02.狂気に近い怒りと、戸惑いと
残酷表現があります。
男に強く掴まれて、痛む肩と二の腕はヴァルに回復魔法をかけてもらった私は、黒い煙の向こうに炎に焼かれて火傷を負った男の姿を見つけ、大きく目を見開いた。
背後から私を押さえていた男は、炎の熱を至近距離で浴びたため上半身全面の服の殆どは焼けて無くなり、残った布片は赤黒く爛れた皮膚に貼り付いていた。
髪や眉毛睫毛は熱で燃えて無くなった顔は、苦悶の表情を浮かべているのがかろうじて分かって、必死だったとはいえ私は自分がやったことへの恐怖で、叫びそうになるのを口元を押さえて何とか堪える。
「ラクジット様、もう大丈夫ですよ」
ぶるぶる震える私の体を、メリッサが優しく抱き締める。メリッサの胸に顔を埋める私の頭を、ヴァルは大きな手のひらで一撫でした。
「貴女は悪く無い。後は、私がやります」
未だに炎が燻り男達が倒れているだろう方へ、歩いて行こうとするヴァルの上着の裾を私は引っ張った。
「あのね、ヴァル、酷いことはしないでね」
背が高いヴァルの顔を見上げて言う私に、彼はやわらかい微笑みを向ける。
「大丈夫ですよ。自警団が駆け付ける前に、この場の後始末をするだけですから」
一見すると優しい微笑み。
しかし、笑みの裏側で、ヴァルンレッドの冷徹な顔が見え隠れしている状態で、彼が言う“後始末”とは一体何を始末しようとしているのか。
(この現場? それとも人を?)
問えば笑顔で「両方です」と言い兼ねない。これ以上訊くのは怖くて私は口をぎゅっと噤んだ。
「すぐ終わりますから、メリッサと一緒に宿でお休みください」
ヴァルの台詞には、有無を言わせない強い力がこもっていて、私は頷く事しかできなかった。
乳母に手を引かれ、何度も振り返っていた幼い自分の主の足音が完全に遠ざかるのを確認してから、ヴァルンレッドは崩れ落ちた石壁に挟まれて呻いている男達の方へ足を向けた。
炎による火傷と石壁の破片による裂傷で、男達は身動きが取れず四肢を小刻みに痙攣させる。
魔法の基礎しか教えていない、年端もいかない少女が咄嗟に放っただろう魔法なのに、これだけの威力があるとは。
じっくり知識を与え、経験を積ませたら幼い主はどう変わっていくのかが楽しみだ。
至近距離で放たれた火炎魔法の熱で、体を焼かれて一部炭化し瀕死の状態の男を見下ろす。
赤黒く爛れた体には似つかわしくない、輝く銀糸を数本握りしめているのに気付き、ヴァルンレッドは眉間に皺を寄せた。
それは、炎に炙られても燃える事も無く輝きを失わない、竜王の血を色濃く引く主の一部。
「......穢らわしい」
瀕死の男の手から銀糸を取り上げ、焼け爛れた手を踏みつければ簡単にグチャリッ、と音を立てて指先は潰れた。
「ぎぃやあぁー!!」
踏み潰した男が叫んだ、獣じみた絶叫が響き渡った。
周囲には、余計な邪魔が入らぬように防音と封鎖の障壁を張ってある。
主の、姫の髪に触れたあげく引き抜くなど、赦せない行為。
死すら生温い。有りとあらゆる苦痛を与えてやりたいくらいだった。
「もっと、泣き叫ぶがいい」
クツリッ、湧き上がる嗜虐の悦びにヴァルンレッドは喉を鳴らした。
「ひっ、ひいっ」
「助けてくれっ!」
指を踏み潰した男から離れた場所に倒れていた二人の男は、悲鳴を上げる。
まだ意識が残っている、睫毛眉毛を焦がし顔を半分を焼け爛らせた男は、痛みと恐怖に表情を歪ませて呻き声を漏らす。
足の骨が折れて、関節とは逆の方向に膝から下が曲がっている男は、何とかして逃げようと腕の力で這い擦る。
それでいい。絶望しながら泣き叫んで足掻いてくれなければ、こちらの溜飲が下がらない。
「クククッ我が姫を傷付けた貴様らは、そう楽には死なせん」
「う、あ、何、だ」
「助けてくれ......」
剣で切り刻むのは刀身が汚れる。
口元に指を当てて数秒思案したヴァルンレッドは、男達を葬るための魔力を練った。
自ら切り裂いてやりたいところだが、僅かにでも男達の残滓が刀身に付着するのも許せない。
男達の痕跡を残したまま戻れば、心優しい幼い主が男達の末路を哀れむだろう。
僅かでも、彼女の心にこの卑しい者達の存在を残させるなど、赦しがたい事だ。
「姫を傷付け泣かす者は、全て消し去らなければな。たとえ姫が許しても、私の気が済まぬ。欠片一つも残すものか」
言い終わるや否や、男達の真下の地面に魔方陣が出現した。
魔方陣の紫紺色に輝く文字が妖しく浮かび上がり、闇に生きる者達を召喚する。
「なんっ、ぎゃあぁっ!?」
地面に倒れる男達を贄に、赤黒い霧が魔方陣の中央から滲み出てくる。
赤黒い霧の中から現れた者を見た男が悲鳴を上げた。
「あ、悪魔っ!?」
赤黒い霧から出現した黒い巨大な腕と、節榑立つ指に捕まった男達は、もがいても逃れられずに霧の中へと引きずり込まれていく。
三人全員が霧の中へと引きずり込まれたのを見届けて、ヴァルンレッドは魔方陣を解除した。
魔方陣が消滅する瞬間、僅かに聞こえた断末魔の声に、ヴァルンレッドは口の端を吊り上げた。
***
メリッサに手を引かれた私が辿り着いたのは、高台に建つ宿屋だった。
前世で言えばカントリー風のホテルのような小綺麗な建物で、もう少し庶民的な宿屋の方がお値段的に良いのでは、とこっそりメリッサに聞いたところ、宿泊手配と金銭は全てヴァルが手配したらしい。
通された部屋は、ベッド二台と小さな丸テーブルに椅子が二脚、ドレッサー、浴室にトイレまで設置されていた。
メリッサが淹れてくれた紅茶の香りが鼻腔を擽り、高ぶった気分を落ち着かせてくれる。
ぼんやりと、私は窓枠に肘を突いて階下を眺めていた。
「ラクジット様、ヴァルンレッド様はすぐに戻って来てくださいますよ」
部屋に着いてから、窓際から離れない私を心配したメリッサが、窓硝子にずっと触れていたせいで冷えた手に自身の手を重ねる。
「うん、そうなんだけど......」
魔法を暴発させた現場も、絡んできた男達も、ヴァルなら片付けるのは簡単だろう。ただ心配なのは......
「あの人達を殺しちゃわないかが心配なんだ。私のせいでヴァルを人殺しにしたくないの」
ラスボス配下の黒騎士に「人殺しをして欲しくない」と願うのは可笑しな話だと思う。
ただ、自分のせいでヴァルに誰かの命を奪って欲しくない。ヴァルからヴァルンレッドになって欲しくないのだ。
「ラクジット様......優しい子に育ってくれて、私は嬉しいです」
優しく抱き締めてくれたメリッサの腕の中は、あたたかくて安心できる。
背中を撫でられていくうちに、ずっと緊張していた体の力が抜けていくのを感じた。
「違うよ。私は何にも優しく無いよ」
今だって、ヴァルの事や男達を案じている訳じゃない。
ヴァルがヴァルンレッドみたいに、冷酷な事をして自分の身に危険が降りかかることを危惧しているのだ。
魔法の暴発で傷付けてしまった男達に対して、罪悪感を抱かないのは冷酷な、と言うより私もこの世界に染まっているのだと実感した。
罪悪感を抱かない自分と、前世で植え付けられた倫理観......まさか、そのギャップに戸惑うとは思わなかった。
ヴァルは、ヒロインが絡むとヤンデレ気味になります。




