14.始めての冒険へ
味はいまいちでも栄養たっぷりの固形食に小さめの水筒、魔力回復効果のある飴とタオル、月光石を入れる特殊な袋。
それらをリュックサックに入れ、扱い慣れた短剣を腰にくくりつければ始めてのお使い、もとい探検へ出掛ける準備は出来た。
因みに、腰より長い銀髪は「傷付く前に」とエルネストの手によって、肩口より短く切り揃えてしまった。
短くなった髪を見たヴァルは複雑な表情を浮かべ、メリッサには思いっきり泣かれてしまったが、前世の私は七五三と成人式結婚式以外は髪を短くしていたため、頭が軽くなって嬉しい。
動きやすさ重視のワンピースとタイツ、足元は編み上げショートブーツを履けば、私の見た目は冒険者の少女となっていた。
始めての冒険への期待、緊張から気持ちが高揚して、頬が上気するのを感じる。
さらに、鏡に映る自分の姿は普段と違うせいか、私のテンションが上がっていく。
「ああ、そうだ。これを持っていけ」
これから屋敷を後にする私を見送りに、玄関ホールへ来たエルネストは片手に持った物を私へと差し出した。
「これは?」
エルネストから渡されたのは、硝子細工みたいな透明感と繊細な輝きを持つ、綺麗な赤紫色をした一振りの剣だった。
透明感があっても脆さは全く無く、柄に納まっていても刀身からは強い魔力を感じる。
羽のように、は言い過ぎだけど、ほとんど重みを感じない剣。
どんな刃をしているのか、不思議に思って少しだけ鞘から引き抜けば、刀身の赤紫色が更に鮮やかに輝いた。
「“幻夢”お前の血と、紫水晶、魔石を使った魔剣だ」
「わ、私の血!?」
ええっ、と驚いて剣とエルネストを交互に見てしまった。
いつの間に血を抜かれていたんだろう。この前、腕を斬られた時の大量の出血を利用されたのか。
「そのままでも切れ味の良い剣だが、魔力を吸わせれば格段に攻撃力が上がる。百年程前に、先代魔王用に依頼されていた剣を鍛え直した物だ。こいつが完成する前に、先代魔王は反旗を翻した息子に倒されてしまってな。材料の一つは貴重な、先代魔王の魔力という魔剣。お前の血と上手く混ぜ合わせておいたから、拒否反応も無く扱えるはずだ」
「魔王の血......」
それって、とんでもない物なんじゃないか。
低レベル冒険者が、初っぱなから最高レベルの武器を持つとかファンタジーゲームじゃルールー違反でしょう。
物騒過ぎる剣は扱える自信は無いから、ハッキリ言えば受け取りたく無いのが本音。
とはいえ、エルネストが私のために剣を鍛え直してくれた事実は、素直に嬉しく思う。
「ありがとう」
ぎゅっと、幻夢と名付けられた剣を抱き締めてエルネストへ頭を下げた。
「......カイルハルト、お前も一緒に行け」
黙ってやり取りを見ていたヴァルの後ろから、旅装束姿で腰に剣を挿しているカイルハルトが出て来て、頷く。
「あぁ、分かってるさ」
さも当然、という風のカイルハルトに私は「いいの?」という視線をエルネストへ向ける。
「ヴァルンレッドが行かないならかまわんよ。洞窟の入り口まで、転移陣で繋げてある。......気を付けていくんだな」
まさかの気遣う言葉を言われて驚く私へ、エルネストは僅かに微笑む。
「ラクジット様、どうかご無事で......無茶はしないでくださいね」
メリッサはもう泣き出す寸前で、目を赤くしながら私の両手を握る。
赤子の頃からずっと乳母として、母親として私の側に居てくれた彼女が、心底心配してくれているのが伝わってきて嬉しい。
生け贄に転生するなんて、と自分の立場を嘆いたこともあったけれど、こんなにも愛してくれるお母さんがいるの幸せだと思う。
「メリッサ、あのね、帰ってきたらラズベリージャムのタルトを食べたいな」
「ええ、いっぱい焼いてお待ちしております」
安心させたくて笑顔で伝えれば、メリッサは涙を堪えた表情になる。
「じゃあ、メリッサ、エルネストさん行ってきます。ヴァル、私頑張って来るね」
なるべくヴァルの方を見ないように、私は手を振って背中を向けた。
見ていられなかったのだ。
メリッサと同じくらい、過保護で心配性のヴァルの寂しそうな顔を。
手を振って転移陣へ入った、ラクジットとカイルハルトの姿が消える。
転移陣を見詰めたままのヴァルンレッドの背中へ、エルネストは冷めた視線を送っていた。
長くても二日足らず離れるだけなのに、この男は何を沈んでいるのだ。まさか、今生の別れだと思っているのか。
腕の中へ囲っていた王女が離れていく寂しさから、だろうとは理解しているが、任務のためなら全ての感情を排除して何処までも冷酷になれた黒騎士筆頭。
それがどうだ。たった一人の娘の存在によって、ここまで心を揺さぶられるとは。
「ヴァルンレッド......そろそろ子離れしろ」
「分かってる」
物憂げだった顔は、一気に不機嫌なものへと変化する。
「今は我慢しろ。お前の大事な姫は順調に力をつけている。何れ、黒騎士と戦えるくらいまで成長するさ」
突拍子の無いことを仕出かす面白い娘のために、手間をかけて精錬し直した魔剣まで授けてやったのだ。
この先、力をつけて生き延びてくれなければつまらない。
「全て、お前の望み通り進んでいるのだろう?」
「......ああ」
転移陣から視線を動かさず、ヴァルンレッドは感情のこもらない声で呟いた。
***
転移時の浮遊感が消え、私の目前に現れたのは、陣山の斜面にぽっかり空いた穴、洞窟だった。
「洞窟! ダンジョン!」
入り口は、明らかに人の手が加えられた幾何学模様が入った表面が磨かれた白い支柱、所々錆びている重厚な金属の扉。
暗くて魔物がいますよ、といったいかにもダンジョンといった地面にぽっかり空いた穴、の入り口よりは神殿へ続く扉、に近い。
私は目の前に聳える山を見上げる。
......高い。標高何メートルあるのだろう。この山の頂に目当ての月光石はある。
月光石は名前の通り月の光の結晶で、夜にしか採れない。
体力がついたとはいえ、日の出までに頂上まで登りきれるだろうか?
不安を振り切るために、私は入り口の扉へ手をかけた。
「うー! 開かない!」
引っ張っても押して駄目なら横へ引いてみる。しかし、開かない。
うーうー、唸りながら扉と格闘している私の横へ来たカイルハルトが、青い玉がはまった鳥の羽を模した銀製の鍵をズボンのポケットから取り出した。
「エルネストから鍵が必要だって渡されてある」
「持っているなら早く出してよー」
余計な体力を使ってしまったじゃないか!
しれっと言って、鍵を渡してくるカイルハルトをつい睨んでしまった。
「見た感じ、魔法の鍵だな」
渡された鍵を手のひらに乗せて、しげしげと眺める。
魔力がこめられているし、この鍵は魔法の鍵で合っているだろう。
前世で楽しんだ某大作冒険ゲームに出てくる三種類の鍵。
冒険初期に手にはいる簡素な鍵、綺麗な装飾扉を開けられる鍵、ありとあらゆる扉を開けられる鍵があって、カイルハルトから渡された鍵は綺麗な装飾扉を開ける鍵に似ているのだ。
魔法の鍵の青い玉を扉へ翳すと、隠された鍵穴が現れた。
ガチャンッ
ギィ......
鍵穴に魔法の鍵を差し込んで回せば、さっきの頑張りは何だったのだろうと思うくらい、あっさりと扉は開いた。
扉の奥は、四方を石のブロックで整備されており、壁がぼんやり光っていて薄暗い。
陽の光が入らないのに仄かに明るいのは、壁に生えた苔がぼんやり光っているためだった。
「光り苔があるから灯り無しでいい?」
「ああ。明るいと魔物が寄ってくるからな。......奥の方は魔物がいる」
意識を集中させてみると、カイルハルトの言う通り奥の方から生き物の気配がする。
やはり魔物がいるのか。
一番始めのダンジョンだから、スライムとかだと嬉しい。油断していて、いきなり強敵が来たら泣くかも。
暗所恐怖症というレベルでは無いが、暗い場所が苦手な私は後ろを振り返る。
「薄暗くて湿っぽくて、これ一人だったら怖くて無理だったわ。カイルが一緒に来てくれて良かった。ありがとう」
「え?」
彼が一緒に来てくれたのは心配したヴァルの指示だろう。それでも、一緒に来てくれたのはありがたかった。
簡単なダンジョンだとしても、弱い魔物しか居ないとしても、薄暗いダンジョンを一人で攻略するなんて無理だと思う。
素直に礼を伝えた私に、ぽかんと口を開けたカイルハルトの顔は、みるみる真っ赤に染まっていった。
某大作ゲームは、もちろんあのゲームです。




