05.思いがけない邂逅
馬車は荒れ野を走り、日が沈む前にミンシアの街まで辿り着いた。
「要塞みたいだね」
私は馬車の中からミンシアの街を囲む壁を見上げる。
外から見たミンシアの街は、周囲を高い壁に囲まれた、街というより前世の記憶にある中世の要塞都市に近い印象を受けた。
荒れ野の風と砂から街を保護するためと、戦争時の防衛上の関係から街を囲む高い壁が造られたのだろうか。
入り口のアーチをくぐり、馬車の中から街の様子を眺めた私はメリッサの方を向く。
「大きな街だけど、何か荒んでいるね」
「そうですね。この街は、あまり治安はよろしくないようですね」
私の言葉にメリッサも頷く。
街並みは整備されているが、明らかに今まで立ち寄った町と比べ、漂う雰囲気が荒んでいる気がするのだ。
夕方から夜に変わる時刻だからだろうか。
馬車が通り過ぎる際に、値踏みするような視線を向ける胡散臭げな男や、御者台に座るヴァルの姿に悩ましげな視線を送る色っぽい女性達。
大通りから一本奥の道へ入った先に、ギラギラした酒場や賭博場が建ち並んでいるのが見えた。
「ラクジット様」
馬車の小さな窓から街の様子を見ていた私に、御者台のヴァルが声をかける。
「この街は、住む者達の貧富の差が大きく高位の者が住む区画から中間層、貧民街まであります。特に貧民街では強盗や誘拐、殺人が横行しているらしいですからラクジット様とメリッサ、二人とも私の側から離れないでくださいね」
「うん」
「はい」
大通りを中心部まで行き、横道へ逸れた先に建つ煉瓦造りの大きな宿屋で、ヴァルは馬車を停めた。
いかにも高級ですといった外観の宿屋に隣接する、中流家庭の家より立派な馬屋へ馬車を預け、ヴァルは先に馬車から下りていた私に「お待たせしました」と微笑んだ。
「今夜は此処に泊まります」
「分かりました」
当然の様に、メリッサは頷いてヴァルから荷物を受け取った。
「え? 此処?」
先を歩くヴァルとメリッサに、宿屋を指さしてつい確認してしまった。
前世は庶民だったせいか、前世でいうハイクラスホテルに宿泊するのは、少々躊躇するのだ。
こんなに立派な宿屋で、馬車まで置かせてもらうとなるとかなり宿泊費がかかるのではないか。
黒騎士の給料はどれくらい貰っているのかは知らないが、躊躇無く買い物をするし高級宿屋に泊まるし、ヴァルの貯蓄はいっぱいあるのかも知れない。が、心配になる。
「ねえヴァル、危ない街なのに簡単に馬車を預けてもいいの?」
宿泊手続きをメリッサがしている間、ロビーで待つ私とヴァルには従業員からシナモンが入ったミルクティーを出された。
ウェルカムドリンクサービス付きとは、ありがたいサービスである。
外観も内装も立派な宿屋だし、きっと宿泊費は高いに違いない。
「もっと庶民的な宿でいい」とヴァルとメリッサに申し出たが「駄目です」と却下された。
安宿だと警備と衛生面が悪く、危険なのだとメリッサに言われてしまい私は引き下がった。とはいえ、こんなに待遇良くしてもらっていいのだろうか。
遠回しに此処で大丈夫かと聞いてみると、ヴァルは不敵な笑みを返す。
「ご安心を。あの馬を排除できる者はそうそういませんよ。かなりの手練れの者で無ければ喰われますから」
「えっ」
怪鳥をバリバリ食べた後、口元を真っ赤に染めて上機嫌で走る馬型魔獣の姿を思い出して、私はひいっと戦慄した。
***
馬車の旅を始めてから幌付きトレーラーで眠っていたせいか、数日振りのホカホカお風呂とふかふかベッドが気持ち良くて、ベッドに横になってすぐに眠ってしまった。
翌日、朝食を済ませて、食料等旅に必要な物資を買い揃えるために、皆で宿屋を出た。
(何だろう......)
ヴァルとメリッサに挟まれて店頭に並ぶ品物を見ていた私は、体に絡み付くような視線に気付いて辺りを見渡した。
(じろじろ見られてる気がする......)
誰に見られているかは分からないが、建物の影から、広場の街路樹の側から、向かいの店先から此方の様子を窺う視線を感じるのだ。
道行く女性達から、ヴァルへ熱い視線を送られているのかと思ったが、これはどうも違う。
建物の壁に寄り掛かる、頬に傷跡があり、いかにも裏の仕事をしていますといった男と目が合った。
固まる私に向かって男はニヤニヤと笑った。その気持ち悪さに、私の背筋が粟立つ。
だが次の瞬間、笑みを消して顔色を青くした男は慌てた様子で走り去った。
「なに?」
大きな手のひらが私の肩に触れる。
横に立つ手のひらの持ち主を見上げれば、相手を射殺さんばかりの鋭い目付きとなったヴァルが周囲を見渡していた。
じっと見上げる私の顔を見下ろしてから、眉間に皺を寄せたままヴァルは深い息を吐く。
「ヴァル?どうしたの?」
疲れたのか渋い顔を見せる彼は珍しくて、連日、御者として風に当たり続けていたせいで体調子が悪くなってしまったのか。
「......早く貴女の力を抑えなければなりませんね。このまま成長されたら......心配です」
ぶつぶつ呟いて、ヴァルは片手で顔を覆う。
台詞の意味が分からずきょとんとしていると、伸びてきたヴァルの手が被っているフードから顔が見えないよう、頭上をぎゅうっと押した。
「ふふっ、ヴァルンレッド様ったら」
今にも抱き上げてしまう勢いのヴァルと、不思議そうにきょとんと彼を見上げているラクジットの様子が微笑ましくて、メリッサはくすりと笑った。
買い物を終え、宿屋へ戻る途中に通り掛かった広場で、異様な雰囲気を放つ人だかりが出来ているのが不思議に感じて、私は歩く足を止めた。
人々の隙間から大きな鉄格子の檻が見えた気がしたのだ。
しかも、見間違えでなければ、檻に入れられているのは、人だった。
「メリッサ、あれは、何?」
隣に立つメリッサに訊かなくても、鉄格子の檻に入れられている人達はどんな立場なのか分かってる。
それでも、広場で繰り広げられている光景が信じられなくて訊ねてしまった。
「あれは......奴隷市ですね」
「奴隷? ......まだ子どもだよ?」
檻に入れられているのは幼い少年や少女ばかりで、中には幼児といっていい年頃の子もいた。
大人ならいいという訳ではないが、私の中の常識や倫理観が幼児の奴隷を認めたくは無い、と叫んでいる。
「エディオンは奴隷制度が根強く残っている国で、中流以上の者が奴隷を使うのはほぼ当然の事とされています。貧民街があるこの街は、貧しさから売られた子どもや誘拐された子どもの売買が盛んに行われているのでしょうね。ラクジット様、国が変われば常識は変わります」
だから仕方がない、とヴァルは淡々とした口調で説明する。
「そっか......」
彼等を哀れんでも同情しても、奴隷となっている全ての子どもは助けられない。
私は権力を持つ王様でも聖女や女神ではないのだ。ヴァルの言っているように、仕方がない。
そう、半ば諦め似た気分で下を向いていた私は顔を上げ......
「っ!?」
顔を上げて、ハッと息を飲む。
人と人の隙間から見えた鉄格子の檻の中に、この国特有の小麦色の肌をした少年達に混じって色白の少年が居たのが、一瞬だけ見えたからだ。
「どうされました?」
固まる私に、メリッサが怪訝そうに声をかける。
「あ......ううん、何でも、無い」
大丈夫だと伝えた私の声は、固いものとなった。
「一人だけ、違う感じの子が、いたから」
小麦色の肌と焦げ茶色か黒髪の少年達に混じっていても、色白で淡い金髪の華奢な少年の姿はとても目立っていた。
周囲の卑下た視線を一身に浴びていても、彼は高潔で強い光をアイスブルーの瞳に宿し、しっかりと前を向いていた。
そして、ほんの数秒、アイスブルーの瞳が大きく見開かれる。
彼と視線が合ったのが分かって、私の心臓は大きく脈打った。
「他国から流れてきた少年でしょう。見目麗しい子どもは価値があるらしいですからね」
目を細めて言うヴァルの台詞は、全く頭に入って来ない。
「あの子、あの時の......」
彼は以前、前世の夢の中でテレビ画面越しで出てきた少年だった。
あの時の彼は、誰かに追われていた。
もしかして、あの後追っ手に捕まって奴隷とされてしまったのか。もしくは、逃亡中に人買いに捕まった?
私にとって、彼が奴隷市に出されていたのは確かに驚くことだが、もっと衝撃的なのは、此処で彼と出会ってしまったということだ。
何故ならば、彼は、私の記憶が正しければ......
「カイルハルト......」
私が知っている画面越しの彼は、成長した姿でしか名乗らないからすっかり忘れていた。
成長した姿より幼く弱々しい少年の名前を思い出して、私はぎゅっと唇を噛む。
何でこんなところで出逢うのだろう。
思い出した。
彼は、ゲームの中でとても重要な役割を持つキャラクターだったということを。
ゲームのキャラに会いました。
自分の外見が目立つことに全く気付かず、ヴァルが冷や冷やヤキモキしているのも気付かない、残念ヒロイン。




