうか」
剣の柄へ手を伸ばし、強行手段に出ようとするカイルハルトに私は慌てる。
「ちょっ、カイル! 下手に壊して此処が崩壊したら生き埋めだよっだめだよぉ!?」
ガコンッ
勢いよく片手を突いた部分の壁がへこみ、私の体は斜めに倒れる。
「きゃあー!?」
偶然にも、隠しスイッチを押してしまったらしい。
倒れる私の体と一緒にくるんと壁は回転してしまい、床へ膝と手が突いた時には一気に反対側へと移動していた。
「ラクジット!」
壁が反転したのは一瞬の事だった様で、慌てた様子でカイルハルトが壁を叩く音が聞こえる。
「大丈夫だよっ吃驚しただけ......って、うわぁ!?」
ガコッガギンッ!
鈍い音が聞こえたと思ったら、次の瞬間には回転仕掛けの壁に切れ目が走り、カラガラッ!と盛大な音を立てて崩れた。
「ラクジットッ! 大丈夫か!?」
いきなり壁の向こう側へ吸い込まれた私を助けようと、焦ったカイルハルトは力業で壁を切り崩したのだ。
砂埃の中、血相を変えたカイルハルトが壁の穴から私の側へやってくる。
力業は駄目だって言ったばかりなのに。
それに、下手したら石の破片が当たっていたじゃないか。と、私の頬は若干ひきつってしまった。
通路を歩き続けた先は、長い金属製の梯子が設置された開けた場所へ出た。
長い梯子の先は地上へ通じているらしく、上から新鮮で冷たい風が流れてくる。
梯子の前を見上げれば、ぽっかり空いた穴から仄かに月明かりも見えた。
この上が山頂なのだろう。しかし、山頂へ続く道が梯子を登るってどうなんだろうか。この梯子が壊れたら山頂に行けないじゃないか。
上を見上げた私は、意を決して振り返った。
「私が先に登るね」
「え?」
今まで先を歩いてくれていたカイルハルトは、驚いたように目を瞬かせた。
ずっとカイルハルトが先を歩いてくれて、魔物を警戒してくれていた。同い年の彼から守られるのは、ちょっと申し訳ない気がしていたから最後くらいは私が先を歩きたい。
「先に登っちゃ駄目?」
おそらく、ヴァルから私を守るように言いつけられているのだろうカイルハルトは、「え、その」と呟く。
梯子と私のスカート部分を交互に見て、もじもじする彼にピーンときた。
もしかしなくても、私が先に登ることでスカートの中を、パンツを見てしまうか心配なのだろう。
外見は少女でも精神年齢は十代では無い私は、カイルハルトにパンツを見られるくらいどうってことは無い。
思春期の入り口にいる少年には、女の子のパンツを見るのは大事件何だろうか。
「タイツ履いてるから見えても大丈夫なんだよ」
へらっと笑って言うと、カイルハルトの顔は真っ赤に染まる。
「いや、そうじゃなくて、その、」
「じゃあ先に登るね」
タイムリミットの夜更けまではあと少し。
モゴモゴと口ごもるカイルハルトを無視して、私は梯子に手を伸ばした。




