01.ラスボスとの邂逅
よろしくお願いします。
血のような深紅の切れ長の瞳、陶器のように滑らかで白い肌、腰辺りまでの長さがある闇夜を思わせる漆黒の黒髪。
黒いマントを羽織り、黒尽くめの衣装で身を固めているため彼は絵物語の魔王様を彷彿させる。
壇上の玉座に座るのは、今まで生きてきた中で見たことがないくらい綺麗な男性だった。
「姫様は国王陛下の花嫁となるのです」
物心ついた頃から、乳母や侍女達から繰り返し、刷り込むように言われてきた言葉が脳裏に響く。
こんな、信じられないくらい綺麗な男性の妻に自分はなるれるのか?そう思った時、ドクリッと痛いくらい心臓が脈打った。
(嫌だ。こわい)
心臓を中心にじわりじわり湧き上がってくるものは、未来の夫となる陛下と謁見出来た歓喜ではなく、恐怖だった。
謁見の間へ入る前までは、ようやくお逢い出来ると歓喜に震えていたのにどうして......自分でも理由が分からずに戸惑う。
「どうした? もっと近くへ来い」
蠱惑的な響きを含んだ、低くよく通る声で言い、陛下は赤い双眸を細める。
(だめっ、こわい! この人は、否、これは、人じゃない)
縦長に割れている虹彩は爬虫類じみていて、偶然耳にした侍女の噂話は本当で陛下は人では無いのだと直感した。
逆らっては駄目だと、命じられた通りに彼の近くへ行こうと両足を動かそうとするが、膝が震えて動かない。
「この娘は聴覚に問題があるのか?」
陛下は視線を動かさず、私の隣で膝を折る黒髪の黒い軍服を着た、護衛騎士に問う。
「いえ、御体に問題などありません。姫様は陛下にお会いして緊張されているのでしょう」
「ふむ」
表情は全く変わらず無表情のままだが、陛下は思案するように唇に人差し指当てる。
(陛下、陛下......この国の王様。私は陛下の妻となるために育てられている)
「しかし、まだ未熟な体のようだな」
頭の先から爪先まで舐めるように見下ろされ、私はビクッと肩を揺らす。
傍らに控える護衛騎士が震える肩を一瞬だけ触れた。それだけで、安堵した私の震えは治まる。
「陛下......ラクジット様はまだ11歳になられたばかりです。......時期尚早ですよ」
「やけに庇うでないか。この娘に情でもうつったか? それとも、あの女の娘だからか?」
ずっと無表情でいた陛下は、愉しそうに口の端しを吊り上げた。
「いえ......」
隣で膝を折る護衛騎士がどんな顔をしているのかは見えないが、陛下の喉の奥からクククッと笑い声が漏れる。
(違う。陛下の妻になるんじゃない。私は、)
「娘、我が恐ろしいか? 我の魔力を感じ取れるのも抜きん出た魔力と才の証だ。それに、面差しが母親によく似ておる。クククッ成長が楽しみだな」
陛下の口元から、赤い舌先が出て薄い唇をペロリと舐める。
それだけなのに、陛下の全身から強烈な色香を感じてしまい、私は眩暈に襲われた。
肉食の捕食者に捕らわれたか弱い草食動物の気分、この男は危険だという本能が警告する恐怖。
(私は、誰?)
脳内にバチバチと電撃に似たモノが走る。
(そうか、私は)
脳内で暴れるモノの衝撃が強くて目の奥がチカチカ点滅する。私は遅い来る吐き気を必死で堪えた。
(私は、この男の......贄になるんだ!!)
謁見の間を出た瞬間、ふらついて倒れそうになった私の体を黒い護衛騎士が腕を伸ばして支える。
「ラクジット様、大丈夫ですか?」
「ヴァル」
ふらつく足には力は入らず、私はヴァルこと護衛騎士ヴァルンレッドの腕にしがみついた。
「こわっ、かった」
ずっと堪えていた涙が嗚咽とともにボロボロと零れ落ちる。
幸いにも、謁見の間周辺は陛下の命により人払いがされていたから、泣き顔もヴァルに抱きつく姿も誰にも見られないで済む。
「ラクジット様」
腕にしがみつく私を、慣れた仕草でヴァルは縦抱きにする。
幼子にするみたいに抱っこする、ヴァルの胸に顔を埋めて私はみっともないくらい泣いた。
脳内がスパークした時、今まで見てきた世界とは違う世界が記憶映像として見えた。
城内の一角だけという、狭い私の世界の色が塗り替えられるような感覚が、脳内へと流れ込んできたのだ。
それは、前世の記憶。
此処は、この世界は、前世の私がよく知る世界だった......所謂、乙女ゲームの世界だったのだ。
“恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~”
確かそんなタイトルで、2まで出てるなかなか人気があったゲーム。
現代日本の女子高生がヒロインで、ヒロインが異世界へトリップして話が始まるのだった。
1はトリップした先の帝国の、国立学園での学生生活がメイン。
謁見の間でふんぞり返っていた“陛下”は、ヒロインが学園卒業後に入った宮廷魔術師団編、1よりファンタジー色が強くなった2のラスボスだ。
(何て事!)
混乱しつつも、同時にゲーム内での自分の役割も理解した。
ヒロインとなる異世界から来た女子高生でも、1の学園生活で恋のライバルとなる悪役令嬢でもなく、2の意地悪先輩魔術師でもない。
存在だけは、2のメインヒーローの台詞の中だけに数回出てくるけれど、ゲーム内ではたったそれだけの薄い存在。
悲しいことに私は、2のゲーム開始時には死亡している。
別に薄い存在なのはかまわない。
問題なのは、子が生める年齢になった時にラスボスの花嫁という生け贄となって、無理矢理子どもを孕まされ生まされたあげくラスボスに喰われるという、名前すらない悲惨な役だということだった。
乙女ゲームのタイトルは適当です。