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朴念仁が恋をした  作者: 斉藤ナオ
1/4

1話


   1


 「あの、成田さんいる?」

 俺が教室から出ようとした時、よそのクラスの男が話しかけてきた。

 ん? 見覚えがある?

 たしか坂井って言ったか? 同じ小学校だったけど、小中通して一度も一緒になったことねぇ奴だから、顔くらいしか知らない。

 それにしても成田って、やっぱモテるんだな。

 「成田ーっ、呼んでるぞ」

 俺の声にクラスの視線が集まる。

 よそのクラスの男、たぶん坂井は、ばつが悪そうに扉の影へと身半分だけ隠す。

 こちらに気づいた成田が近づいてきて


 「進藤くん、ありがとう」


 片手をあげ、俺に礼を言った。

 成田は俺と同じバレー部だが、向こうは副キャプテンだった。

 肩に掛かる髪はストレートで、活発そうな美人という感じの成田は、俺が知っているだけでもかなりモテる。

 じゃあ俺は成田のことをどう思っているかというと、女子の中では話しやすい、まあ、普通の友だちだった。


   2


 バレンタインデーというのは、俺にとっては、ただただ面倒な行事、という印象でしかない。

 マネージャーたちも大変だろうに。

 だから、成田が他の男にチョコをあげるのを見て、少し自分が動揺したことに、驚いた。

 相手はこの間、クラスに来た坂井だった。

 あの成田からチョコもらえる男子がいるとは•••。

 あれ?

 2つ、あげてねぇか?

 少し考えたが、もともと好きだ、嫌いだ、というようなことにあんまり興味のない俺は、すぐに考えるのをやめた。


   3


 我ながら、よく出くわす。

 成田が坂井にチョコを渡していた数時間後、俺は犬をつれて夕飯前の腹ごなしにランニングをしていた。

 公園を突っ切っれば、俺んなんだが•••。

 成田が公園のベンチに座っている。

 制服のままだった。

 まあ、成田も犬を飼っていて、時々会うこともあったので声をかけた。


 「今、帰りか?」

 「し、進藤くん?」


 成田も驚いていたが、この時は俺の方が驚いたと思う。

 慌てて涙を指でぬぐって、いつもみたいに笑顔になる成田だったが、やっぱり目のまわりは赤い。


 「いやぁ、変なとこ、見られちゃったな。全然、何でもないから」


 成田の手元には、小さなチョコが並んだ箱があった。

 俺の視線に気づいた成田は、言いつくろおうとしたが、すぐにあきらめた。

 で、言った言葉は


 「食べる?」


 こういう雰囲気に慣れてない俺は、断るのも変だし、ちょうど小腹も空いていたので遠慮なくもらった。

 何にも言わず、ただモリモリとチョコを食う俺を見て、成田は笑い出す。

 俺が首をかしげると


 「進藤くん、何も言わないんだね。ありがとう」


 あ、やべえ。お礼言うの忘れてた•••。って、あれ? なんで俺がお礼言われているんだ?

 とりあえず、


 「こっちこそ、サンキュー。うまいな、これ」


 そんな俺を見て、さらに笑う成田に、ワケがわからない俺は頭をかくしかなかった。


   4


 気の迷いだと思う。

 マネージャーたちへのホワイトデーのお返しは金だけ出して、他の奴に頼んでいる。

 そんな俺がキャンディーを買うなんて、自分でも信じられなかった。

 ホワイトデーが今日だと知ったのが、さっき。たまたま行ったコンビニの広告を見てだった。

 そうしたらあの日、あのチョコ、俺が食べて良かったのか? ということに思い至って、なんかした方がいいのか悩んだ結果が•••。


 「でも、これ、どうやって渡せばいいんだ?」


 そこで思いついたのが、あの公園だった。

 散歩当番を弟と交代して、とりあえず待ってみる。

 しばらくして、そんな都合よく来るわけないか、とようやく馬鹿な頭で気づいたとき、


 「あれ? 進藤くん?」

 「来たよ•••」

 「なにが?」

 「あ、悪い。何でもない」

 「ふ~ん」


 成田の犬に向かっていこうとするうちのバカ犬をひっぱる。

 向こうビーグルでおまえチワワだぞ! 考えろ!


 「何してんの、こんなところで?」

 「•••一休ひとやすみ」

 「は? 進藤くんの家、そこじゃん。それに一休みって、おじいちゃんみたい」


 笑う成田を見て、なんか安心した俺は目的を思い出した。


 「これ。こないだのお礼」

 「なに? こないだのって、チョコの?」


 うなずく俺を見て成田は


 「あんなの•••半分くらい私も食べたし。それでアメちゃんこんなにもらったら詐欺だよ」

 「借りっぱなしは嫌なんだ」

 「貸し借りもないでしょう。まぁ、せっかくだからもらうけどね」


 ニッと笑う成田の顔が面白くて、俺も笑ってしまう。


 「なによ、人の顔見て笑ったでしょう!」


 とりあえず、これで俺の懸念もなくなった。


   5


 3年になった。

 来年は高校受験かと思うと、気が滅入る。

 中学バレー春季大会は男女とも2回戦で負けた。だから夏季大会がラストで、俺たちは引退だ。

 受験もバレーもやるしかねぇな。

 ちなみにうちの中学は5月に修学旅行がある。定番の京都と奈良だ。

 自由行動は班で移動しなければいけないらしく、ヤローは同じだんバレの田中と、女子はマネジの桜井と成田が同じクラスだったので、田中が誘ってみたらOKだった。


 「進藤くん、荷物持ち、頼むよ!」


 成田が俺の肩を叩きながら言った。

 俺が黙っていると


 「冗談だよ! なに黙ってんの」

 「おまえのファンに売ったら、いくらになるかな」

 「うわ、進藤くんも冗談言うんだ」

 「いや、冗談じゃないぞ」

 「それ、犯罪だよ!」

 「折半でいい」


 成田と桜井はキョトンとすると、顔を見合わせ大笑いしている。

 どうも俺は女子にしてみるとコワいらしく、こんな話ができるのは成田と俺のことをよく知っている桜井くらいだった。


   6


 ゴールデンウイークが過ぎたら、あっという間に修学旅行だった。

 中学最後の思い出、ということでみんな気合いが入っている。

 俺ももちろん楽しみにしているが、どうもおもてには出ていないみたいだった。


 「2回戦、惜しかったね」


 新幹線に乗るとすぐ、田中がトランプ大会だーっと言いだしたので4人で遊んでいると、隣にいた桜井が話しかけてきた。

 俺の代わりに田中が答える。


 「アキちゃん、泣くかと思ったよ」

 「アキちゃんが泣くとこ、見た~い」


 成田まで加わってきた。ちなみにアキちゃんとは俺のこと。進藤明しんどうあきらだから。


 「俺も泣く時、あるよ」

 「え? 進藤くんが?」


 桜井が目を見開いて驚く。


 「そんなに驚くことか? そうだな•••玉ねぎ切ったりすると、いつも涙でるぞ」


 3人がタイミングを合わせたように笑う。

 なんか面白いこと言ったか?


 「いや~。アキちゃん、本当に天然だわ。普段は殺し屋みたいなのに」

 「こ、殺し屋って•••、田中くん、ヒドい•••」


 まだ笑っている。まぁ、いいや。

 ふと外を見ると


 「おい! みんな!」

 「ご、ごめんね。笑ったりして」


 息を整えながら、桜井が俺を気づかってくれる。

 でも、それ以上に今を逃したら!


 「見ろ!」


 なぜか3人ともビビって、窓に張りつく。


 「富士山だ」


 指差す俺。

 みんなが見逃さなかったことが嬉しかった。

 そしたら、さらに笑い出した。


 「あ、ありがとうな、アキちゃん•••」

 「ふ、富士山、きれい•••だね」

 「ふ、2人とも、ヒドいよ」


 かばってくれてありがたいが、桜井。おまえも息ができないくらい笑っているぞ。


   7


 昼前に京都に着くと、バスで奈良に向かう。

 東大寺で、奈良の大仏を見た。でかい•••。

 奈良公園。鹿だらけ。

 再びバスで、今度は法隆寺。世界で一番古い木造建築•••。すげー。

 1日目はこれで終わりで、京都に戻った。帰りのバスの記憶がない。

 田中に起こされてバスから降りると、ザ・京都みたいな宿舎だった。

 先に夕飯で、おかわりしまくったら、まわりから引かれた。だって、うまかったし、おかずもたくさんあったし。

 風呂もきれいで、マジ大満足だった。

 さて、寝るか•••。


 「アホか!」


 田中にツッコまれた。

 バレー部のツッコみは法律で禁止にするべきだ。


 「夜はこれからだぜ、アキちゃん」


 確かにまだ消灯時間ではなかった。

 しかし、この俺に恋バナとかはハードルが高い。

 トランプで負けたヤツが好きな子を言うなんて、盛り下げるだけだぞ。

 で、案の定負ける。


 「で、誰なんだよ、進藤は?」

 「正直にか?」

 「お! マジに好きなヤツ、いるのか?」

 「正直言うけど、いない」


 みんな後ろに倒れ込む。


 「こんなだから進藤と田中のホモ疑惑とか女子の間で話題になっているんだよ!」


 正直に言ったのに、ひでー言われようだ。だから、俺にはハードルが高いって言ったんだ。あれ? 言ってねーか。

 俺のたってのお願いということでUNOにしてもらう。自分のカード運の悪さを逆手にとり、血も涙もないドロー攻撃を両サイドにくらわし、1位にはなれなくてもビリにならない作戦を決行した。

 そんなこんなで、もうすぐ消灯という時間に田中が俺をひっぱる。

 田中は立ち上がるとチョイチョイと指で俺を呼んだ。

 2人して廊下に出ると


 「進藤、お前に任務を授ける」

 「お前は俺のなんだ?」

 「この先、右に曲がると非常階段があるはずだ。確認してきてくれ」

 「なぜに俺?」

 「お前、室長」


   8


 そんなこと言われていたっけ?

 歩いて行くと確かに非常階段があった。

 ただし•••。


 「進藤くん」

 「桜井か? なんでお前がこんなところに? 怒られるぞ」

 「へへへ•••」


 これで非常階段も確認したし、戻るか•••。


 「じゃあな、おやすみ」

 「し、進藤くん、ちょっと待って•••」

 「どうした? 自分の部屋がわからなくなったのか?」

 「•••予想していたけど、これほどとは」

 「なんなら、俺が先生たちの部屋まで連れてってやろうか?」

 「いい、大丈夫だから!」


 慌てて断る。

 そして桜井は自分の胸に手を置いて深呼吸をした。

 体調が悪いのか?

 声をかけようとすると


 「し、進藤くん。私•••」


 なんだ? 肌がピリピリする緊張感が俺を襲う。


 「ずっと•••、進藤くんのことが好きだったの•••」

 「はい?」


 あ、アホなリアクションとっちまった。

 桜井、今、俺のこと、好きって言わなかったか?

 もしや、告白ってやつか、これが!


 俺がガビーンとなっていると、顔を真っ赤にした桜井が俺を見上げている。

 そ、そっか! 返事か!

 でも、なんて言えばいいんだ?


 「桜井•••」

 「うん」

 「正直に言っていいか?」


 ほんのいまがた、似たようなセリフを言った気がする。

 桜井は黙って下を向いていた。


 「誰にも言ったことないんだけど、俺、女の子、好きになったことないんだ」

 「•••! じゃあ、あのうわさは、本当の•••」

 「待て。ホモではない。ただ、本当にそういう恋愛感情みたいなの、今までなかったんだ」

 「•••そっか。じゃあ、私のこと、好きとかわからないんだね•••」

 「いや、桜井のことは好きだぞ。いつもマネジの仕事、頑張ってくれてありがたいし、俺のこと、怖がらないし」

 「••••••」


 桜井は黙ってしまう。

 怒らせたか、傷つけたか•••。

 桜井が再び俺を見上げる。


 「じゃあさ、これからでいいから、私のこと、マネージャーじゃなくて、女の子として見てよ」


 わかった、と言って桜井とわかれる。

 大声で叫びながら走りたかったが、先生に怒られたくなかったので、何かに耐えながら俺は、ドスドスと部屋に戻った。

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