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ラスボスの生け贄へ転生した私が足掻く話  作者: えっちゃん
2章 足掻いてみせます
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08.救いの手

少年、カイルハルト視点です。

 視界を覆うのは、黒い煙と今にも全てを飲み込もうとする赤々とした炎。


 肌を焦がす勢いの炎からは発せられる熱に、屋敷と逃げ遅れた使用人が燃える、吐き気催すような鼻を突く強烈な臭いに、片手で口を覆う。



「逃げなさい!」


 部屋の一部が焼け落ちる音に混じって、煙に巻かれて咳き込みながら叫ぶ母親の声が聞こえる。


「逃げなさい! カイルハルト!」


 一人でなんて逃げられない。だが、焼け落ちた天井が障害となり、母親の元へは近付けない。

 父親の一番最初の息子、それだけで権力に固執する者達から常に命を狙われる歪んだ王宮に居て、母親を見捨ててまで助かりたいとは思えない。


 いっそこのまま炎に飲み込まれてしまった方が......

 逃げることを躊躇する自分に、瓦礫と煙の隙間から見える母親は微笑みを向けた。


「貴方は此処で死んではなりません」


 バァンッ!


 近い場所で破裂音がして、衝撃に足元の床がビリビリ揺れる。


「生きて、この国を、陛下を、お願いね」


 微笑む母親の頬を涙が一筋流れ落ちたのを見て、ギリッと奥歯を噛み締めると母親に背を向けて走り出した。





「はぁはぁはぁ!」


 燃え盛る宮殿を脱出し、後宮の外れにある森へと走る。

 この森を抜ければ父親が、皇帝が居る宮殿へ行ける。父親に会い、あの女の悪行を知らしてあの女と取り巻き達を捕らえてもらわなければ、母親や乳母、自分を守ってくれていた者達が浮かばれない。



 ガサリッ


 茂みから黒い布で顔を隠した男が現れ、殺意を込めて剣を振り上げた。


「くそっ」


 母親の命を犠牲にして逃げた自分は、こんなところで死ぬわけにはいかないのに。


 男が剣を振り下ろした瞬間、強烈な突風が吹き荒れ男の体は木の幹に叩き付けられた。



「大丈夫?」


 唖然としたまま声のした方を向けば......其処には輝く銀髪と蒼い目をした綺麗な女の子が立っていた。


 背中には羽根は生えていないし、二本の足はしっかり地についているけれど......


「天使......?」


 思ったままの事を、呆然と呟いた。

 自分を死へ誘うために現れたのか。それとも、「生きろ」という天啓のため現れたのかもしれない。



 バタバタと多数の足音が聞こえ、天使は辺りを見渡す。

 宮殿の異変を知った兵達が駆け付けたのかもしれない。だが、天使は「違う」と表情を硬くして首を振る。


「手を」


 伸ばされた手を反射的に握る。

 握り返されると同時に、天使の体がキラキラ光輝き出して、視界は真っ白な光に包まれた。






(あたたかい......?)


 鼻をつく焼け焦げた臭いではなく、気持ち悪い男が用意した部屋中に、焚き染められていた甘ったるい香りではない、爽やかな柑橘系の香りが鼻腔を擽る。


 肌に触れるのは、奴隷商人に捕まってから収容されていた檻の、床に敷かれた硬い麻の敷布ではなく、滑らかなシーツの感触。


 冷たい手枷がはまっていた左手首と左手に、あたたかくて柔らかい何かが触れていた。

 それが誰かの手のひらだと気付いて、また捕らわれてしまったのかと焦り、重たい目蓋を無理矢理こじ開けた。



「あっ、起きた?」


 無理矢理目蓋を開いた視界には、眩し過ぎる陽光が入り込み、反射的に目を閉じてしまった。


 目蓋を閉じてから、可愛らしくて弾んだ声の主であろう少女の姿が、一瞬見えた事に気が付いた。そして、少女が自分の手を握っている事に頬に熱が集まる。


「痛いところとか無い?」


 二度、ゆっくりと目蓋を開いた視界に飛び込んで来たのは、心配そうに覗き込んでいる少女の顔。

 煌めく銀糸の髪、蒼い瞳をした可愛いより綺麗な顔立ちの彼女は、見覚えがあった。


「もう大丈夫だからね」


 彼女がにっこり笑えば、太陽の光をいっぱい受けた柑橘系の香りがした。




「てん、し?」


 無意識に、自分の手を握る少女の小さな手を握り返した。


 夢の続きを見ているのではないかと不安で、つい握る手に力を入れてしまう。

 何故ならば、少女は刺客に襲われた時に助けてくれた天使と、同じ顔立ちと色彩をしていたからだ。


 呟きが聞こえた少女は、きょとんとした後に不思議そうに首を傾げた。


「私には、キミの方がよっぽど天使に見えるよ」


 クスクス笑いながら言う少女が眩しくて、目を細めた。


「あのね、私はラクジット。キミの名前は?」


「カイ、ル......ハルト」


 カラカラに渇いた喉は、貼り付いてしまったように声がなかなか出て来ない。


「カイルハルト、カイルって呼んでいい?」


 握った手はそのままで、もう片方の手を伸ばした少女、ラクジットの指がそっと手首に触れる。


「そうそう、手枷はヴァルが外してくれたよ。だから、」

「ラクジット様、あまり騒がしいと混乱させてしまいますよ」


 ラクジットの後方から低い男の声が聞こえ、彼女は閉口する。



「っ!?」


 声の主、ラクジットの後ろから姿を現した男を見て、ビクッと体を揺らしてしまった。


 男の口元は笑みを形作っているが、濃紺の瞳は冷たい光を宿して自分を見下ろす。


「そっか、ごめんね」


 申し訳なさそうに言うと、繋がれていたラクジットの手はあっさり離れていった。


 繋いだ手を離されて寂しいと感じたのは数秒だけで、余計な事を話すな、とばかりに鋭い目付きで見下ろす男からカイルハルトは視線を外せなくなった。




 ***




 タイミングよくやって来た乳母に連れられ、部屋を出たラクジットの足音が遠ざかるのを待ってからカイルハルトは口を開く。


「......アンタはあの子を守っているのか?」


 自分を買った気持ちの悪い男の屋敷では、抜き身の刃の様な鋭く恐ろしい威圧感を放っていた黒い男。

 そんな男が、ラクジットには圧力など皆無な、やわらかな眼差しを向ける。明らかに彼女を特別視しているのが分かった。


「それと、あの子の髪と瞳の色は、イシュバーンの王族しか持ち得ない色だろ? ラクジットは、イシュバーン王族の姫なのか?」


 コクリッ、カイルハルトは唾を飲み込んだ。

 以前受けた魔術と歴史の授業の中で、トルメニア帝国が戦を仕掛け唯一惨敗した、イシュバーン王家竜王の血を受け継ぐ者にしか表れない“色”は習っていた。

 竜王の血と魔力を、是非ともトルメニア皇族へ取り込むため、イシュバーン王家に王女が生まれたら婚姻を結びたいのに、なかなか王女が生まれてこず、上手くいかないとも家庭教師から聞いた。

 ラクジットの存在は隠されていたのか。何故だ。

 もしかしたら自分と彼女は、違う出会い方があったのかもしれないのに。


 訊きたいのに、黒い男、ヴァルンレッドが威圧の視線に殺気を混ぜてカイルハルトを見下ろす。


「ほぉ、よく知っているな」


 殺気を織り混ぜても負けじと見上げてくる少年に、ヴァルンレッドはクツリ、喉を鳴らした。


「小僧、私との取引を忘れるなよ」


「取引......」


 意識が朦朧としていた中、目前の男から言われた内容を思い起こす。

 確か、復讐するための力を、戦い方を教える対価......主を、姫を、ラクジットを守ることだったか。



「姫を守るために強くなれ。そして......私を倒せ」


「は?」


 つい、カイルハルトは間の抜けた声を上げてしまった。


 感情のこもらない淡々とした表情のヴァルンレッドを、ぽかんと口を開けて見上げてしまった。



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