11.思惑
前半と後半で視点が変わります。
積もる話、改め状況説明のため、ヴァルンレッドはエルネストと向かい合う形で椅子に腰掛けていた。
華美を嫌うエルネストが応接間に最低限の物しか置いていないのも、彼が作業部屋としている地下室から薬品の臭いが僅かに漏れてくるのも、前回此処を訪れた時と全く変わらない。
ふと、ヴァルンレッドは顎に指を当てて考える。
時を止めた様な屋敷を前回訪れた時は、何年前だったか。前国王の時代より前だったのは覚えていたが、正確には分からない。
「おい、イシュバーンに王女がいたとは初耳だぞ。器となる世継ぎ以外、王子は生まれても王女は生まれないんじゃなかったのか?お前、何か裏で細工したのか?」
不機嫌なエルネストの声色に、ヴァルンレッドは苦笑してしまった。
「ラクジット様は、俗世から隔離され存在を隠され育てられていたからな。次の器となる王子と双子で生まれたのだ。双子は不吉とされ殺されかけたが、血筋と魔力の強さで見逃された。上手く育ったら陛下の花嫁とするために」
「......下衆な考えだな。娘を娶ろうなど、そこまで堕ちたか」
嫌悪感を隠さず、エルネストは眉をひそめる。
イシュバーン王国内ならば、不敬な言動だと怒鳴り付けるところだが、此処は陛下の支配外だ。
たとえ不敬な発言をされようが、ヴァルンレッドを縛る強制力は働かない。
「あの方は......変わってしまったのだ」
優れた賢王だった陛下は、300年もの間に得た魔力と濃縮した竜王の血によって、歪み、心身共に人では無い者へと変化してしまった。
自嘲する薄笑いをするヴァルンレッドを、エルネストは無表情で見詰める。
「それでも、お前は膝を折り続けるのか。国王を第一に考えていたはずのヴァルンレッドが、囚われの王女を国外へ連れ出したという事は、あの娘がお前の望みを叶える者なのか」
愚かな友人が探し続けていたのは、まだ幼く不確定な力を秘めた娘なのか。
「ラクジット様なら、300年前より停滞し歪んでしまった国に変革をもたらし、縛られた魂を解放してくれるはずだ」
「何だって?」
エルネストは目を見開いてしまった。
思わず、我が耳を疑う。
以前のヴァルンレッドはどこか退廃的な雰囲気を持ち、濃紺の瞳は暗く淀み諦めに似た色を浮かべていた。
しかし、今のヴァルンレッドはどうだ。
久々に会ったエルネストは面には出さないが、少し驚いていた。
この男の瞳に二度光を取り持ちさせたのは、生きる意味を見出ださせたのがたった一人の娘だとは。
「確かに、あの娘の風変わりな魂は国王の呪をはね除けているようだな。あれはまるで......」
幼い王女を支配しようとする呪をはね除けていたのは、彼女の魂そのもの。
白く輝く魂は、透明の膜が覆い守っているように見えた。まるで、小さな魂を大きな魂が守っているように。
「私の姫は特別だろ?」
姫君の顔でも思い浮かべたのか、ヴァルンレッドの表情は愛しい者へ向けるようなやわらかな笑みになる。
長い付き合いのエルネストでも初めて見る表情に、黒騎士ヴァルンレッドの変わり様に背筋が寒くなった。
「お前......まぁいい。変わった魂の色を持つ娘か。確かに特別だ。もしも、王女が表舞台に立ったら......ふふっ面白いな」
花嫁という贄になる運命に抗い、もしもラクジットが女王として、もしくは、王子の隣で王女として表舞台に立てば、止められた王国の時間は動き出すだろう。
それには、王子と王女は国王や黒騎士達と戦わなければならない。
敵となる黒騎士だというのに、目前の男は酷なことを企む。
「いいだろう。時が来るまで私を隠れ簑とする事を許そう。此処ならば、そうそう見つかるまい。それとだな、もう一人の少年、あれはトルメニアの皇子だろう? 大事な王女の側に置いていいのか?」
俗世とは離れて生活しているとはいえ、エルネストは各国の情報は収集していた。
表向きは離宮で病気療養中とされているトルメニア帝国第一皇子。
権力争いに巻き込まれ微妙な立場になった第一皇子が、自身の立場を取り戻すために王女を拐かすように帝国の者へ伝えればその後の展開は想像出来る。
竜王の血を皇族に取り入れたいトルメニアが、政略的な思惑を持ち動くのは分かりきっていた。
それ以前に、まだ二人は幼いとはいえ数年後の成長期を迎えたらどうするのだろう。
思った以上に王女を溺愛しているヴァルンレッドは、成長した娘が皇子と心を許し合う仲へと発展しても許せるのか。
「あの小僧は利用価値があるからな」
「お前、後々後悔するなよ」
さらりと宣うヴァルンレッドは、特に危惧はしていないのか。王女が自分以外の男に目を向けない自信があるのか。なかなか面白い。
久々に興味を惹かれるモノを見付けたと、エルネストは器用に片眉を上げた。
***
スコーンやエッグタルトを食べてお腹が一杯になった頃、二度、コボルト執事がやって来た。
「ラクジットお嬢様、主とヴァルンレッド様がお待ちでございます」
「私だけ、ですか?」
「はい」
ぷにぷにした手を胸に当て、コボルト執事は頭を下げた。
「お連れしました」
応接間へ私が入ると、コボルト執事はさっさとドアを閉めてしまった。
応接間へ入ってすぐ、ヴァルと向かい合わせでソファーに座るエルネストと目が合う。
「ヴァルンレッドから訊いて大体の話は分かった。姫君の力を抑える魔道具を作れないことも無いが......竜王の血を抑える程の魔道具となると、時間と材料が必要になる」
「材料、ですか?」
成る程、と私はすぐに理解した。
ファンタジー物語やゲームでは、特殊アイテムや装備品を手に入れるため、材料集めのため洞窟や塔攻略するイベントが必ずといってある。これはそのイベント導入部分だろう。
「此処に無い物は、姫君の一部と月光石だ」
「一部って体の?」
下を向いて、私は自分の体を見下ろしてしまった。
「ああ。目か、指か......内臓でも可能だ。内臓を抜き取る時は、傷みは抑えるから安心しろ」
「エルネスト! 貴様っ!」
ガタンッ
珍しく血相を変えてヴァルは立ち上がった。
「目も指も、ちょっと......内臓は、腎臓なら......いや、やっぱり内臓もなぁ」
痛みを抑えると言われても、病気じゃないのに内臓を抜かれるのは嫌だ。かといって目を抜かれるのも指を切られるのも勘弁してほしい。
自分の体を見下ろしながら首を動かすと、サラリと耳の横で二つに括った髪が肩にかかる。
「髪は? 髪も私の一部でしょ?」
肩にかかる髪を、一房手に取って見せた。
「髪か......これだけの量があれば足りるか。新鮮な内臓と血液が良かったのだが......いいだろう」
不穏な台詞を呟いたエルネストは、暫時思案した後に了承する。
「次に必要な月光石だが、魔物が蔓延る山の頂きにある。今の姫君では取りに行くのは無理だろう。だからといって、ヴァルンレッドが取りに行くのは駄目だからな」
頼らず自力で頑張れと言うことか。
頷いて私は、横を向いてソファーに座るヴァルの顔を見て...驚いた。
「体の一部を」とエルネストが言い出した時から、厳しい目付きで彼を睨んでいたのは雰囲気で分かったが、ヴァルは苛立ちを堪えるため唇をきつく結んでいたのだ。初めて見る表情に、私は苦しくなる。
「私が姫君を鍛えよう。ヴァルンレッドだと、どうしても甘くなるからな。ヴァルンレッド、それが条件だ」
「貴様......」
殺気を全身から発して睨むヴァルンレッドと、それを涼しい顔で受け流すエルネストの間で、バチバチと見えないはずの火花が飛び散る。
(ひいっ!)
同じ部屋に居るだけで消耗させられる空気に、半泣きになった私は逃げ出したくなった。




